閑話 特訓
村の林を抜けて、釣り場である川に至る手前に広がった平地。早朝の畑仕事を終えたエイガストは、パールと近接戦闘の訓練を行っていた。
「右」
「はい!」
「左」
「はい!」
パールが木の枝を剣の代わりにエイガストに向かって振る。
それをエイガストは盾代わりにした魔装具の弓で受ける。実戦でも踏み込まれた時に咄嗟に使うのは、腰のナイフより弓だからだ。
人や獣が動く時には、何かしらの予備動作が発生する。剣を振る為には引く動作を、前に出るには踏み込む動作を。
エイガストが攻撃の速さに慣れてきた頃合いを見て、パールはまた少しだけ速度を上げる。
「次からは虚技を入れていくわ。手足の動き、しっかり見ていて」
「わかりました」
初めはゆっくりと足の運びと武器の流れを確認しつつ、少しずつ速度を上げて感覚を掴む。パールが打ち込みながら見るべき瞬間や場所の助言を行い、何度も繰り返してエイガストの体に覚えさせる。
「前より良い動きになってるわ。練習した?」
「ウェイブさんに手伝って貰いました。来年弓兵として軍に入るんですよ」
「あら、後で紹介してくれる?」
「勿論です」
会話を挟みながらの訓練も、少しずつ速く重くなるパールの一打にエイガストの余裕は徐々に無くなり、息が上がってまともに受ける事ができなくなった所で休憩にする。
パールの方が動いている筈なのに汗一つかいていないのは、体力と技術の差なのだろう。
レイリスに出してもらった水を頭から浴びてへたばっているエイガストと、暇を持て余したパールが一人稽古をしている所にウェイブが現れた。手にしている小さな包みには軽食が入っている。
空の陽の位置は丁度昼時。エイガストはパールを呼んで、休憩がてら食事に誘った。
エイガストはパールとウェイブの互いを紹介し、パールの階級が将軍だと知ったウェイブはエイガストの訓練に参加したいと申し出る。その意気にパールも快諾し、滞在している間はエイガストと共にウェイブの指導を行った。それのお陰でパールが不在の間でも訓練の質が向上し、エイガストの自己防衛技術が少しだけ上達した。
別の日。
エイガストはゼミリアスと共に魔力操作の訓練をする。
最初は体内の魔力を意識する為に、向かい合って手を繋ぎゼミリアスの助けを借りて魔力を全身に巡らせる。魔法を使うための大切な準備運動。
目には見えない、けれどそこにある力。肌がピリピリする感覚が大事だとゼミリアスは言う。
魔力の使い方は人によって様々だが、大きく分類して三種類がある。集めて固定するものと、放出するものと、操作して変化させるもの。これは以前にアレックから説明されたので、エイガストもなんとなく分かっている。
ゼミリアスの見立てではエイガストは手のひらに魔力を集中させ、触れたものに魔法を発動させる方法が合っていると言う。以前グ実に魔力を乗せて魔法で加速させて投げる魔法訓練を行った事をゼミリアスに話すと、エイガストが魔力を意識するには最適だが、打ち返してくるのはアレックの私怨が混ざっている事を再確認しただけだった。
体の一部に思うように魔力を集める事ができるようになると、次は紐をつけた球を指に結んで垂らし、紐に魔力を伝わせて球を操作する。それに慣れてくると紐無しで練習し、最終的には魔力の糸を手足の様に伸ばして、近くの物を操る事ができると言う。ゼミリアスたちエルフェン族は二歳までにこれを自然と習得する。
エイガストが村に滞在中、手のひらに冷水を出す程度には魔法が使える様になっていたが消耗が激しく、手から離れた物を操るのはまだ遠い先になりそうだ。
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