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【第一部完結】青の射撃手≪トクソフィライト≫  作者: (2*8)⁴
一章 青の乙女と紅の将軍
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007

不意に馬車が停止した。

エイガストを含め、馬車に乗り合わせた者たちが疑問を抱き、顔を見合わせる。馭者の一人が様子を聞きに馬車を降りた。

窓の外を見れば、別の馬車に乗っていたであろう人たちが、発車を待ちながら話し込んでいる。


「この先で魔獣が出たそうだ。国軍が応戦してる」


戻ってきた馭者が開口一番そう言った。

この渋滞は軍が封鎖している為に起きたもので、動き出すまでに時間がかかるらしい。エイガストは、再出発するまで狭い馬車から降りて外で待つ事にする。

遠くで聞こえる獣の咆哮、空気の震えと鬨の声。少し離れた場所の高台から、戦場を見下ろす事が出来る様で、多くの人がそちらに集まっていた。


「戦況はどんな感じですか?」

「今のところ大きな動きは無いな」


前の方で見ていた人にエイガストは声をかけた。

声を掛けられた男性は、戦場を覗き込むエイガストにも見える様、少し場所を空けた。


「でっかい魔獣だよな。今までの大型の中で一番でかいんじゃないか?」

「魔装兵士と法使(メイジ)ばっかりだな」

「普通の武器じゃ刃が通らないんだろ」

「あの最前線で戦ってる奴、例の将軍らしいぞ」

「遠すぎて全然見えねェ……」


同じように戦場を見ている人たちの声が、エイガストの耳に入る。

遠くの戦場を見下ろす。

種粒の様に小さな人影。それが戦っている兵士の大きさならば、輪郭を視認できる魔獣の大きさが把握できる。瘴気を放つ巨大な赤黒い猪を相手に、軍は戦っていた。


スフィンウェル国の中枢、高い壁で覆われた城郭都市。

城壁の上から弓の魔装兵士が矢を放ち、魔獣の接近を阻む。

魔獣を取り囲んだ法使が魔法の鎖を絡めて動きを縛り、魔装具で戦う魔装兵士が攻撃を仕掛けている。

その中で魔獣と正面切って戦う兵士がいる。それが以前、ダンフェが言っていた"単騎で海中の魔獣を倒した"という将軍の事なのだとエイガストは直感した。


「お、旗が上がった」


誰かの声を合図に、城壁に設置されている大砲に視線が向かう。鉄球ではなく魔力を打ち出す大砲で、まだあの一挺しか無いと誰かが言った。

複数の法使(メイジ)が魔力を込めた大砲。その口から閃光が放たれる。遅れて、轟音。


頭部に当たるかと思われた矢先、魔獣は強い力で魔法の鎖を引き千切り狙いが外れる。閃光は魔獣の背中を大きく抉ったが、核を破壊できていないらしく傷は塞がっていく。魔装兵士が追撃を重ねるが、傷の再生速度の方が速い。大砲は次弾の装填を始めている。


