閑話 憧れの人
夕飯を終えて眠るまでの間に、その日に使った道具の整備をする。これを怠ってしまうと、どんなに良い代物であっても長く保つ事はできない。
エイガストは新しく皮を張り直したナイフの握り部分を掴んでは放しを繰り返して、職人の腕に感心する。
「エイガスト、またやってる」
「だってすごいんだよ。俺の手に馴染む様に手癖に合わせて革の張り合わせを変えてて、張り替える前の革の状態を見たとしても、ここまでできる職人はそうそう居ないよ。良い職人さんを見つけてくれてありがとう」
交換してから数日が経過し、その間に何度も使用したと言うのに、早口で語るエイガストの興奮は未だに冷めやらない。
整備を終えて、今度は整備に使用した道具を水洗いする。通常なら井戸まで行くか、汲んだ水を部屋の水桶まで運ぶかしなければならないが、魔法で水が出せる様になってからはその必要がないため、手間が省けて随分と楽をしている。
「ゼミリアス、これ、どうしたの?」
「ナイフの革を、買った露店で、貰った」
絞って部屋に吊るしていた、エイガストの見知らぬハンカチーフ。隅に施された有翼獅子の刺繍は、鷲獅子で銘打たれるカランソンの別名義。羽根の枚数は二つ。
ゼミリアスが会った人はカランソンを隠退した二代目のドルージェフ。
使い古された握りの跡だけで手癖を見極めた革の巻き方も、短剣の研ぎの旨さも納得できる。
「俺も会いたかったなァ……」
エイガストがゼミリアスに語ったカランソンの熱弁を、そのままゼミリアスが本人に語った事はまだ知らない。
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