069
魔力の糸を辿って、エイガストたちは屋敷を捜索する。
ゼミリアスが言うには屋敷の至るところに巣が張ってあり、それが扉や窓を固定して開かなくしており、糸に触れる事で獲物の場所の把握と繋がった調度品が飛んでくる仕掛けになっているらしい。前にイヴァルの行き先がわかったのも、糸の切れた所を辿ったのだと言う。
それにさえ気をつければ調度品に襲われる事もなく、カンテラの灯りを頼りに各部屋を巡る。そして一番糸が張り巡らされた三階の部屋を訪れるも、大きな蜘蛛は見つからなかった。
「やっぱり地下かな?」
「でもここが一番魔力強いよ」
「うーん……」
間取りに不自然な空間は無いし、魔動によって開く扉も見つからない。けれどゼミリアスが言うのだから、この部屋の何処かに潜んでいるのだろう。
金の針に付いた石は屋敷に入ってからずっと光り続けていて、コルトの捜索にはあまり役に立っていない。
「壊せりゃ手っ取り早いんだけどな」
「魔法で強化されてんだぞ。そうポンポンと壊せてたまるか」
時折、玄関で戦っているだろう破裂音が聞こえるが、屋敷は揺れも軋みもしていない。そんな屋敷の壁を壊す為には相当の威力が必要だ。そう何度も放てる程に強い魔法を扱える者は、ゼミリアスとレイリスの協力を得たエイガストくらいか。
「エイガスト様」
壁を叩いて空間がないか確認するエイガストに、レイリスが囁く。返事をしそうになる口を押さえて、エイガストは視線をレイリスに向けた。
「その、私の勘違いでしたら申し訳ありません。部屋の天井の高さはどこも変わらないのですが、二階の階段が長い様な気がしまして」
「階段……?」
「階段がどうしました?」
「え、あ、えっと。部屋の高さの割に二階の階段が長くなかったかなーって……」
レイリスの相談を受けてポツリと溢してしまったエイガストの言葉にクォッカが聞き返し、エイガストは慌てて階段の長さについての疑問がある事を伝える。
窓から階層の高さを目測しようとするも開かなかったので、新しく張られた糸を解きながら階段まで戻った。
「段数の差は十二。高さにして大体二メルくらいか?」
一階と二階を繋ぐ階段と、二階と三階を繋ぐ階段は別の位置にあり、ヒューイとクォッカが各階段の段数を数えて凡その高さを算出する。二メルはエイガストがゼミリアスを肩車したくらいの高さがある。
エイガストとゼミリアスは各階の部屋の天井の高さを目測し、殆ど差異がない事を確認した。
四人が二階と三階の間に部屋があるのではと推測してから、明らかに邪魔をする様に糸が張られていくため、彼等はコルトの居場所に近づいていると確信を持ち、一番魔力を感じた部屋に戻ると部屋の真ん中に爆薬を仕掛けた。
導火線に火をつけてから頑丈な扉を盾に部屋の外で待機し、大きな爆音が収まり次第部屋へ飛び込む。ゼミリアスは天井付近に火を撒いて部屋を照らす。
室内にあった家具は部屋の隅に焦げ付いて壊れ、爆薬を置いた床には穴が空き、その向こうに黒く蠢く大きな何かがいた。逃げられる前に、ゼミリアスが魔法の杭を振り下ろす。
キイイィィイイィイィ
耳を劈く金切り声に、全員が耳を塞いだ。声が止んでも揺さぶられた脳は軽く麻痺していて、気がつけばエイガストは膝をついて座り込んでいた。もう少し気を保つ力が弱ければ、失神していたかも知れない。
「ゼミリアス」
エイガストは耳を押さえたまま蹲るゼミリアスに寄り、軽く頬を叩いて呼びかけるが返事ができない程に目を回していた。そんな状態でも天井の灯りを絶やさないのは流石と言える。
ヒューイが意識が戻るまでの保護を申し出て、ゼミリアスを抱え上げると後方に退がった。
瘴気を撒き散らし腹に開いた穴を塞ぎながら床の穴から出てきた赤い目の蜘蛛は、子供くらいの大きさがあった。エイガストは仕事柄薬の材料として蜘蛛を扱った事は何度もあるが、ここまで巨大化されるとその姿の悍ましさに背筋が寒くなる。
エイガストが恐怖を打ち払う様に矢を放つ。蜘蛛は素早く避けてエイガストに向かって走る。逃げ遅れたエイガストの前に魔装具の剣を構えたクォッカが立ち、牙を剥いて飛びかかる蜘蛛を斬り払った。
返す剣でもう一撃入れようとするが、蜘蛛は素早く退がり天井へと張り付いた。
「すいません」
「いえ。思った以上に素早いですね」
素早いとアイゼルトは言っていたが、近距離からの矢も避ける程とは思っていなかった。矢で当てられないとなると、広範囲の魔法で捕えるか、襲ってきた所を迎え討つか。
「退がって下さい。凍らせます」
エイガストは耳の青い魔晶石に触れてレイリスに合図を送る。レイリスは小さく頷いて答えた。
