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【第一部完結】青の射撃手≪トクソフィライト≫  作者: (2*8)⁴
一章 青の乙女と紅の将軍
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008

甘くて苦い冷たい感覚が舌に広がり、エイガストは目を覚ました。ぼんやりと辺りをゆっくりと見回す。

水差しを持った人を見て、口に残る感覚の正体を知る。何かを言っていたが聞き取れず、そのまま小走りに部屋の外へ行ってしまった。


ここは何処だろう。定まらない思考のまま天井を見上げていると、複数の人がエイガストを取り囲んだ。

一人がエイガストの首にしばらく触れ、その後胸部に手を当てる。そしてエイガストを抱き起こしながら、何かを話す。

エイガストは話そうと口を開いたが、喉が枯れていて声が出ない。側に見える水差しをに目をやる。

気付いた人がグラスに移した水をエイガストに渡し、それを一気に飲み干す。そこでようやく口にしていた水が、病気などで食事が摂れない人に飲まされる生薬水であると気付いた。


「お加減はいかがですか?」

「まだ少し……ボーッとします」


改めて、エイガストは周りの人達をよく見る。

使用人と思われる女性が数人と、先程からエイガストに触れる男性の腕には、魔療使ヒーラーの腕章が着けられている。回復の魔法をかけられているのだと理解すると同時に、いつ怪我をしたのだろうと疑問に思う。自分が青い矢を撃って、将軍が核を砕いて、そこから思い出せない。


「どんなに訓練を重ねても、魔力の大量消費は体に負担をかけます。今後は程々にして下さい」

「はい。ありがとうございます」

「お大事になさってください」


レイリスが気を失うと言っていた事を思い出し、そうなったのだとエイガストは理解した。

魔療使ヒーラーが退室し、使用人の一人がエイガストに礼をする。

つられてエイガストも頭を下げる。


「それでは、始めさせて頂きます」

「はい……?」


救護室から程近い場所まで、手を取られて連れ出されたそこは広い浴室。

気づいた時には既に遅く、断る間も無く複数人掛かりで文字通り身包みを剥がされ浴槽に沈められる。

どんなにエイガストが抵抗しても、まるで猫でもあしらうかの様に全身を清められた。

香油を塗られ、髭を剃り、鋏を入れて髪を整えられ、煌びやかな服で召され、病み上がりの色の悪い顔に化粧を施されていく自分の姿を、鏡の前で諦めた表情で見守っていた。


救護棟を出て兵舎施設を横目に通り抜け、大きな門を潜った所で使用人から兵士の案内へと変わり、広い玄関エントランスの奥へ進み、格子扉の前で立ち止まる。

扉の奥は天井も灯りも無いのか、薄暗い。扉の隣には窪みがあり、鐘が吊り下げられている。兵士はそれを二度叩いた。

ガタンゴトンと何かの動く音が響き、待っているとカゴが降りてきた。昇降機エレベーターだと気付いたエイガストの目が輝く。

カゴに乗って二重の扉を閉じると、内側にあるベルを一度鳴らす。今度はゆっくりとカゴが昇っていく。

抑え切れていない興奮状態のエイガストを、付き添いの兵士は微笑ましく見ていた。

目的の階層に到着し、降りた所で昇降機エレベーターの操縦士が一礼をするので、エイガストもそれを返す。

辿り着いた場所は謁見室。正面に数段の高台があり、玉座が設置されている。最下段で立ち尽くすエイガスト。これから会う人物を想像したのか、血の気が引いている。


謁見室の奥の扉が開かれる。高台へ上がり玉座へ腰掛ける男性。

エイガストは、自分の斜め後ろで控える兵と共に、最上の礼で迎える。


「面を上げなさい」


男性の言葉に顔を上げ、改めて男性をよく見る。

短く揃えられた金の髪は、前の一部だけあかく染められている。左目は傷で閉じられているが、右側のあおい目は鋭く厳しい。

赤い軍服と黒いマント。留め具のブローチには国章が刻まれている。

外国の者でも知っている。国軍の最高指揮官であり君主。

スフィンウェル国の元帥、ベイゲルフォード。


「先日の討伐において、貴方の助力に感謝いたします」


謝意の表明に、エイガストは姿勢を正す。


「貴方の荷物はこちらで預かっております。城を出られる際に、お返し致します」


ベイゲルフォードは、コクコクと頷くエイガストを確認し、言葉を続ける。


「いくつか質問があります」


そう言うと、エイガストの弓の魔装具を持った兵士が入室し、ベイゲルフォードの斜め後ろに立つ。


「こちらの弓は何処で作られたものでしょうか」

「わ、わかりません。私は幼い頃に、養子として引き取られました。その時には所持していたと、今の両親から聞いております。それ以前の事は覚えていません」


記憶喪失だと、父親から医師による診断を聞かされた。

幼いエイガストは、身長よりも大きな弓を抱えたまま、傷だらけで倒れていたらしい。よっぽど恐ろしい目にあったのだろうと、夜中に泣き出したエイガストの髪を撫でながら、よく母親が慰めてくれた。


