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国都の東側で魔獣が発生した。


東の街で毒水による枯渇病が蔓延し、安全な飲食物や薬が急騰。人々は治療院に殺到し、我先にと数少ない物資を奪い合った。

ここ数年魔獣に襲われる事もなく、犯罪のない安全な街とされ、治安維持の予算は削減、縮小されてしまった街の兵士や民兵の人員では、混乱した人々を鎮めるには力不足だった。

逸早く動いたのは商隊。

彼等は収穫の際に出てしまう二等品以下の食材と薬を積んで東の街に向かった。その道中で魔獣と遭遇。後追いする形で支援物資を積んだ軍に救護された。


その後まもなく鎮圧されたと報じられたが、東門の扉は閉ざされたまま数日が経過。足止められた商隊や傭兵等は日に日に増え、収穫祭と相まって国都はいつもより混雑していた。

合流する予定だったパールも出動したまま戻ってきておらず、エイガストはレイリスに外の様子を確認する様に頼んだ。


「複数の魔獣を操る男、ですか」

「はい。倒してもまた次の魔獣を呼び出していて、きりがない様子です」

「魔人……なのかな?」


ゼミリアスが小声で不安をこぼし、エイガストの手を強く握った。

そんなゼミリアスの髪を撫でながら慰めて、エイガストは金の針を確認する。昼という時間帯もあるだろうが、光ってる様には見えない。戦場は随分と遠いらしい。


「とりあえず東側の詰め所に行ってみようか。パールさんの伝言があるかも知れないし、魔獣討伐の募集があったら入れて貰おう」

(うん)


(はぐ)れない様にエイガストはゼミリアスを抱え上げ、人混みを掻き分けて東門に一番近い兵士の詰め所に向かうが、魔獣や犯罪の緊急連絡用に使われる窓口が、東門の解放を問い合わせる人で押し寄せていた。長い行列に並んだものの、順番が回ってくる頃には日が暮れてしまう。

どうしたものかとエイガストが悩んでいた時、元気に呼ぶ声が聞こえて辺りを見回す。


「エイガスト。あそこ」


ゼミリアスが示した方向から走ってきた青年はシズーキ。エイガストが農作業でしばらく村に滞在していた時に、パールの伝言を届けに何度か顔を合わせた事のある伝令兵。

汗をかいているところをみると、エイガストを探して走り回っていたらしい。


「良かった、間に合った」

「すみません。もしかして商会の方に?」

「ええ。外出したとお聞きして、もしかして出立したかと思いました」


今回もパールの伝言を持って来たらしい。周囲の人目を避けるため、シズーキの案内で裏口から詰め所に入って扉を閉めるや否や、エイガストがゼミリアスを降ろすより先にシズーキが口を開いた。


「パーラスフォード将軍からエイガスト殿へ。東部へ魔獣討伐の覚悟を問う。可か否か」


魔人という強大な相手との戦闘と、過去を思い出す事を迷っていたエイガストに、パールからの最後の問いかけ。

数ヶ節(すうかげつ)かけて出した答え。エイガストとゼミリアスは互いに顔を見合わせて頷くと「可」とシズーキに返答した。


「であれば本日夕刻、第四小隊と共に出征(しゅっせい)されたし」

「はい!」


伝言を終えたシズーキは先に戦場に戻ってパールに報告すると言う。

詳細を聞いた二人は元気に走り去るシズーキの背中を見送った後、一度商会に戻って準備を整える事にした。


ヴィーディフ商会の施設の奥に設けられた会長室。と言ってもエイガストが国都に居る日数は多くないため、通常は仮眠室として会員に解放している。

食事を済ませて薬品や備品の点検と補充、少し余った時間に仮眠を取る。出発の準備を終えたエイガストとゼミリアスが商会の厩舎からウエルテを連れ出した所で、丁度エイガストを探しに訪れたシュウと顔を合わせた。


「準会長。東門はまだ閉鎖中ですよ」

「知ってる。あ、これ貰って行くね」


シュウが手にしていた広報紙を取り上げたエイガストは、ゼミリアスと共にウエルテに乗ってシュウから逃げ出す。


「まさか討伐に出るとか言いませんよね!?」

「ごめんね。着いたらちゃんと連絡するから」

「準会長!」


人間の足で馬に追いつける筈もなく、その場に両膝をついたシュウは頭を抱えた。


集合場所は北門から出て城郭沿いに東門の外側。同じ様に商人や傭兵が東へ向かおうとするのだろう、所々に見張りが立っている。

二十人規模の小隊。携える武具や服装から魔法兵は四名居り、魔装兵士は小隊長一人だけだとエイガストは見る。

エイガストはウエルテから降り、小隊長に挨拶する。


「よろしくお願いします」

「君等が将軍の言う客人か」


値踏みする眼差しと、隠そうともしない不快の表情。歓迎されるとは思っていないが、あからさまな態度にはエイガストも苦笑するしかない。

ヒョゲルと名乗った中年の小隊長、階級は軍曹。二人には最後尾の班に加わる様に強く言い付けると、手を振って追い払った。

ヒョゲルに背を向けたゼミリアスが、エイガストの知らないエルフェン語で何か呟く。表情からして卑俗語(スラング)だろうと推測したエイガストは、言葉遣いだけを注意した。


