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川に放り出され落ちると思った時、腕に絡みついた魔法の鎖が乱暴にエイガストの体を引き上げた。

魔力の消耗で疲弊するエイガストに声をかける女性の声。彼女が屈んで何かを握らせた時に見えたのは薄紅色の長い髪。

去っていく足音と近づいてくる高下駄の足音。

ゼミリアスに魔力を分けて貰って、ようやく起き上がれる程に回復したエイガストは握らされた手の中の品を見る。なんの変哲もない模様の入った赤いリボン。彼女が口にした将軍やアレックに見せれば、何か伝わるのだろうか。

疲弊した体に鞭打って立ち上がりポケットにリボンを押し込んで、二人は凍ったままの川を後にする。


街の宿屋は営業しておらず、いかにも怪しい集団が二人に宿屋の斡旋してきたが、断る折に軍の腕章を見せれば引き下がる。

リブストを頼って配給場所に向かうと、丁度二回目の配給が終わったところだった。勝手に名を使い禁止区域に入った二人は合流したリブストから小言を貰い、積荷の無くなった戦馬車で休憩をさせて貰った。


「あの、パーラスフォード様の状況を聞いても良いですか?」


エイガストは右耳の魔晶石に触れながら、同じ馬車内で休憩をする他の兵士に尋ねる。どの兵士も首を横に振るだけで答えてはくれない。本当に知らないのか、部外者だから教えないのかは分からない。エイガストの質問にはレイリスが答えた。


「少し前から魔人と交戦しています。ギヴ様が味方につき、拮抗した状態です」


話を聞いてエイガストの表情が曇ったせいか、隣のゼミリアスが心配そうに顔を覗き込んでいる。


「大丈夫だよ。ありがとう」

「ん」


気遣うゼミリアスの頭を軽く撫でてエイガストは礼を言った。

パールの応援に行きたいのは山々だが、偽の(あか)い石を処理できるのは金の針を持つ自分しかいない。今は自分に託された役割をこなす事に集中しよう。

馬車の中で軽く腹を満たして体力と魔力を回復させた二人は、リブストに偽の(あか)い石について尋ねる。リブストも医療院の魔療使(ヒーラー)や医師から話を聞いたらしく、これから軍医を連れて医療院を回ると言うので同行させて貰う事にした。


リブストを介して施設の医師に話を通してもらい、石の出来物がある患者を一人一人処置していく。その間に不思議な話を聞いた。エイガストと同じ様に石を取り除ける女性がいるのだという。

