072
黒い塊から伸びる何本もの配線は、監視塔の一階に設置された大掛かりな装置に続く。ジュリアーナを中心に機材の稼働確認を行い、作業員たちは忙しく作業をしていた。
そんな彼等の行動を黎明の近い上空から見ていたギヴは、彼等に気付かれない様に黒い塊の前に降り立つ。
何年も目覚めの時を待っていた子供はこの中にいる。エイガストに撃たれてしまえば、恐らく魔獣と共に子供も消滅するだろう。
外側からの干渉は一切通らない。
ならば内側から干渉すれば良い。
ギヴが黒い塊を取り込もうと手を触れれば、自分より大きな魔力を内包する塊は逆にギヴを取り込み始める。ギヴは抗う事なく、その身を投じた。
仮眠から目覚め、出撃準備を終えたエイガストの元にイヴァルが訪れる。亀の魔獣との交戦で重症だったが、魔療使の治療で先程目覚めたらしい。監視塔に向かうエイガストと同行する為に来たというので、共に向かう事にした。
数時間前までは多少なりとも屋内に人の気配があった通りは、今は痛いほどに静まり返っている。周辺の住民は屋敷から一番離れた北西の位置に避難したというのもあるだろうが、やけに胸が騒つく。落ち着かないエイガストに、黒い塊の魔力が強くなっているせいだとゼミリアスが言い、繋いだ手から魔力を分けて貰う事でエイガストは少し平静になれた。
暗い通りの正面から走る足音が聞こえ、身構えるエイガストとゼミリアスの前にイヴァルが立って接近する者を確認する。それは監視塔で作業をしていた兵士の一人だった。
「い……イヴァル、少将。塊が、中尉が、お急ぎ……」
荒い呼吸の合間に聞き取れた言葉にイヴァルが即座に走り出し、エイガストもゼミリアスを抱き上げて後を追う。
屋敷に近づくにつれて炎が燃焼する臭いと金属音の喧騒が大きくなる。辿り着いた屋敷の庭では小型の魔獣と戦う兵士たちがいた。ウォルカもその前線に立って戦っている。
「ここは僕が。君たちはジュリの所へ」
それだけ言い残してイヴァルは腰の短剣を抜き魔獣の群れへと突っ込んで行った。数は多いが今の兵力でも何とか退けている事を確認し、加勢したい気持ちを抑えてエイガストとゼミリアスは監視塔に向かった。
「ジュリアーナさん、これは!?」
「塊に亀裂が入ったの。そこから魔獣が出てきて……」
塔の作業場から塊が見える様に、監視塔の天辺に取り付けられた眼鏡から映し出された光景には、塊の亀裂からこぼれ落ちた黒い瘴気が、地に落ちては小さな魔獣へと変貌する姿だった。
「悪いけど、ぶっつけ本番でお願い」
「わかりました。ゼミリアス、こっちへ」
ゼミリアスを連れて梯子を駆け上がり、一階から伸びる導線に繋がる腕輪を手に取る。内側に記紋がびっしりと刻まれたそれを左手首に装着。弓と共にアスゲイロンドの水晶を一緒に握り込む。
エイガストが射撃の準備をしている間にゼミリアスが監視塔から戦況を確認すると、地上で群れる魔獣に追い込まれた兵士を見つけ魔法で加勢する。弱った魔獣を仕留めて兵士が無事抜け出したところで、エイガストがゼミリアスを呼んだ。
「装置から魔力が提供されるけど、ゼミリアスの魔力も沢山借りると思う。気絶しそうになったら手を離して良いからね」
「……ウィッカ」
少し間を置いたゼミリアスの返事に、手を離す気が無い気持ちが含まれていてエイガストは苦笑する。レイリスとアスゲイロンドに声をかけてから、エイガストは足元のレバーを踏んで鈴を鳴らし、準備が整った合図をジュリアーナに送った。
「魔力変換供給装置起動。稼働確認。操者ジュリアーナ」
複数の装置を順番に稼働させ、導線を伝って塊から魔力の吸収を開始。指針の安定を確認しながら、エイガストに流れる魔力量を徐々に増やしていく。
エイガストは手首から押し寄せる魔力を弓へと押し流す。油断すると体に傾れ込もうとする過剰な魔力による激痛が全身を襲う。アスゲイロンドの制御があってなお、左腕が燃える様に熱い。
それでも、支えてくれる仲間の存在と、失敗するわけにはいかないという意地がエイガストの膝を折らせなかった。
屋敷の庭から装置が起動する様子を見ていた兵士たちは、もう少しの辛抱だと自身に言い聞かせながら剣を振るう。一体ずつは弱いものの数が多く、兵士の間を擦り抜けて屋敷の鉄柵に向かうのを防ぐだけで手一杯だった。
『警戒! 中型出現!』
ジュリアーナの拡声音が周囲に響いた。ウォルカの号令で全体が数歩後退し、ウォルカとイヴァルが前進。小型の魔獣を率いて駆ける中型の獅子の進行先をウォルカの魔法で誘導し、イヴァルの短剣で仕留める。
襲来する魔獣は小型から中型の割合が増え、二人一組で確実に仕留めるよう号令を出すも、どこかが崩れればそこから魔獣は街へ雪崩れ込むだろう。
塊の破れた上部から出ようとしている巨大な影。大きな角と幾本の牙は古の竜の姿を彷彿とさせるが、逆さまについた頭部と折れた翼が不完全なモノだと物語る。
「まだか……ッ」
ウォルカが見上げた監視塔の更に上空。高速で飛来する黒い影が、複数の光を放つ。
放射状に飛ぶ光は、魔獣と兵士が戦う庭の上空で停止した。
「全員伏せェェ!!」
ウォルカの怒号が響く中、上空で弾けた光が雨の如く戦場に降り注ぐ。
まばゆい光が視界を塞ぎ、次に兵士たちが目にした光景は、一掃された魔獣の群れと、赤い軍服を身に纏い、長い金の髪を風に靡かせる女性の背中。
「ここからが正念場です。魔獣たちにスフィンウェル軍の底力、見せて差し上げましょう」
「パーラスフォード将軍!」
力強いパールの言葉に、その場に居た兵士全員が俄かに活気づく。
伝信の魔法で応援を要請していたがパールの部隊は魔人と交戦し、その戦場も街から遠く離れていて速馬に乗っても夜が明ける頃になるとウォルカは思っていた。一体どうやって来たのかと言うウォルカの疑問は、パールの隣に降りて来た男を見て納得する。
アレック・リンゴールデッド少佐。法使の中でも屈指の実力を誇る男。確かに彼の飛行速度なら、どんな馬よりも速いだろう。
「全隊、引き続き二人一組のまま迎撃。イヴァル、まだ独りでいけますか」
「勿論ですよ!」
ウォルカの問いに肩で息をしつつもイヴァルはウインクする余裕を見せて軽快に答えた。
殻から這い出るドラゴンに押し出された黒い瘴気が中型の魔獣に変わり、屋敷の庭を再び埋め尽くし始める。パールとアレックが加勢したことで、押されていた軍は中型の群れ相手にも拮抗を保つ。
そして、待ち望んでいたジュリアーナの声が届いた。
『砲撃準備完了。全員衝撃に備えて』
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