街へ届ける支援班と戦場への補給班に分かれ、エイガストは支援物資を積んだ戦馬車に追従する。

休み無く速歩(はやあし)で進み続け辺りはすっかり夜になり、ゼミリアスの胸に刺してある金の針に反応が見え始める。前方で時折見える光る所が戦場なのだろう。

補給班は戦場の手前に張られた陣で分かれ、率いてきた小隊長であるヒョゲルも支援班を置いて陣へ入っていき、交代した補給班と共に引き返して行った。

代わりにリブストと名乗る少尉と五人の兵士を加えて、支援班は東へと先を急いだ。


「エイガスト殿、ゼミリアス殿。作戦通り、前へお願いします」

「え、作戦ですか?」


少しずつ近づいてくる魔獣の吠え声と兵士の雄叫びに緊張していたエイガストの元に、リブストが確認をと声をかけるが、作戦など何も聞いていないエイガストは少し慌てた。

リブストは一瞬顔を(しか)めたが、すぐに気を持ち直して作戦について語る。


戦場に現れる魔獣は目の前の兵士ではなく、荷馬車を優先して狙う。東の街へ物資を届ける事を阻む様に。

二度目の今回は魔法兵が戦馬車に硬度強化を施し、そのまま戦場を突っ切ると言うもの。強い防護壁(シールド)を張れる協力者としてエイガストを編成する様に、将軍(パール)から指示があったと。


「こちらの手違いで直前になってしまって申し訳ありません。協力をお願いします」

「わかりました」


リブストは手違いと言うが、ヒョゲルがわざと言わなかったのだろう。今ここに居ない者への苦情を言ってもリブストを困らせるだけだと、エイガストも言葉を飲み込んだ。

少しずつ血の匂いが濃くなる。魔法兵が硬度強化を戦馬車に施し、エイガストもレイリスに頼んで防護壁(シールド)を張る。ゼミリアスは光り続ける金の針を握りしめ、魔獣を操るという男を探して戦場を見回す。


防護壁(シールド)を張るエイガストを先頭に支援班は速度を上げて戦場に突入。戦馬車が戦場に入った途端、リブストの言った通り周囲の魔獣が方向を変えた。

防護壁(シールド)の外側で追従していたリブストを含めた兵士たちが、襲い掛かる魔獣をある程度は退け、取りこぼした魔獣は防護壁(シールド)に阻まれて戦馬車を止めるに至らない。


「エイガスト、あそこ」


ゼミリアスの視線の先には一人の男と、対峙しているのはパールだった。


「魔獣を操っているのはあの方です」


レイリスがそう言う間にも、男はパールに向かって中型に魔獣を(けしか)けている。

エイガストはゼミリアスから金の針を受け取ると、弓を構えて魔力を通した金の針を矢と共に番える。


「レイリスさん、矢を撃つ一瞬だけ防護壁(シールド)の一部を通す事は出来ますか?」

「やってみます」

「ゼミリアス、魔力借りるよ」

(うん)


走るウエルテの手綱をゼミリアスに任せ、合図と共にエイガストは矢を撃ち、レイリスは防護壁(シールド)の一部を一時的に解除。矢は金の針の性質により、パールに向かう魔獣へと向かう。

再度レイリスが防護壁(シールド)を張る前に、数匹の魔獣が防護壁(シールド)内に侵入、馬車を引く軍馬に襲い掛かる。

エイガストは鞍の上に片足を乗せて後方に弓を構え、魔獣に狙いを定める。核である(あか)い石が見えてる魔獣は的確に貫き、見えない魔獣には氷の矢で凍らせて撃ち落とし、硬質化した戦馬車で轢き砕く。

戦馬車の手綱を握る兵士が無事の合図を示すのを確認し、エイガストはウエルテに座り直した。

戦馬車に接近する魔獣は全て兵士が取り押さえ、前方を塞ぐものは何もない。

支援班は戦場を突っ切り、東の街へ急ぐ。





一体どこから呼び出しているのか。執事の様な風貌をした壮年の男は、都合四十二体目の魔獣を呼び出す。パールは目の前に現れた牙を剥く黒い狐を蹴り上げようと右足を引いた。

突如。飛来する魔法の矢が狐の胴体を側面から撃ち抜き、核である(あか)い石を貫く。

消える前に矢を掴んだパールは、その中にあった金の針を握りしめる。一瞥した先には戦場を駆け抜けていく戦馬車と複数の馬。パールは小さく口元だけ笑みを浮かべた。


破れた薄手袋の隙間から覗く、男の左手首に煌めく(あか)い石。その真贋(しんがん)は、夜の暗さの中では分からない。判っているのは石を付けたまま死んだ者は魔獣になる恐れがある事。

三体の中型魔獣を同時に呼び出した男はパールを狙う様に仕向けるが、援護に来た兵士が魔獣を引きつける。前方が開けたパールは大きく踏み込み、男が次の魔獣を呼び出す前に距離を詰め、金の針で男の左手首ごと石を破壊する。


「あああああああああ!!!」


魔法で攻撃されても、矢を射掛けられても、剣で斬りかかられても涼しい顔をしていた男が、左手を失った途端に絶叫を上げた。そんな男の腹をパールの一撃が貫く。

口から吐瀉物をこぼしながら仰向けに倒れる男を魔獣を倒した兵士が取り押さえ、身包みを剥いで魔力封じの枷をつける。左手の傷は応急処置を施す。

周囲を見渡せば全ての魔獣の討伐を終えており、パールは勝利を宣言すると共に、撤退命令を出す。


「ヤカドゥ中将は連行する犯人の警護をお願いします」

「はッ!」

「将軍、出征準備が整いました」

「ご苦労様です」


ヤカドゥと入れ替わりで報告に来たのはナーガス少佐。

小休憩の後、パールと中隊を引き連れたナーガスは先行したエイガストとリブスト率いる小隊を追って東の街へ向かう。



ここまで読んでくださりありがとうございます。


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