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066


昼間には屋敷周辺の通りにも(たむろ)していた人たちが居たのだが、今は立入禁止の阻塞(バリケード)が敷かれていて誰も居なくなっている。手元のカンテラの灯りを頼りに暗い道を進み、エイガストたちは屋敷の正門に到着する。

門に罠が仕掛けられてない事を確認してから開門を試みるも、ゼミリアスの魔法でも開ける事はできなかった。

どうやらレイリスの見た二人の影は屋敷に入り込んだらしく、彼等が通り抜けたと思われる北側の鉄柵を調べると二本の鉄柵が抜ける様になっていた。


「なるほど、これの確認だったんですね」


エイガストが屋敷に来た理由を、烏で人影が見えたという事でゼミリアスに口裏を合わせて貰い、イヴァルに説明した。

屋敷を囲う鉄柵の内、引き抜けるのは目の前にあるこの二本のみ。魔法や罠の仕掛けもないので、知らなければ気付かないだろう。


カンテラの灯りを消して敷地内に侵入。鉄製の柵はそれなりの重量があり、力のあるイヴァルでもゼミリアスとエイガストが通り抜けるまで持ち上げ続けた後は、小さく息を吐いた。

エイガストは屋敷の中を窓からそっと覗き見るけれど、暗くて何も見えない。裏口の扉も鍵が掛かっていて侵入出来るとすれば、怪しい人影が通った天窓だろうか。

そう考えていると、カチリと小さく鍵の開く音がした。扉の前で(うずくま)っていたイヴァルが針金を使って開けたらしい。

扉のノブに手をかけてゆっくり引いた瞬間に、魔力の突風が扉を押し開いて破壊する。室内からは激しく争う音が響いた。

イヴァルは即座に上空へ発光弾を飛ばす。


「応援を呼びました。先に行きます」


発光弾に気を取られている内に、イヴァルはエイガストとゼミリアスの間を擦り抜けて屋敷に突入する。慌てて二人も追いかけるが、暗い室内を明かりも無く全速力で走る事は出来ない。すぐにイヴァルの影は見えなくなった。


「こっち」


イヴァルを探すエイガストの手を、ゼミリアスが引く。彼の目にはイヴァルが通った跡が見えると言うので、エイガストは不思議に思いながらも案内してもらった。

椅子が並ぶ大広間の中央に、蓋の開かれた棺から光が漏れている。覗き込めば地下へと続く穴が空いていて梯子が掛かっている。音はその中の少し遠い所から響いている。派手な轟音が続いているにも関わらず屋敷は揺れもしない。屋敷自体に強化魔法がかけられているんだろう。多少の無茶をしても崩壊の心配はなさそうだ。


先にエイガストが梯子を滑り降り、次に降りてくるゼミリアスを背に庇って周囲を見渡す。

地下は広い石造りの空間になっていて、その奥で執事の風貌の男と小さな子供が剣を交え、少し離れて大型の亀の様な魔獣と対峙する薄紅色の髪の女性をイヴァルが庇っていた。


「レイリス!」

「はい!」


呼びかけるより速くエイガストは弓を引き、レイリスが凍らせると同時に矢を放つ。飛矢に気づいたイヴァルは魔獣の噛みつき攻撃を避けて鼻先に飛び乗る。イヴァルを振り落とす事に気を取られて顔を振る魔獣の左目に氷の矢が突き刺さった。


「ジュリアーナ!」

「分かってる!」


魔獣が悲鳴を上げて怯んだ隙に、ジュリアーナは(タクト)を振って魔獣の腹の下で爆発を起こす。浮き上がった魔獣の体はもう少しでひっくり返りそうになるが、まだ耐えている。


「ゼミリアス!」

(うん)!」


浮いた魔獣の足にゼミリアスが魔法の鎖を繋げ、エイガストとイヴァルも加勢して引っ張り、魔獣をひっくり返した。


「核は腹の中。君の(それ)で射って!」


声を聞いてエイガストは確信した。彼女は橋の上で助けてくれた女性だと。エイガストが頷くとジュリアーナと呼ばれた女性は子供の加勢に向かい、イヴァルは彼女を追う。

エイガストは魔獣の正面に回り込み、ゼミリアスの魔力を借りて大きな矢を作る。足と首を器用に使って、亀は反転した体を戻そうと(もが)いている。

体が浮き上がる程の爆発でも傷一つついてない腹甲に、生半可な威力では甲羅を破る事すら出来ない。

視界の端では執事の男を相手に三人が戦っている。魔力は出来るだけ温存しておきたい。


金の針を(やじり)に、狙うは魔獣の口の中。ゼミリアスが紙で作った烏を飛ばし、不規則に動く亀の魔獣の首が正面にくるように仕向ける。ゆっくりと飛ぶ白い烏を、魔獣の右目が追いかける。それが鼻先を過ぎ、口元に近づいた瞬間。

烏を狙って大きく開かれた魔獣の口の中へ、弓から放たれた矢は飲み込まれていく。魔獣は一度だけ大きく痙攣した後、動かなくなった。


ふうと一息吐いた束の間、心臓を鷲掴むような悪寒に襲われる。何が、何処から。狼狽えるエイガストに、ゼミリアスがしがみついて叫ぶ。


「レイリス デュアリエイタ フ シュナ!」


動かなくなった魔獣から急速に膨れ上がる魔力は、硬い甲羅を内側から破壊する。爆風と共に飛散する甲羅の破片は、魔法で強化されている床や天井に突き刺さり、亀裂を走らせる。

