077
エイガストは朝一で医院に向かい、アイゼルトの病室に居るだろうギヴの元へ行こうとしたのだが、雰囲気がおかしい。
医院には慌しく兵士が出入りし、ウォルカが土気色をして指揮を取っている。
「何かあったんですか?」
「エイガスト殿。先程伝令を送ったのですが行き違った様ですね。魔人ギヴとアイゼルト殿が兵士を殺して逃走しました」
「え」
昨日アイゼルトと会話をした時は、誰かを殺す様な素振りは全くなかった。
詳しい話を聞きたいと言うエイガストに、ウォルカ同席の下でアイゼルトが居た病室へと向かった。
「今朝、魔人ギヴが街の北の平原で誰かと争っていたと巡回から報告がありまして、その尋問中に突然消えてしまいました。彼が動く時はアイゼルト殿が関係しておりますので、病室に駆けつけたところ、酷い有様でして……」
病室に向かう間にウォルカから概要を聞く。ギヴの戦っていた相手はゼミリアスの事だ。巡回は戦いを目撃した後に現場を確認しなかったのだろうか。そうすればゼミリアスが一晩中、寒空の下に放り出される事もなかったのに。
心の中で八つ当たりしながら訪れた病室の入り口では、怖い顔で沈黙するイヴァルが見張りをしていた。
「気分が悪くなりましたら、直ぐに出られて下さい」
扉を開ける前にウォルカが警告した。
一体どんな状況なのか。その疑問は扉を開けた瞬間に感じた、咽せ返る様な血の臭いで理解した。エイガストは意を決して足を踏み入れる。部屋中に飛び散った血痕は黒く変色しかけていて、所々に小さな肉片らしき物がへばりついている。
そんな惨状で最も印象に残ったのは"決裂"と壁に殴り書きされた血文字だった。
殺された兵士は四人。
前日の夜の酒場で「弱った魔人を倒す方法」で盛り上がっていたと言う。聞く者によってはそれがアイゼルトの事だとわかる内容を、大きな声で誹謗していた。
夜明け前の閉店間際に店を出て行った後の目撃は無く、酔った勢いのまま医院で眠るアイゼルトの元へ行き、争いになったのではと推測されている。
「エイガスト殿、彼等が行きそうな場所に、心当たりはありませんか?」
「流石にそこまでは……」
「そうですか」
気分が悪くなり早々に切り上げて外に出たエイガストにウォルカが訊ねた。
見舞いに行く様な間柄なのだから探りを入れられるのは当然だったが、エイガストは彼等が潜伏する様な場所を知らない。ただ、アイゼルトの体調不良は続いているため、人里から離れないのではと予測し、ウォルカも似た様な考えだった。
「アイゼルトさんの処遇はどうなるんですか?」
「手を下したのが魔人かアイゼルト殿かは分かりませんが、重要参考人として全国に指名手配を出します」
「そうですか……」
「エイガスト殿も、何か気づきましたらお知らせ下さい」
ウォルカは再び指揮を取るため現場に戻って行った。
「悪意の目が自分に向いている」そう言って警戒していたアイゼルトは、いずれこうなる事を見越して姉弟である事を明らかにしないとエイガストに言ったのだろうか。
ゼミリアスに何て話そうかを考えながらエイガストが帰路についていると、誰かに後ろから肩を叩かれる。振り返るとパールが立っていた。
「浮かない顔ね、どうしたの?」
「パールさん……」
叙勲式の迎えに来たと言うパールと共に、エイガストは老夫婦の家へ向かう道すがら、ゼミリアスがギヴと決闘をして酷い目に合わされ、そのギヴがアイゼルトと共に姿を消してしまい途方に暮れていた事を話す。
話を聞いたパールも、ゼミリアスが復仇を望んでいる事を知りながら、ランを討伐する方を優先した。多くの民を守る為に仕方なかったとは言え、ゼミリアス一人に我慢を強いた事を反省する。
「パールさん、聞きたいことがあるんですけど」
「何かしら?」
「英雄称号を貰ったら、どういった特典があるんですか?」
「そうねェ……」
正式に軍に所属していないが、尉官相当の階級が得られ、有事の際には兵士や備品を使用する事ができる。