特徴を聞けば薄紅色の長い髪らしい。エイガストが橋の上で見た人物も薄紅色の長い髪だった。同一人物だろうか。


「あ」


複数の医院を回り終えた帰り道。唐突に声を上げたエイガストにリブストが如何を問う。

エイガストはポケットから赤いリボンを掴み出す。


「これ。鰐獣(カバ)の魔獣を討伐した時に渡されたんです。将軍とアレックさんによろしく、と」

「エイガスト、ここ、何か書いてる?」

「あ、これ模様じゃなくて文字?」

「私にも見せて貰えますか?」


リボンに記された文字に目を通したリブストは徐々に表情が険しくなる。

不穏な事でも書いていたのだろうか。エイガストとゼミリアスが不安がっていると、リブストはリボンを預かりたいと言った。

エイガストが首を縦に振るとそのまま部隊を離れて走って行ってしまった。

軍の拠点に到着し、翌日に訪問する診療所に支給する薬の調剤を軍医たちに混じってエイガストが手伝っていると、戻ってきたリブストから呼び出しがあった。


「エイガストさんとゼミリアスさんですね、お初にお目にかかります。私はウォルカ・ハークロイム、階級は将軍です。パーラスフォード将軍から貴殿等の話は伺っております」

「ご丁寧にありがとうございます」


軽く挨拶を交わした後、ウォルカから改めてリボンを手に入れた経緯を尋ねられたので、エイガストは素直に答えた。

リボンに書かれていた内容は軍で使用する専用言語で、数日前から連絡の途絶えていた仲間からの伝言で、魔人が拠点にしていた屋敷の場所が記されていた。

屋敷の調査が済み次第向かうと言うウォルカから同行を求められ、エイガストとゼミリアスは迷う事なく頷いた。






あれは偶然の出来事だった。

嫉妬に狂ってしまった女に血を分け与えて復讐劇でも始まれば少しは退屈が凌げると思った。

結局女は愛する者の手で死ぬ事になるのだが、落ちた首の切り口から瘴気が溢れて魔獣へと変貌した。

その光景に快感を覚えたランは、強い怨みや欲を持つものを見つけては血を与え、無様な最期を遂げた後に魔獣へと変えていく事を繰り返す。

そんな時に魔獣退治を生業にする戦士と出会った。人でありながらランに匹敵する程の魔力を保有する彼を、ランは欲しいと思った。彼ならば強い魔獣に、(いや)、魔人として生まれ変わるかも知れないと。

ランは彼の妻を殺し子供を奪って人質とし、無力化した彼の体を手に入れた。

破滅と混乱が得意なランがそれはそれは大切に整えた街で、少しずつ魔力を蓄えてより強い(あか)い石が出来上がると思った矢先、街の平和は崩壊した。

川に毒が流れ、魔獣になる程に育っていない石の保有者が次々と死んでいった。人間は人間を優先する。ランの力を削ぐために人間に害をなす事ができるのは、ランには一人しか思いつかない。


「どう? 私の牧場を壊した気分は?」

「何の事でしょう?」

「しらばっくれるんじゃないわよ! 川に毒を流して滅茶苦茶にした癖に!」

「それは誤解です。ですがこの程度で崩壊する様な牧場でしたら、遅かれ早かれこうなる運命だったのでは?」


人質によって行動を制し、平和を築いて彼への魔力供給を断ち、ギヴへの対策を必死に行ってきた努力は簡単に崩れた。

今でも人質はランの部下となり一番強いコルトによって監視させていると言うのに、まるでギヴの行動は目覚めた人質ならばコルトくらい倒せると思っている様で。そこがまたランを憤らせた。


「あと少しだったのに! ここまで育て上げるのにどれほど苦労したか!!」

「魔獣は生み出すものではなく、生まれるものです。私は最初からそう言っていたでしょう?」

(うるさ)い! 人に成り下がった分際で!!」


大地を切り裂く風。

空を焼く炎。

鋼鉄すら砕く氷。

二人の魔人が魔法を放つたび、地形が変わっていく。


「あなたも随分と溶け込んでいましたよ。目的のためとは言え多くの孤児を引き取って養育するなど、私にはとてもとても」

「馬鹿にしてんじゃないわよ!!」


嗤笑(ししょう)するギヴの明らかな挑発に、ランは強力な魔法を何度も放つ。殺せないとわかっていても、殺してやらないと気がすまない程の怒りが彼女の(こころ)を占めていた。


対立する二人の魔人による非常識な攻防戦による余波で、傷を負う者は一人や二人ではない。逃げ遅れた周囲の兵士を巻き込みながら長時間に及ぶ戦闘により、スフィンウェル軍は退避を余儀なくされていた。

陽が傾き始めた戦場の上空は瘴気で薄暗く、生温い風は大地を赤黒く染める血の臭いを運ぶ。


「負傷兵の撤退完了しました」

「ご苦労様。私たちの出番まで暫く時間が掛かります、今のうちに休んで下さい」

「はっ」


安全圏まで避難したパールは魔人の戦いから目を逸らさず指示を出す。戦意を失った者は負傷兵と共に帰還する。それなりの実力と強い意志を持つ者だけが戦場に残った。

ギヴがアレックに提示した案は、対立する魔人ランの力を人が戦える程に削ぐ事。状況が変わり立場が逆転した今では、ギヴの方が有利なのだとアレックは本人から聞かされたと言う。

圧倒的な戦闘を見せつけられて、パールは改めて魔人の恐ろしさを感じると同時に悔しさが込み上げる。

ギヴは一度も本気でパールを相手にしていなかった。


「だから、俺たちが居すんッスよ」


パールの隣にアレックが並ぶ。前には出ない。それをパールが望まない事はアレックが一番よく知っている。

パールは一度深く息を吐く。握り込んだ拳の爪跡が、自分の緊張具合を物語る。


「頼りにしてるわ」


隣を見上げれば不敵に笑うアレックの表情。その頼もしさにパールにも余裕が生まれる。

この戦い。負けるわけにはいかない。



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