ゼミリアスの声にすぐさま反応したレイリスが張り巡らせた防護壁(シールド)によって、破片を防いで体が引き裂かれる事はなかったが、暴風に吹き飛ばされたエイガストの体は強く床に叩きつけられた。咄嗟にエイガストが抱えたゼミリアスに怪我は無く、腕から抜け出すと治癒魔法をかけながらエイガストを助け起こす。


「くッッそ! 逃げられた!」


方々に散った魔獣の欠片が爪痕を残したまま消えていく中、怒号を発しながら立ち上がったのは、執事の男と剣を交えていた子供だった。額から流れる血を拭い、辺りを見回した子供とエイガストは目が合った。

懐かしさを感じる面立ちにどこかで会った事があっただろうかと記憶を辿るが思い出せず、見つめるエイガストに子供は笑みを返してから気絶するジュリアーナの元へ歩いて行った。ジュリアーナを担ぎ上げ、下敷きになって呻いているイヴァルを助け出す。

エイガストもゼミリアスの手を借りて立ち上がると、足元の金の針を拾ってから彼等の元へ集まった。


「さっきは助かった。あんがとな」


イヴァルの隣に寝かせたジュリアーナの外傷の有無を確認しながら、子供はエイガストに礼を言った。


「いえ。それよりさっきの男は?」

「逃げられた。まァ、あいつは屋敷から出られねーから探しゃ出てくる」


その前にジュリアーナを安全な場所に移すと、子供は続けた。彼女を庇ったイヴァルも強く背中を打っており、戦える状態ではない。

潜入する前に呼んでいた応援が到着している頃だろうと予測し、エイガストも二人を移す事に同意する。


「こいつには、無茶させちまったな」


そう言ってジュリアーナに触れようとする子供の手をイヴァルが掴む。痛みに顔を歪ませ脂汗を浮かべながらも、敵か味方かはっきりしない相手から、彼女を守ろうとしている。


「なるほど。お前がジュリが愚痴ってた過保護な(にー)ちゃんだな。心配すんな、悪い様にはしねーって」


トントンと子供がイヴァルの額を撫でれば、あっさりと眠ってしまった。睡眠の魔法だとゼミリアスが呟き、エイガストが子供を見れば、悪戯っぽい笑みを返してきた。

それから子供はジュリアーナの袖を捲り、左肘の辺りにある赤い石を露わにさせる。エイガストが何をするのかを尋ねる前に、自分の服を捲り上げる子供の脇腹にも大きな赤い石が埋まっていて、それが女性の石を吸収した事に驚いた。


「街の人たちが言っていた石を取り除いてくれる女性は、彼女だったんですね」

「そ。魔人がばら撒いた魔獣の種、っていえば良いか。こいつは大きくなる為に魔力の強い方が吸収する性質がある。魔人(あいつら)はこうやって強い魔獣を作ろうとしてた。ジュリには集めるの手伝って貰ってたってワケだ」


そうやって強くなった三人がこの屋敷を取り仕切り、魔力を蓄えた石を魔人に献上し、失敗して魔獣化した子供を飼い慣らしていたという。その内の二人は既に戦場で死に、残るはさっきまで戦っていたコルトと言う男だけらしい。

子供はそいつの石も吸収するつもりでいるようだが。


「それじゃ、最後に残った君の石はどうやって取り除くつもりなんですか?」


エイガストの質問に子供は片眉を上げる。何か気になる様な内容だったのだろうか。エイガストの心配を他所に、子供は何もなかったように質問に答える。


「そいつはコルトの石を吸収してから考えるつもりだったからなァ。今はまだなーんも決めて無ェけど、まァなんとかなるだろ」


危険な行為をしていると言うのに、随分と楽観的な事だ。溜息を吐くエイガストの隣で、ゼミリアスは警戒心が全く無いエイガストの態度に瞬きを繰り返す。


「エイガスト、知り合い?」

「え、あ、いや。初対面だけど……」

「あ? お前それマジで言ってんの?」

「えっと、その、何となく見覚えはあるんですが。いつ何処で会ったのか、名前も思い出せないので他人の空似かな、と……」

「……それでさっきからヨソヨソしいのか……」


尻すぼみしていくエイガストの言い訳に、子供は明らかに落胆してみせるが、直ぐに立ち直りゴホンと態とらしい咳をして注目させる。


「俺はアイゼルト。お前の(ねー)ちゃんだ」

「んん?」

「まァ、あん時はお前もガキだったし、見たところ十年くらい経ってるみたいだし、覚えてなくても仕方ねーよな。んでも俺はすぐにお前だって判ったぞ」

「待ってください。アイゼルトさん、どう見ても俺より年下ですよね」

「うん、まァ、これもややこしい理由があってな。ゆっくり話がしたいのは山々なんだが、とりあえずコルトを倒した後でも良いか?」

「わかりました。協力します」

「ボクも一緒に戦う」

「あんがとよ」


相変わらず昔の記憶は思い出せないし、話の真偽はわからない。

本当の家族が現れたらどうなるのだろうと、エイガストはずっと危惧していた。それなのに、いざ姉だと言うアイゼルトに会っても拒絶する様な感覚はなく、湧き起こったのは喜びだった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。


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