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閑話 手放したのは 上


妹の体調が芳しくない。

薬代を集めるために父と母は昼夜働き、兄も国都に出稼ぎに出ている。かく言う彼女も昼は逓送(ていそう)組合で配達したり、役場の掲示板に貼られた依頼をを引き受けて日銭を稼ぎ、夜は売るための私製品(ハンドメイド)を作っている。

そうして何とか薬代を賄えても生活は貧しいままで、喫茶店でお菓子を食べている家族を見ては、羨ましくて悔しさに涙した事も数えきれない。


そんなある日、長くなった髪を売った足で立ち寄った役場の依頼掲示板に張り出された、とある依頼書に記載された金額に目が留まった。彼女は一瞬の躊躇(ためら)いもなくその依頼書を受付に持って行き、仕事内容を読んでもらう。受付は張り出した覚えのない内容に首を傾げながらも、依頼書の内容を読み上げた。

街から遠く離れた土地での住み込みによる家事全般。期間は一節(ひとつき)ではあるが他の依頼に比べて高額な報酬に二つ返事で引き受ける事にした。

手続きを終えて受諾中の書類ケースに入れられた彼女の依頼書は、誰に気づかれる事なく消滅した。


それほど大きくない街の隅っこ。随分昔に無人となった廃屋の裏手に置かれた、真新しい小さな椅子を見つける。


「これかな?」


目印だと聞いた赤いリボンが椅子の足に巻かれているのを確認すると、彼女は腰を下ろして待った。


「こんにちは」


いつからそこに居たのだろう。深くフードを被った人物は瞬きと共に現れた。声色から男性を思わせる。

彼女は椅子を倒す勢いで立ち上がる。


「こ、こんにちは! 掲示板を見て来ました!」

「ありがとうございます。お名前を伺っても?」

「メヤです」

「ではメヤさん。この仕事を引き受ける前に、一つ許可を頂けませんか」

「はい、なんでしょう」

「逃走防止の為に追跡の魔法を施したいのです」

「追跡の魔法?」

「はい。幼児(おさなご)が迷子にならない様、音の鳴る物を衣服に縫い付けるでしょう? そういった魔法があるんですよ」


逃走防止。確かに僻地に一節(ひとつき)も連れていかれたら、帰りたくもなるだろう。破格の報酬にも関わらず逃げ出すほど過酷なのだろうか。

けれど、十人くらいの子供をまとめて面倒見た経験のあるメヤは、途中で逃げない自信があった。


「なるほど。そんな事で信用が得られるなら構いませんよ」

「ありがとうございます。それでは、どちらかの手をお貸し下さい」


男が差し出した右手の平に、メヤは左手を乗せた。男が顔を近づけてきたのでドキッとするも、息を吹きかけただけで離れていき、大きな勘違いも加わって顔だけでなく耳まで紅潮した。

メヤの左手の甲には十字の記紋が刻まれ、痛くもない痕を不思議そうに眺める。


「契約は完了です。準備はよろしいですか?」

「あ、あの、報酬を半分先払いしてもらえるって書いてましたよね、お願いできますか。後、着替えとかも持っていきたいです」

「構いませんよ。ではこちらを」


男がメヤに渡した小さな袋には銀貨が二枚。

家族総出で働いて半年かけてようやく銀貨一枚相当を稼いでいたメヤにとって、この一つの依頼で一年分の報酬が得られた。一節(ひとつき)頑張れば、残りの二枚をまた貰える事に、メヤは体が震えて仕方なかった。


「では陽が沈む前に、またこの場でお待ちしています」

「はい、必ず来ます」


メヤは深々と頭を下げて、急いで家に向かおうと背を向けたところで、依頼主の名前を聞くのを忘れていた事に気づいて男性の方へ向き直る。

しかし、そこにはもう誰も居なかった。


帰宅したメヤは使い古したヨレヨレの鞄に、何度も着回した服を詰め込む。持っていく物なんて殆ど無いので、旅支度は直ぐに済んだ。


「本当に大丈夫なの?」

「もちろんよ。しっかり稼いでくるから、安静にして待ってるのよ」

「うん……ちゃんと帰ってきてね」


帰宅していない両親には妹から伝えて貰う。こんなボロ屋に泥棒が入る事などは無くても、念の為に銀貨は妹の枕の下に隠した。

軽く咳をする妹をベッドに寝かせて布団をかけてやる。ポンポンと布団越しに叩くと、安心した表情で妹は眠った。


残っていた家の洗濯と掃除を済ませたメヤは、小さな鞄を抱えて依頼主と落ち合う場所に向かう。

廃屋の裏手には誰もいない。馬車も見当たらないのでどうやって移動するのか疑問に思っていると、昼間と同じ様に突然声が降ってくる。


「準備は整いましたか?」

「はい。お待たせしました、いつでも出発できます」

「それでは、お手を。決して離さず、怖ければ目を閉じる事をお勧めします」

「え」


男の手を取ったメヤの体は地を離れ、見る間に生まれ育った小さな街を隅まで見渡せる程に浮き上がる。慌てふためいて足をバタつかせるが、空を切るばかりで足が地に着く事はない。