スフィンウェル国内での税金の緩和と、各地の領主貴族には客分として扱われるため、旅をする上では楽になる。
逆に、スフィンウェル国に認められた英雄称号のため、世界中のいたる国から魔獣退治などの依頼をされる事になるだろう。
細かい事は式典の前に元帥から改めて説明があると、パールは利点と欠点の両方を大まかに語った。
「魔獣の依頼に関してなんですが、ギヴかアイゼルトさんが見つかったら知らせて貰う事もできますか?」
「協力してもらえるならとても心強いわ。けれど、大丈夫?」
「……はい。ゼミリアスをあんな目に遭わせておいて、そのままにはできません。アイゼルトさんには悪いですが……」
「わかったわ。ただ、アイゼルト君に関しては、未だに意見が別れていてね。今の所は討伐対象になってないわ」
魔人との混血を人と見做して保護するのか、魔人として討伐をするか。兵士を殺してギヴと共に逃走した以上、良い方向にはならないだろう。
レイリスにはアイゼルトの魔装具についている青の魔晶石から探せないか頼んでいるが、前もって特定していなかった為に幾多もある青色の中からアイゼルトの魔晶石に辿り着くのには時間がかかると言う。
もしかすれば、軍からの発見報告の方が早いかも知れない。
「そうそう、弓の演技は考えてくれた?」
「弓の演技…?」
「手紙に書いてあったでしょう? もしかして読んでない?」
「あ……」
称号を貰う貰わないでゼミリアスと口論になってしまった後、エイガストは手紙の後半には目を通すのを忘れていた。
「世話が焼ける」と溜息を吐きながらも、パールは手紙に書いていた演技について説明する。
称号には知識部門や技術部門等のいくつか種類があり、武勇を立てた者に贈られるものが英雄称号。
主に強さを顕示する場であるため、過去の受称者は百人抜きやら巨大な岩山を担いで力を魅せつけたと言う。
「聞けば聞くほど、場違いじゃないですか?」
「何言ってるのよ。あの竜を倒したのは間違いなく貴方の力だし、あの場に居た兵士で称号授与に反対する人は一人も居なかったわ」
「でも、自分も貢献したのにって思う人もいると思うんです。色んな人に助けられたのは事実ですし」
「だから演技をするのよ。偶然ではなく、貴方自身の実力だってね」
「とはいえ、何をすれば……流石に停止の矢を撃つのは無理です」
「街を二分するあの川を、金剛杵も無しに凍らせたんでしょう? それだけ出来れば十分よ」
かなりの魔力を使うが、それくらいならレイリスに協力して貰えば出来そうだ。しかし、周囲に危険が及ぶとなると、もう少し表現を変えるべきかとエイガストは思う。
称号の受賞に対して前向きに考えるエイガストに、パールは嬉しそうに笑む。
「安心したわ。辞退されるんじゃ無いかって心配だったのよ」
「最初はそうだったんですけど、ゼミリアスに説得されました」
「ゼミリアスには敵わないわね」
「全くです」
昨夜の時点では、本当はまだ迷っていた。けれど、エイガストが称号を受ければ、姿を消したギヴとアイゼルトの二人にも名前が届くだろう。
彼等にとってそれが、良い事なのか悪い事なのかは分からないけれど。
長い帰路もパールと会話しながらだと短く、エイガストたちが老夫婦の家に到着すれば、目を覚ましていたゼミリアスが玄関先で待っていて、エイガストの姿を見つけると走って飛びついた。勢いに押されて倒れそうになるエイガストをパールが支え、エイガストは転ぶ事なくゼミリアスを抱き上げる。
抱き上げられたゼミリアスとパールがエイガストの視界の外側で、親指を立て合った事はレイリスだけが見ていた。
翌朝、エイガストとゼミリアスは世話になった老夫婦に礼を告げて、パールと共に国都へ向かう。両脇の柵の向こうに広がる葡萄畑は既に収穫を終えて閑散としており、夏や秋であれば圧巻の光景だっただろうと想像しながら、往路では見る余裕のなかった風景を楽しむのだった。
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