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061


戦場を抜けてしばらく進んだ川辺で、エイガストを含めた小隊は一度休憩を取る。

鍛えられた軍馬とは言え全力疾走させた後では体力が保たず、しっかり休ませなければ潰れてしまう。目的の街までは、どんなに急いでも一日はかかるのだから。

川の水を汲んで試薬と混ぜて安全を確かめる。近隣で発生している枯渇病などの毒が無い事を確認してから、人も馬も喉を潤した。


兵士たちに守られながら眠っていた夜中、複数の馬の足音でエイガストは目を覚ます。

天幕を少し捲って外を確認すれば、パールの姿が見えた。無事に魔獣を操る男を倒せたのだろうと安堵する。エイガストの視線に気づいたパールは小さく手を振り「後でね」と唇だけで伝え、階級の高い兵士たちと共に中央の天幕へ行ってしまった。

これから作戦会議ならまだまだ時間がかかるだろうと、もう一眠りして待つ事にし、エイガストは再び横になる。ゼミリアスが小さく身動(みじろ)いで薄目を開けたが、背中を優しく撫でてやればまたすぐに寝息を立て始める。

肌寒い秋の夜風を頬に感じつつ、ゼミリアスに身を寄せてエイガストも眠りに落ちた。


夜明け間近にパールに呼び出され、エイガストとゼミリアスは顔だけ洗って中央の天幕に急ぐ。出入り口でリブスト少尉とナーガス少佐とすれ違い、会釈で挨拶を済ませて中に入ると、赤い軍服に身を包んだパールが待っていた。


「おはよう。眠れた?」

「おはようございます。ぐっすりとはいきませんが、多少は」

「パールは、寝た?」

「ええ」


手短に挨拶を済ませたパールは二人を簡素な椅子に着席させると、帽子を脱いで深々と頭を下げた。


「最初に謝らなければならない事があります。今現在、魔人ギヴと協力関係にあり、アレックと共に東の街に潜入しています」


一瞬、パールの言った事が分からず呆けた顔をするエイガストだったが、ゼミリアスがエイガストの手を強く握った事で正気に戻る。


「どう言う事ですか」

「街に潜む魔人を討伐する手助けをするから、人質を取り返す手助けをしろと、アレックに取引を持ちかけたそうよ」

「それを請けたと」

「魔人を二人も相手に住民を護りながら戦うのは、現状では恐らく無理でしょう。だったら、一時的にでも味方につける方が安全だと踏んだの。特にゼミリアスには、本当に、申し訳ないのだけど……」

「……」


パールと目を合わせずに暫く沈黙していたゼミリアスだが、嫌だと言ったところで何も変わる訳でもなく、最終的には頷くしかなかった。

ゼミリアスが理解を示したところで、パールは簡素なテーブルの上に何本もの武器を置いた。


「これに、カルトイネスに使った毒を付与して貰えないかしら?」

「え……」

「魔人に有効な手段は、出来るだけ用意しておきたいの」


毒と聞いてエイガストの顔が強張る。魔人の回復力を利用したもので、人間の回復力程度では即座に害を及ぼすような事はない。それでも毒である事は変わらない。

何故自分に頼むのかとエイガストが問えば、軍の法使(メイジ)では()の魔法を使える者はおらず、魔人に対する毒を作れるのも今はエイガストしかいないとパールは答えた。


「……条件を付けても良いですか?」

「何かしら?」

「付与する数は制限させて下さい。それから、魔人の討伐が終わったら解除します」

「勿論。それで構わないわ」


エイガストはレイリスに協力してもらい、パールの選んだ武器に毒を付与していく。落ち込んでいるゼミリアスの協力は得られなかったので、結局二つしか出来なかったが。

パールは付与し終えた武器に印となる紐を結び、刃の部分を厳重に革袋で包んだ。その後、胸元に刺してあった金の針をエイガストに返す。


「街の反対側でも魔獣を操る男が暴れて通行を妨げてるの。私はそっちの応援に行くから、これはあなたに返しておくわね」

「でもパールさんも必要になりませんか?」

「報告では、例の魔人は街の住民にも赤い石を埋め込んでいるらしいの。一人でも多く、救ってあげて」

「……はい」


程なくしてパールはナーガス少佐の率いる中隊と共に東へと駆けて行った。

天幕ではエイガストも出発にあたって備蓄物の確認をするが、その前に酷く落ち込んでしまったゼミリアスと向き合う。あの後から一言も喋らず、ずっと耐える様に唇を引き結んでいる。