「ちょっとマズくないか……?」


誰かの声に胸を押さえたエイガストは、その場から離れる。

魔装具を持っているからと言って、訓練も受けていない自分が何の役に立てるだろう。それでも、なんとかしたいと言う気持ちに歯止めが利かない。

弓籠手を付けながら馬車に座って待っている馭者に、このまま下車する事を伝える。


「兄ちゃんも参戦するんですかい? 腕に自信のありそうな奴等も何人か向かったけど」

「なんだか、居ても立っても居られなくて」

「ふーん。ま、好きにすりゃ良いけど、普通の武器は効かな……」


呆れた様な口調の馭者に、苦笑いを浮かべながら話すエイガスト。籠手の装着を終えて鞄から弓を出すと、馭者の言葉はその弓が魔装具であると気付いてから尻すぼみしていく。


「ありがとうございました。行ってきます」

「おー……若ェなァ……」


戦場に向かうエイガストの背を、馭者は目を細めて見送った。


走りながらエイガストは考える。

自分の全力を出せば、大砲の様な威力の矢が撃てないかと。クルガンを撃った時の様に。


「レイリス」

「はい」


弓に魔力を通してエイガストが声をかければ、レイリスはすぐに返答した。


「見える? 俺はあの大型の魔獣を倒したい。でもきっと、生半可な威力じゃ倒せない。俺の全力で倒せると思う?」


駆ける足を止めずに、エイガストは一息に言う。言葉に気を使う余裕はないらしい。

レイリスは少し考える素振りを見せた後、小さく頷いた。


「エイガスト様の魔力はとても強いものです。恐らく、あの魔獣を貫く矢を撃つことは、できると思います。ですが……」

「いいよ、続けて」


言い淀むレイリスを、エイガストは促した。


「一度に沢山の魔力を使用すると、意識を失う事があります。多くの法使は、そうならない様に訓練をしておりました」

「それだけ? なら、問題ないよ。どうすれば良い?」


沢山の軍人が居る所でなら、気絶しても保護くらいしてくれるだろう。エイガストが笑って見せ、レイリスも心を決める。


(わたくし)がエイガスト様の魔力を弓に込めるのを、お手伝いします。恐らく一度きりです。エイガスト様は弓の狙いだけに集中して下さい」

「わかった。……ありがとう」

「いいえ。激しい魔力の消費で、酷い倦怠感に襲われると思います。お気をつけて」


エイガストの向かう戦場で、二度目の砲撃が走った。





苦戦。

未だ決定打を与えられていないのだから、そうなのだろう。

誇り高き赤い軍服に身を包み、少々息の上がった将軍は魔装具を握り直す。

美しく長い金の髪はくすみ、結っていた三つ編みは乱れている。

四肢に装着された硬質装具。近接戦闘に特化した、格闘用の魔装具が将軍の武器だった。

魔獣の各所を探り、一番怯んだ箇所は顔面。核は頭部の奥にあるのだと将軍は確信していた。


大砲の一撃で魔獣の頭を吹き飛ばす筈だった。拘束魔法を振り切る激しい力と、刃を通さない表皮の硬さ、想定以上の強さを持った魔獣。この苦戦は己の判断ミスが招いた物だと、将軍は唇を噛む。


一度目は魔獣が鎖を引き千切って逃れてしまった。ならば己が力尽くでその場に留めてやれば良い。

次は当てる。


二度目の砲撃は魔獣の顔面の半分を削った。核が傷ついたらしく、衰弱しつつあるが致命傷に至っていない。

次こそ終わらせる。


三度目の装填を、将軍は魔獣の正面で待っていた。


「申し上げます。一般市民から援護の希望者が来ております」

「この魔獣相手には足手纏いです。退がらせなさい」

「その者は弓の魔装具を所持。大砲に准じる威力を出せるとの事」


大砲には複数の法使を必要とする。それと同等の威力を出すと豪語する者とは、どんな詐欺師だろうか。魔獣の牙を跳躍でかわしながら、将軍は視線のみで窺った。

優男。それが将軍の第一印象。しかし、彼の紫色の目は将軍を、否、将軍越しに魔獣を見据えていた。魔獣の眉間へ拳を落とし、地に叩き伏す。


大砲の装填はまだ終わっていない。


「良いでしょう。砲兵官の指示に従わせなさい。責任は私がとります」

「了解」


将軍が気になったのは弓。

エイガストの弓の魔装具は、将軍の見た事のない型をしていた。

この国で製造された魔装具は、国に検品されてから市場に回る。将軍の記憶にないと言う事は、相当古い代物か、他国で製造された物か、或いは違法改造された物。

使用者の年齢から年代物では無さそうだ。候補は残り二つ。

通常の魔装具の耐久は、大砲並の威力に耐えられる様に作られていない。それは外国製の魔装具も含まれている。

壊れるならばそれで良い。個人が持つには強すぎる力だと将軍は思った。




砲兵官と呼ばれる大砲専門の指揮官の指示の下、大砲の隣にエイガストは立つ。

魔法の鎖で巨大な魔獣を拘束する法使と、正面の将軍と、援護する魔装兵士が一望できる。


「射撃の用意が出来たら私へ報告を。将軍へ合図します。将軍は魔獣を押さえ付ける為、側を離れませんが、旗が降りたら撃って下さい」

「……巻き込まれませんか?」

「我等を見縊みくびらないで下さい」

「あ……すみません……」


決して大きくはない砲兵官の声だったが、エイガストを萎縮させるには十分な威圧だった。余計な心配だったらしい。

鞄を下ろし、深呼吸を一回。弓を構えて魔獣に狙いを定め、魔力を通す。


「レイリス。お願い」

「お任せ下さい」


ずん、と急激に体が重くなる。エイガストの全身から、魔力が弓へ急速に奪われていく。

奪われる早さに比例して、エイガストの周囲の温度が急速に冷え、呼吸する息が白く染まる。

集中していなければ倒れそうになる足を踏ん張る。滲む汗が額を滑り落ちる間に凍りつく。


レイリスから完了の合図。番える魔力の矢は肥大し、レイリスの力も合わさって、巨大な青い氷の槍と化していた。


「撃てます」


エイガストの言葉を合図に、砲兵官が旗を上げる。

魔獣を踏みつけながら、将軍が合図を返す。

砲兵官が旗を倒す。

エイガストが矢を射る。


魔獣へ向かう、(あお)の軌跡。


反動で後ろに飛んだエイガストを、近くの兵士が抱き起こす。肩で息をし、脱力しながらも握った弓は離さず、視線は魔獣を見続けている。


「お逝きなさい」


迫りくる青い氷槍を背に、将軍は魔獣の鼻頭を踏み台に跳ぶ。

魔獣の眉間から背中へ、青い氷槍が貫通し、そのまま凍りつく。避け遅れた将軍の髪先が少し、凍って砕けた。

体を捻り、落下の勢いのまま炎を纏わせた拳を、露わになった大きく亀裂ひびの入った核へ。

氷ごと撃砕。

魔獣の体は砕け、風に溶けて霧散した。



怪我人の救護と撤退作業。

国都へ討伐完了と避難解除の通達。

土木班の街道整備が終了次第、馬車の往来を誘導。

今回の戦闘に於ける反省と対策についての調整。

諸々の指示を終えた将軍は、弓を握ったまま離さず眠ってしまったエイガストの元へ。


「魔力の枯渇ね。寝かせてあげましょう。彼は今回の功労者です、丁重に扱いなさい」



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