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国都に到着したエイガストとゼミリアスに用意された宿は、各国の王族が利用するという超高級宿だった。

あまりの格式の高さにエイガストが別の宿を提案するも、スフィンウェル国の王が招待した客である自覚を持てと逆に説教されてしまった。

城へと戻ったパールを見送った後、エイガストとゼミリアスが案内された部屋には使用人が二人も付き、エイガストとゼミリアスの世話をしてくれる。


式典を数日後に控えた準備は慌ただしく、エイガストはその日の内に仕立て屋を呼んでもらい、式典に着ていける既製服をいくつか持って来させた。複数の候補からゼミリアスと二人で揃いの服を選び、使用人に着付けて貰って体に合わせて布を詰める。

本来なら数週間かけて一から仕上げるのだが、今回は時間がないので既製品を利用する。それでも細かい刺繍や装飾のある分、平時で着ている服が何着も買えてしまうくらい高級品だ。当日は汚さない様に細心の注意を払わなくてはならない。



そして、式典の日が二日後に迫った朝、城からの使者が訪れた。

専用の馬車に揺られ、緊張と共に城門の前で降りて弓と魔晶石を預ける。右耳の装飾が無い事に少々の空虚さを感じながら、エイガストは同じく荷物を預けたゼミリアスと共に、城の門を潜った。


通された会議室の中央に置かれた長机。両脇の長辺には如何にも重鎮だと思われる面々が鎮座し、比較的手前の方にアレックとジュリアーナと言った顔見知りを見つけてエイガストは少し安堵する。エイガストとゼミリアスは使用人に促されて一番手前の席に腰を下ろす。

誰も口を開かない会議室で私語をする度胸は無く、小さく手を振るジュリアーナに会釈で答える。


扉が開かれ元帥が入室すると、席に着いていた全員が起立し敬礼する。エイガストとゼミリアスも少し遅れて起立する。

元帥が手振りで着席を促し、パールとクリヴィスフォードの入室も済ませて全員が着席すると、今回の式典についての進行と各勲章と称号の説明を受ける。

ジュリアーナは魔力の結晶化装置の改良及び魔獣の核検出装置の功績による博士称号を、アレックとその隣に座るナーガスは勲章を得て共に昇任すると言う。


「さて次はヴィーディフさんの弓の演技(パフォーマンス)ですが、どういったものになさいますか?」

「は、はい。雪を降らせてみようと思います」


緊張の余りエイガストは立ち上がって答えた。

エイガストの発言に直接口に出す者は居なかったが、着席する者同士互いに疑惑の念を送りあっていた。

向かいに座っていたアレックの視線も「本気か?」とエイガストを見ていた。


「ですが、自分一人の力では恐らく無理です。ですので、こちらのゼミリアスとジュリアーナさんの力を借りたいと思います」

「貴方の称号ために、他人の力を借りると?」

「私は一度も一人で魔獣を討伐した事はありません。いつだって誰かの力を借りて来ました。そして、それはこれからも変わりません」


国都の弓兵と噂された時もパールが魔獣を押さえていた。

シルフィエイン国では両国の軍とゼミリアスの魔力に助けられた。

船の上では傭兵の皆んなと力を合わせた。

東の街ではアスゲイロンドのお陰で魔力を制御できた。

その全てに、レイリスの協力があった。


「私には多くの方の力が必要です。決して自分一人の力で手に入れられる物ではありません。その上で皆に認めて貰える射撃手(トクソフィライト)になりたいと思います」






式典の当日の国都は、冬も目前だと言うのに非常に賑やかだった。

軍の昇任に関する叙勲式自体は城内で厳かに行われるのだが、称号の授与は一般に公開されるため多くの見学者が訪れる。それが六十四年ぶりの射撃手(トクソフィライト)ともなれば、一目見ようと遠方から訪れる者が居たほどだった。


「うう……緊張してきた……」


弓を両手で握りしめ、控室として用意された部屋でエイガストは右往左往していた。ヴィーディフ商会のシュウには、東の街に向かってからの事を説明した後に散々説教され、いつの間に聞きつけたのか父からは祝いの手紙が届いた。

四階にある部屋の窓からは城下の様子が見え、あの人混みの中に知人がいると思うと、気恥ずかしさから尻込みしてしまう。


「エイガスト、お茶貰ってきた」


ノックと共にゼミリアスが顔を出し、続いてゼミリアスとよく似た面立ちのレティーナが顔を出す。


「お久しぶりです。お元気でしたか」

「レティーナ様、ご無沙汰でございます」

「そう畏まらないで下さい。本日は貴方とミリアスのお祝いに参ったのですから」

「ありがとうございます」

「二人とも、座って」


ソファ席にエイガストとレティーナが向かい合わせに座り、ゼミリアスがティーポットから茶を注ぐ。浮ついて落ち着かないのはゼミリアスも一緒で、エイガストの隣に座った後も、足をずっとブラブラさせている。