「ゼミリアス……」


エイガストが目線を合わせて優しく声をかけると、ゼミリアスは強く抱きついた。堪えきれなくなった嗚咽に、小さく肩を震わせる。

多くの同胞を殺され、何度も死ぬ思いに遭わされ、家族を滅茶苦茶にされて。絶対に許せない相手と協力しなくてはならない。頭ではわかっていても、心が納得してくれない。


「エグ…リギェ……」


悔しい。憎い相手の手を借りなければはならない事が。

悔しい。その手を振り払えない自分の弱さが。


無理を強いてる側のエイガストにかけられる言葉などなく、ただ時間の許す限りゼミリアスを抱き続けていた。






街の北側の丘を抜け、大きな川に架かる橋を越えた先の平野。

戦場の中心には執事の様な風貌をした男が一人、魔獣を繰り出しては荷を積んだ戦馬車を狙う。数こそ少ないものの一体一体が大型以上の巨体を持ち、尚且つ表面に(あか)い石が確認できないため討伐に時間がかかり、スフィンウェル軍の力を持ってしても苦戦していた。


「ったく、情けねェ」


悪態一つ吐きながら空から戦場へと舞い降りたアレックは、今にも兵士を食い殺そうと口を開いた魔獣の首を、携えた槍の一振りで斬り落とした。裂けた斬り口に一瞬だけ露わになった石を見逃さず、アレックの一閃は大型の魔獣を仕留める。


「ボサっとすんな!」


アレックの喝に呆気に取られていた兵士は、すぐさま剣を手にとって別の魔獣討伐の応援に回る。平和が続いた結果、図体(なり)がでかいだけで威力が伴っていない魔獣を相手に、苦戦を強いられてしまうような腑抜けしか残っていない街の兵士たちに苛立つ。

アレックはその八つ当たり先を執事服の男に定める。魔獣をいくら倒しても、元を絶たなければ状況は変わらない。

身体を強化した踏み込みは突風の如く、男はアレックの速度に反応できず、槍の柄に殴打された右腕が歪に曲がる。


「ぎゃあああ!!」


汚い悲鳴をあげて折れた腕を押さえる男に、アレックは更に両脚を薙いで畳み掛ける。

血溜まりの中で(うずくま)る男の首に刃を当てて脅す。


「手前ェにその力を与えた奴はどこだ?」

「し……知らなッッあああ!!」


アレックの槍が男の脇腹を突き刺す。男の脚の傷からは流血が治まっている事に気づいており、この程度では死なないと分かっている。痛みを感じるなら詰問には丁度良い。

魔花を退治した後、魔人が出入りしているとギヴが言う屋敷へと向かった。しかし室内に人影はなく、生活感だけを残して忽然と全員が居なくなっていた。

次にジュリアーナが拠点にしていたアパートに行き彼女の残した情報から、足元で転がる男が屋敷に関わる重要人の一人であり、偽の(あか)い石によって魔獣と化した孤児等を連れ去ったと知る。


「手前ェが最近まで会ってた事はわかってんだ。死にたくなかったら吐け」

「ひ、ひひッ」


アレックの言葉に男は嘲笑う。できるわけがない、そう侮蔑を込めた視線はアレックの感情を逆撫でする。


「まだ殺さないで下さいね。その方には()の方を呼び出して頂くのですから」

「ッチ」


アレックは男を蹴り飛ばして槍を抜く。退いたアレックと入れ替わりに左手のガントレットに爪を生やしたギヴが、(うめ)いて(うずくま)る男の背中を引き裂いて服を剥ぎ取る。

痛みにのたうつ男の背を足で押さえつけ、握り込んだ右手の平から一雫の血を落とす。晒された男の左肩に煌めく(あか)色の石にギヴの血が触れた瞬間、男は血の涙を流して絶叫を上げた。


「おや」


足元の悲鳴を心地よく聞いていたギヴは、右手首に施された非加虐の刻印が消えていない事に気づく。

アレックは刻印の対象を"人"だと定めた。この刻印の少し厄介なところは、アレックが"人として認識しているもの"が範囲となるため、思わぬものが対象となる場合もあった。

ギヴはランを呼び出す今回の行為で刻印が消え、同盟解消となると思っていた。解消となったところで、目の前に呼び出したランを彼等は放置しないだろう。その間に自身はアイゼルトの元へ行き、保護するつもりでいたのだが。


「お可哀想に」


瀕死に至る苦しみに(こく)し、その感情をギヴが喰らい、そんな魔人に救いを求める。人として否定された男の姿に揺さぶられた思い。

これが憐れみと言うものなのだと知った。


戦場に響く男の絶叫に、少しずつ女の声が重なる。それは怒りか怨みか憎しみか。

男の背中を突き破り、細い両腕が生える。次に頭、体、脚と、両のこめかみから角を生やす血まみれの女が、凄まじい形相で這い上がる。

男が生み出した魔獣を討伐し終えた多くの兵士たちは、その光景に怯み圧倒する魔力の差に任務を放棄して逃げ出した。

腑抜けた兵士はいない方が動きやすいと考えるアレックは逃走兵を止めはしなかったが、流石に残った人数では戦力が足りない。

そう歯噛みしていた時、遠方からの援軍を目にして笑みを浮かべる。


勝利を呼ぶ恋人がそこにいた。


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