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062


街へ到着した小隊が見た物は、酷い有様だった。

川の毒よって街の医療院は何処も入り切らず、大通りや広場に溢れている。汚れた街を清掃する余裕もなく、不衛生な環境が更に患者を生む。既に治療する人々も疲弊しきっており、治療薬も無い今は水を飲んで毒を排泄する他にないというのに、物資を積んだ荷馬車は相次いで魔獣に襲われた為、街に残る僅かな飲料を求めて略奪が始まっていた。

長年にわたる平和によって削減された防衛費によって、街が抱える兵士や民兵の数も質も下がり、暴徒と化した民衆を抑える事も儘ならない。


「エイガスト殿、こちらをイズィケット研究所に持って行ってくれませんか?」


街の中心に行く前に、小さな木箱を二つと書類が入っているだろう封筒をエイガストに渡しながらリブストが言った。


「イズィケット……って事は薬品ですか。中身を聞いても?」

「枯渇病の治療で使う針と輸液に使う材料。それから魔力補給剤(ウィスポーション)。今回の毒に関する資料が封筒(こちら)です」

「……魔力が流出する程の毒性ですか」

「はい。私たちは先に街を鎮圧し、食糧と薬の配給準備を進めます」

「わかりました。必ずお届けします」


街の鎮圧化にエイガストが巻き込まれないよう、リブストが気を利かせてくれたのだろう。エイガストは木箱の中身が割れない様に緩衝材代わりの布でしっかりと包み、鞄にしまいこむ。

リブストの小隊と別れたエイガストとゼミリアスは、街外れにある農家にウエルテを預ける事にした。その際、硬貨と数日分の乾草と共に魔法で出した水を(かめ)いっぱいにすれば、街の状況を知ってる農家は快く引き受けてくれた。


街の郊外の更に外。薬を扱うため街から遠い位置に建てられたイズィケット研究所。建物の側には薬草を栽培する為の大きな温室も併設されていて、敷地の広さだけで言えば金持ちの豪邸より広い。

だが現在はその敷地を埋め尽くしてしまう程に、医院にかかれず治療を受けられない人々が薬を求めて集まって来ている。


エイガストとゼミリアスは念の為に口と鼻を布で覆い、リブストに貸し渡された軍の衛生腕章を着け、座り込む人々の間を通り抜ける。


「おい手前! 抜け駆けか!?」

「研究所に必要な物資を届けにきました。通して下さい!」

「それを寄越せ!」


道を塞いでエイガストの鞄を奪おうと伸びてきた男の右手を右前に半歩移動して避け、左手で男の右腕を右手で男の襟首を掴んで体の向きを反転。


「っふ」


短く息を吐くと同時に、全身をバネに男を背負い投げる。

何が起こったのかわからないと言った様子の男は、仰向けのまま瞬きを繰り返して放心している。


「すみません。急いでますので!」


駆け出すエイガストと、それを追いかけるゼミリアス。前方で座り込んでいた人は左右に分かれて二人が通る道を作る。

研究所の入り口を警備する兵士に腕章を見せて研究所に入ったエイガストは、入り口を閉めたところで盛大な溜息を吐く。


「びっっ……くりしたァ……」

「エイガストすごい! パールみたいだった!」

「ははは……練習した甲斐があったよ」


痣や擦り傷を作りながら何度も繰り返した練習は無駄ではなかったと実感するものの、一般の人に手を上げてしまった事の罪悪感が少し残る。

再び顔を合わせた時に謝罪をする機会があれば良いのだが。そう思いながらエイガストはゼミリアスと共に研究員が待つ作業場へ急いだ。

材料を渡すと量産の準備を終えていた研究員はすぐさま作業に取り掛かる。翌日には街の住民に投薬を始める事ができるそうだ。


「エイガスト。下痢止めの薬を使わないのは、どうして?」

「毒が体に入ったままだと体が腐ってしまうから、それは吐き出さなきゃいけない。だから安易に止めるのは逆効果なんだ」


かと言って何もしなければ、自ら排出する水分と魔力の急激な枯渇によって命を落とす。

現行取られている治療方は、経口や注射で水分を摂取し毒を排出し終わるまで耐える事だけ。


「何かお手伝い、できたら良いのに」

「こればっかりはね。俺たちは俺たちにできる事をしよう」

(うん)


研究所の調剤方法は、エイガストの知る薬草学とは違った知識が必要なため、エイガストの出る幕はない。注射に至っても、血管という場所に刺す腕前が必要で、エイガストにはその技術もない。せめて邪魔をしないようにと早々に研究所を出ることにする。

表の出入り口は先ほどの人たちで埋まっており、下手な注目を浴びないように裏口から外へ。人目を避けて薬草を栽培する温室の間を縫って街へ向かっていたその時、エイガストの耳に微かな悲鳴が聞こえた気がして足を止める。

ゼミリアスにも聞こえたらしく、目を合わせたエイガストを抱えて魔法で跳躍し、温室の屋根に登る。悲鳴の出処を探して周囲を見渡すエイガストに、レイリスが方向を指し示す。


「あちらに!」

「先に行く!」

「すぐに追いつく!」


エイガストが見定めた方向へ、ゼミリアスは風に乗って屋根から屋根に飛び移って一直線に向かい、エイガストも温室の屋根を滑り降りると鞄から出した弓籠手を装着しながら走る。

近づくほどに悲鳴の数は増え、逃げる人々とすれ違う。人波を掻き分けてなんとか進むも、今度は軍の阻塞(バリケード)が行く手を遮る。


「ここから先の立ち入りは禁止されている」

「関係者です! リブスト少尉に確認して下さい!」


エイガストを止めようとする兵士を(かわ)し、阻塞(バリケード)の壁を張る支柱の片方に触れる。レイリスの力で強い青の魔法を流し込み、その機能を停止させて道を塞ぐ壁を解く。

魔力の反発により強い痛みを感じるが、先に向かったゼミリアスに追いつく為、兵士に捕まる訳にはいかない。エイガストは手の痺れを無視して立ち入り禁止区域に入った。


阻塞(バリケード)を抜けて(しばら)くは追いかけて来ていた兵士も、制止を放棄したのか途中で引き返して行った。

破裂音や水飛沫の音。ゼミリアスが魔獣の気を引いている間に川沿いを走り橋へと向かう。エイガストの矢を魔獣が避けた場合、その先にある街に被害が及ぶ。橋の真ん中から川に沿って青い矢で撃てば、水は凍り被害も橋だけで済むはずだと。


エイガスト橋の中央に立ち、魔獣の背後を見据える。以前国都で討伐した魔獣と同じくらいの大きさがあるため、矢の威力もその時と同じくらい必要だと考える。

橋の幅を目測する。広くはないが柵がある。後ろに弾かれても川に落ちる事はないだろう。


「レイリスさん。お願いします」

「はい」


弓を構えて魔力の矢を番える。体内の魔力が急速に弓へと流れ、エイガストを冷たい風が包み込む。

魔力が込められる程に大きくなる白い矢は鮮やかな青へと変色し、流れる汗が落ちる前に凍りついて肌に張り付く。


「撃てます」


静かなレイリスの言葉を合図に、エイガストは矢を放つ。

川の水を縦に裂いて魔獣に向かう青い矢。反動でエイガストは後ろに弾かれ、背を柵にぶつけて止まるはずだった。

勢いを殺しきれなかった体は柵を乗り上げ、エイガストの視界は青い空と手を伸ばすレイリスの姿。

落ちる。

咄嗟に腕を伸ばすエイガストの手が、レイリスの手を掴む事はなかった。


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