「魔法の技術は何処で学びましたか」

「誰からの師事も受けておりません。旅の最中さなかで出会った、法使メイジの方々から聞き齧った程度です」


弓に魔力を通す事も、勘で行っていて原理は良くわかっていない事に偽りはない。今回の事もレイリスの協力があってこそだった。

しかし、エイガスト以外の者には姿も見えず声も聞こえない、レイリスフェイドという女性に手伝って貰ったと言って、誰が信じるだろう。エイガストは彼女の事を話さなかった。


「そうですか」


ベイゲルフォードはエイガストから視線を外さず、兵士から差し出された書類を受け取る。


「貴方の事を少し調べました。エイガスト・ヴィーディフさん」


家名を呼ばれ、エイガストの心臓が跳ねあがる。

セイクエット国の南東の街に商会を構えるヴィーディフ家に、十三年前に養子縁組が成立している記録。

役場記録からエイガスト名義で行商を始めているのが二年前である事。

取引において大きな揉め事もなく、調剤の腕前も確かだと一部では評判が良い事。

安価で人手の着かない魔獣討伐を受けている記録が、国内外問わずに数件ある事。


「優秀ですね?」

「お、恐れ入ります」


ここまで調べ上げるのにどれだけの時間を要したのか。なにより、それ程の長い間、自分は眠っていたのか。

自分の過去を暴かれた事よりも、現在いま何日いつなのかが、エイガストには気掛かりだった。


「大変失礼いたしました。一般民を名乗り軍に介入しようとする輩も多いもので」


それが対立国セイクエットの出身ならば尚の事。

警戒を解いたベイゲルフォードの険しい表情が、少し和らいだ。

そこでようやくエイガストは小さく手を上げ、発言権を得る。


「えっと、お尋ねしたい事がございます……」

「なんなりと」

「俺……私は何日眠っていたのでしょう」

「五日ですね」


ベイゲルフォードの返答に、エイガストの顔は蒼白した。国都を訪れる前に引き受けた仕事のことを話し、直ぐにでも城を出たいと懇願する。

少し目を丸くしたベイゲルフォードだったが、もう少し話をしなければならないと言う。しかし日中には解放できるようにすると約束してくれた。

それを聞いて安堵するエイガストにベイゲルフォードが思案していると、兵士が耳打ちをする。


「ヴィーディフさん、後の話は食事をしながらに致しましょう」


立ち上がりながら言い、返事を待たずに歩き出すベイゲルフォード。エイガストは強制的に同席する事になった。




広い食堂の中央に長いテーブル。椅子は両側に五席ずつ。食器の準備がされているのは三席分。

使用人が椅子を引く。ベイゲルフォードの座る様子を見てから、エイガストはそれに倣う。

こんな事なら上流の作法をもっと真面目に学んでおけば良かったと、エイガストは後悔していたが今更である。声をひそめて後ろに控える使用人に教示を請えば、すんなりと承諾されて胸を撫で下ろす。


食堂にドレスを纏った女性が入室する。癖のある長い金髪に、前髪の一部があかく染められている。深いあおの目がエイガストを一瞥した。

ベイゲルフォードが娘のパーラスフォードだと紹介する。彼女が席に着けば、グラスにワインが注がれ料理が運ばれてきた。

エイガストは使用人から柑橘のワインと伝えられ、出てきた料理に使用する食器の説明を受ける。

見様見真似で口に運ぶも、緊張の為に美味しいはずの料理からなんの味もしない。


「ところで、ヴィーディフさんは軍に所属するつもりは御座いませんか?」

「え……」


突然の勧誘に手を止める。

ベイゲルフォードとパーラスフォードの視線が、エイガストに刺さる。


「えっと……お断り、したいです」


断った瞬間、ベイゲルフォードの顔が険しくなった気がして、エイガストは慌てて言葉を続ける。


「軍人さんの戦う相手は、魔獣だけではありませんよね。……私は人に刃を向けたくありません。勿論、魔獣の討伐であれば協力は惜しまないつもりです」

「正直に言いますと、貴方を野放しにするのは危険だと思っています」


大砲並の威力で放っても壊れなかった弓の魔装具。

使用者は何処にも所属していない若い青年。

エイガストの出身は対立国。戦力として召集される事もありえる。

今回の事で噂が広まり、様々な者が力を手に入れにくるだろう。お人好しのエイガストが、恐喝や人質を取られても、無所属を貫けるか。

今まで通りの一人旅は困難であると、ベイゲルフォードは告げる。


「本来であれば、改造の恐れのあるこの魔装具は、没収しなければいけません」

「そ、それは困ります。弓の魔装具は、私の出生を探る唯一の手がかりなんです」


エイガストは叫び出しそうになる声を、必死に抑える。

金を積まれても、最新の魔装具を用意されても、誰にも渡すつもりはなかった。


「そこで提案なのですが、供を一人連れて行って貰えますか」

「お供、ですか」

「はい。貴方が無事に旅を続けられる様、牽制役を一人」


牽制役とは言うものの、他勢力に所属しない様に見張る為の監視役も兼ねている事をエイガストは分かっていた。

提案ではなく条件。断れば弓は返ってこないだろう。それでも今まで通りの行商が出来るなら良いと、エイガストは提案を呑んだ。


「それは良かった。では頼んだぞ、パーラスフォード」

「承知いたしました」


返事をしたパーラスフォードは「よろしく」とエイガストに微笑んだ。



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