ゼミリアスの淹れた茶の色は緑色で、鼻を(くすぐ)る香りはシルフィエイン国にいた時に良く嗅いだ事のあるものだった。


「コノハナと言う品種の玉露にございます。心を落ち着けたい時に、私もよく頂くのですよ」

「そんな良い物を、ありがとうございます。頂きます」


シルフィエインのお茶の中でもコノハナは最高級の品としてエイガストも知っているが、一般に流通する物でもないので実際に口にするのは初めてだった。

程よい温かさの茶は砂糖も入っていないのに仄かに甘く、息を吐くと同時に肩の力も抜けていく。

レティーナから祝いの品としてコノハナを含めた色々な茶葉をエイガストは受け取った。量の多さはゼミリアスの分も含まれているからだろう。ゼミリアスがいつでも美味しく淹れてあげると得意気に言うので、暫くは一緒に飲む楽しみが増えそうだ。

緊張も随分と落ち着き、レティーナと談笑をしていると、また扉がノックされた。エイガストが出迎える前に勝手に開いた扉からはセイが顔を覗かせる。正式な来訪のため、今はイェン王が正しいか。


「やぁ、祝いに来たよ」

「イェン王、ご無沙汰しております」

「堅苦しいのは抜きにして、今は楽にしてて」


立ち上がったエイガストとゼミリアスを止めて「はい」と気軽に小箱をエイガストに投げる。受け取ってキョトンとするエイガストの横を通り過ぎてソファ席に座るイェン。扉が閉まる寸前に見えた彼の近衛の表情は、やれやれと少し呆れている様だった。

エイガストが手の平に収まる小さな箱をあけて見ると、海の涙(アクアマリン)と呼ばれる海色の稀少な宝石が収まっていて、思わず蓋を閉じた。

驚いて声も出ないエイガストの表情が期待通りだったイェンは満足気に笑う。


「これから色んな所から求婚状が届くだろう? それ一つで相手がどんな身分でも結納に使えて便利だよ」

「よ、余計なお世話です……」

「ああ、既に恋人が居たかな? なら首飾りにして贈るかい? 良い細工師を紹介するよ」

「間に合ってます!」


エイガストを揶揄(からか)って楽しんだイェンは、エイガストが口を付けた緑茶を勝手に飲んでゼミリアスに文句を言われながら、味と香りの感想を交えてレティーナと会話を始めてしまう。

受け取った物を返す訳にもいかず、エイガストは手の中の箱を抱える。宝石を贈りたい相手を一瞬想い浮かべるも、叶わない願いだと小箱と一緒に心に蓋をした。


「さて、そろそろ時間かな?」

「もうそんなお時間でしたか。少々長居し過ぎましたね」

「お陰で緊張も解れました。レティーナ王女、イェン王、感謝します」


退室する二人と入れ替わりに使用人が訪れ、エイガストとゼミリアスは式場への入場門の前に案内される。

そこで手渡された魔装具の弓。僅かに魔力を通せば、レイリスの姿が浮かび上がる。彼女がエイガストを見て柔らかく微笑む、ただそれだけでエイガストの心は穏やかになった。


「行こう」


ゼミリアスと手を繋いで記紋を描いた壇上へと上がる。壇上には数本の線が繋がり、ジュリアーナが操作する装置へと繋がっている。更に改良を重ねた装置は、足下の記紋の上に立つだけで魔力を吸収したり、逆に補充する事ができるという。

視線を上に移せば、エイガストの姿を一目見ようと訪れた多くの人々で観覧席は埋まり、入れなかった人々は高い家の窓や屋根の上から覗いている。


『本日、射撃手(トクソフィライト)の称号を賜ります、エイガストと申します』


ジュリアーナの開発した拡声器でエイガストが発言すると、騒ついていた会場はシンと静まりかえる。


『この様な栄誉に(あずか)れるのは、私に助力して頂いた多くの方々の支援があったからこそです』


主催の席で見下ろす元帥。来賓席で見つめるレティーナやイェン。

観覧席の中央付近で見つけたシュウたちヴィーディフ商会の会員数名。遠くに見える屋根の上で手を振ってるのは、村でストロベリーの育成を任せた少年従業員の三人か。

エイガストは右手に繋ぐゼミリアスに視線を落とす。見上げたゼミリアスが嬉しそうに笑顔を返した。


『私は、その方たちが誇れる射撃手(トクソフィライト)であり続けることを、ここに宣誓します』


拡声器を置いたエイガストはジュリアーナに視線を送る。頷いたジュリアーナが装置を起動させると、足下の記紋が仄かに光った。

ゼミリアスと向かい合わせに立ったエイガストは弓を天に向かって構える。足下からの魔力の供給と、ゼミリアスの魔力制御の補助、そして弓を握る手に添えられた感触の伴わない細い手。


空の色を宿した青い矢が弧を描いて空を貫く。


空へと消えた矢の軌跡を見上げ、エイガストは弓を下ろす。

雲一つない青い冬の空から、はらりひらりと小さな結晶が舞い落ちる。触れた側から溶けてしまう空色の結晶は、風に舞う花弁の様に人々に降り注いだ。


「綺麗ですね」

「はい」


弓に接吻(くちづけ)る様に顔を寄せてエイガストは小さく語りかけ、歓声に湧く会場に舞い散る風花を眺めながらレイリスは答える。

装置を停止させたジュリアーナもエイガストの隣に並び立ち、壇上の三人が頭を下げると一層大きな歓声が上がった。




青の射撃手(トクソフィライト)

晴天の空から降り注ぐ風花の色からエイガストの通称として呼ばれ、スフィンウェル国の史書に名を刻むのだった。


ここまで読んでくださりありがとうございました。

この後閑話を投下します。もう少しだけお付き合い下さい。


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