下の階ではアイゼルトが戦っている。コルトとの戦闘を長引かせたくはなかったエイガストは、魔力消費の激しい氷の魔法で捕える事にした。
「魔力を練り上げるまで誰がアレを抑えるんです?」
「巻き込まれるかも知りませんよ?」
「巻き添えが怖くて前衛やってられませんよ」
クォッカは剣を振るい、エイガストを狙う蜘蛛の牙を弾き、後方のヒューイを狙う糸を断つ。
一度深く息を吸い、エイガストは弓に魔力を集中する。レイリスの練り上げる魔法に全身から汗が吹き、凍える冷気に吐く息が白くなる。蜘蛛が床に着地した瞬間を狙って、部屋全体の床を氷結させる。
氷に足を囚われてクォッカとエイガスト自身も動けなくなったが、あと一撃、弓を撃つ魔力は残している。
「エイガスト」
意識を取り戻したゼミリアスが金の針を持ってエイガストの隣に立った。ヒューイはエイガストが魔法を放つ寸前に部屋から退避して巻き添えを逃れていたらしい。
ゼミリアスの魔力を重ね、鏃に金の針を番えて、足を引きちぎって逃げようとする蜘蛛の脳天を撃ち抜いた。
サラサラと崩れていく蜘蛛が完全に消えると、部屋にいた全員が息を吐いて脱力した。ゼミリアスがエイガストとクォッカの凍った足を解放する。冷たさで指先の感覚が痺れていた。
「エイガスト、こんなの見つけた」
手近にあった壺にお湯を作り、凍傷になる前に足を温めている間、ヒューイと共に蜘蛛の潜んでいた小部屋を捜索していたゼミリアスがエイガストに見せたのは、赤い鱗が閉じ込められた半球の水晶だった。
「これ、凄いよ。持ってると魔力が溢れてくる」
「見せて貰える?」
ここまで鮮やかな赤い鱗を持つ生物を、エイガストは見たことがない。どこかの国にはいるのかも知れないし、赤く着色されただけの刺繍珠かも知れない。着色だとしたら一体どんな染料を使えば、こんなに綺麗な赤色のなるのだろうか。
元は装飾品だったのだろうと思わせる跡はあるが、長い期間経ち手入れもされていなかったのだろう、僅かな錆汚れだけを残して金属の部位は朽ちてて無くなっていた。
ゼミリアスから水晶を受け取ると、確かにちょっとだけ元気が湧き出る様な感じがする。
「……」
小さな声が聞こえた気がしてエイガストは顔を上げた。キョロキョロと見回すエイガストにゼミリアスは首を傾げる。
もう一度耳を澄ますと、床穴からヒューイが引き上げを求める呼び声が聞こえた。
「どうしたの?」
「いや……気のせいみたい」
水晶をゼミリアスに返そうとしたが、魔力が回復するならエイガストが持つべきと押し切られ、エイガストはポケットに水晶を押し込んだ。
ヒューイを引き上げた後、四人はアイゼルトとミエールを残してきたエントランスホールまで降りる。二人は壁に倚りかかって座っていた。
手当てされて包帯だらけのアイゼルトとミエールに対して、さっきまで蜘蛛に操られていた男性は擦傷程度の怪我しかないまま、アイゼルトの側で眠っている。
「よぉ、おつかれさん」
「アイゼルトさんとミエールさんも。無事で何よりです」
全員の無事を確認し、ヒューイは外で待つウォルカに報告に行くと言って先に屋敷から出て行った。コルトを倒した事で固定されていた糸が切れ、扉は開く様になっていた。
「今のうちに、アイゼルトさんの石も取り除きましょう」
「そうだな。んじゃ、その針貸してくれ」
自分でやると言うアイゼルトに、針の使い方を説明してから手渡す。服を捲り上げるアイゼルトの前に上着を脱いだミエールが立ち、制服の上着を広げて男たちの視界からアイゼルトを隠した。
脇腹の石が針に吸収されると制限されていた魔力が解放され、アイゼルトは深呼吸をして全身を巡る魔力を感じた。そして手の中の金の針に付いた赤い石と、そばで眠る男性を何度も交互に見る。
「親父……」
葛藤に満ちた面持ちで、アイゼルトは金の針を握りしめる。手に刺さる小さな針の痛みは、これからやろうとしている事を抑止する程ではなかった。
多数の者から集めた膨大な魔力が込められた魔人の血の結晶を、アイゼルトは眠る男の胸に翳す。
赤い石は一度だけ鮮やかに煌めくと、男の方へ吸収されていった。
「な…に……?!」
突然膨れ上がった魔力に驚いてミエールがアイゼルトへと振り返ると、眠っていた筈の男が目を開けていた。アイゼルトを男から引き離そうとミエールは手を伸ばしたが、見えない壁に弾かれてしまう。
ゼミリアスは魔法で風の刃を放ち、エイガストは矢を放つ。二人の攻撃を合わせても壁を壊す事はできなかった。
立ち上がった男は足元で呆然と見上げるアイゼルトに両手を広げ、ゆっくりと唇を開いた。
「お…ぃで……ア…ルト……」
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