「目を閉じてなさい」


離しそうになるメヤの手を男は強く握ると、引き寄せて腰を抱く。メヤは落ちない様に両腕で男の首にしがみついた。

怖くて一度は目を閉じたが、体勢が安定して慣れてきたメヤは、ゆっくりと目を開けた。


遠去かっていく街。家族と離れて、名前も知らない男性と見知らぬ土地に行く事に不安は無いと言えば嘘になるが、沢山稼ぎたいという気持ちも本心。とりあえず、やるべき事が一つ残っている。


「あの、あなたの名前まだ聞いてなくて。なんて呼べばいいですか?」

「……クーとお呼び下さい」

「クーさん。一節(ひとつき)の間、よろしくお願いします!」

「ええ、宜しくお願いします。メヤさん」






半日ほどかけて到着した遠い見知らぬ山奥の集落で、メヤは質素なベッドに寝かされた子供の世話を頼まれる。集落の住民は遠い場所へ移ってしまい、病弱なこの子だけ残されたのだとクーから説明をうけた。

歳の頃はメヤと同年か少し下。口は乱暴だけど女の子。左右違う色の目に思わず綺麗と零したメヤの言葉に、アイゼルトと名乗った女の子は恥ずかしそうに顔を背けた。


そこから数日。山の上にあるためか住み慣れた村よりも早く雪が降り積もった。家の裏手の畑には未収穫の秋の作物が植えられたままになっていて、枯れてしまう前に全てを収穫、雪の中に保管する。近くの池は凍りついていないため、クーが定期的に魚を釣ってくるし、アイゼルトの要求で鳥や耳羊(うさぎ)を狩ってくるが、水仕事は苦労した。

指先を真っ赤にして洗濯するメヤを見兼ねたアイゼルトが、クーに火を起こす事を命じる。不思議な事に、クーの起こした火は薪もないのに釜戸の中で燃え続けた。上に大きな鍋を置いて常にお湯を沸かした状態にし、必要な時に使用する様にとクーはメヤに言う。


「クーさん、魔法で色々できるのに、どうして私を雇ったんです?」

「そうですね。絶望的な料理と言うのを、メヤさんはご存知ですか?」

「へ?」

「それが、アイゼルトが私の手料理に下す評価です」


最初は分からなかったが、アイゼルトが「やめとけ」と言う中、興味本位で一度だけクーの料理した物を食べてメヤは理解した。同じ食材と同じ調味料を使用して、こうも味が絶望的に違うのか。クー本人は問題なく食べてしまったので、味覚が根本から違うのだろう。


暦の上では半節(はんつき)が過ぎる頃には、メヤはアイゼルトの事をアルトと呼ぶほどに仲良くなっていた。

眠っていた期間が長いとはいえ実年齢はアイゼルトの方が上だと言うのに、食事の量が足りないのかメヤよりも細く小さい体のせいで、今ではすっかり妹扱いだ。


「アルトちゃん、どう?」

「どう、って言われてもなァ」


細長く切った布に刺繍を施した手製のリボンを、三つ編みに結ったアイゼルトの髪に巻いてメヤは得意気に聞く。鏡のない状態では具合も何もわからないアイゼルトは、興味なさそうに生返事する。

そんなぶっきらぼうな素振りも、今では照れ隠しなんだとメヤも分かっている。


「お前はさ、全然キモがらねェんだな」

「ん、なんで?」

「……半節(はんつき)もすりゃ気づいたろ。俺の成長速度がおかしい事にさ」


ただでさえ左右の目の色が違う事で気味悪がられる上に、髪や爪が異様に伸びるアイゼルトに、メヤの前に雇った二人は嫌悪を示して直ぐに逃げ出してしまった。金で雇っただけの間柄なのだから好かれている必要はないのだけれど、メヤにはその前兆が見られないので、アイゼルトは気になって思いきって聞いてみた。

メヤは布団を強く握るアイゼルトの隣に座って、手を重ねた。


「最初はね、びっくりした。だって朝切った髪が夕方には伸びてるんだもん。でもね、気味が悪いって思った事はないよ」


クーやアイゼルトが魔法を使う所をメヤは何度も目にしているため、アイゼルトの髪が伸びるのも何かの魔法だろうくらいにしか思っていなかった。

楽天的なメヤの答えに、そうかとアイゼルトは小さく笑った。


「あのね、私の妹も病気でね。酷い時は何日も熱で(うな)されて、食事もできない日もあって、すごく(やつ)れちゃってるの。だからかな、いっぱい食べてちゃんと成長してるアルトちゃんを見ると、ちょっと安心する」


早く元気になって。

そう言ってアイゼルトの手に重ねられた手から伝わるメヤの感情は嘘偽りなく、アイゼルトを満たしていった。


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