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秋の収穫祭り。
収穫した食材を村人総出で調理して冬の間の保存食を準備する、どの街や村でも行われる新年最初の恒例行事。当然、エイガストも参加する。
瓶詰めにした肉や収穫した野菜は村の氷室へと保管。地下に空洞を作り、編んだ藁を敷いて冷蔵の保管庫として夏まで利用する。
林を切り拓いた場所に新しく氷室を増設し、真夏でも氷が使える様に最新の構造にした。次の夏はエイガストに頼らずとも氷を得られる。
氷を包む藁は魔獣騒動以降、より交流が深くなった隣村が分けてくれた。
春に収穫する為の秋植えの種を畑に撒き、冬になるまでに被せる藁を編む。
エイガストの温室も三棟目が完成し、ストロベリーの種を蒔く。先日リノが好奇心からストロベリーの実を口にして、甘い事が判明した。交配する時に使用したルベリー種が作用した可能性が高い。
フーリア種は酸味が強く、糖を沢山入れなければ酸っぱい蜜煮にしかならなかったが、ストロベリーで試作した蜜煮は甘く、村の人やヴィーディフ商会の従業員に食べて貰って好評を貰い、来年からは花だけでなく加工食品として売りに出す事となった。
容器の製造を請け負う工房は国都ではなく、すぐ側の街にした。村で製造するため製造規模は小さく、容器の製造数を少数から受け付けてくれる所が必要だった。
販売はラグとニドーが野菜類と共に露店で販売し、蜜煮を使用した軽食を街道の休憩所で出す予定だ。トグニーと村長は冬の間に計画書を書いてエイガストに見せると言った。
「もう行ってしまうんですか?」
「はい。居心地が良くて、随分と長居してしまいました」
トグニーの家で夕食を摂りながら、エイガストは近日中に村を出る事を伝えた。
家の厨房は完成したが作れる者がおらず、夕食は未だにトグニーの妻であるヨヌルに頼っている。昼間はヨヌルに料理を教わり始めたノーマが、軽食を作ろうと鍋を片手に苦労をしていた。
「もっと居て下さって良いんですよ」
「そーだよ。お兄ちゃんここに住もうよ」
「もっと一緒がいい」
引き止めるヨヌルの言葉に、子供のルトとユニが便乗する。
エイガストは困った表情を浮かべながらも、その提案を断った。
「ありがとうございます。ですが、まだやり遂げていない事があるんです」
「次はいつ来られるんです?」
「そうですね、また夏頃に顔を出せたらと思ってます」
ストロベリーの生育管理については、エイガストよりも農耕をしていたトグニーの方が詳しく、事務会計においてもリノとジャックが居れば問題ない。臨時の雇入れが必要な時の手続き方法は指示書に全て書いてある。
ノーマが馬車を操れる様になれば、国都の分会と行き来する事も可能になり、カストルの手を離れても続けられるだろう。
数日後、商品を載せたヴィーディフ商会の荷馬車と共にエイガストとゼミリアスは村を出発した。
国都に向かう道中、ヨヌルから受け取ったストロベリー蜜煮を使ったタルトを齧りながら国都へ向かった。
国都の露店が開かれる広場の一角に大きく設営された天幕で停止し、ゼミリアスと荷馬車を引いていたカストルは他の従業員と共に荷物を下ろす。エイガストは天幕の中へ入り、今日の受け渡しを終えて帳簿を書いているブリングに声をかける。
「お疲れ様です、ブリング。いかがですか?」
「旦那ァ! 見てくれよこの売り上げ!」
エイガストの顔を見た瞬間、顰めっ面で帳簿と向き合っていたブリングの表情に花が咲く。商店通りで花屋を経営するミーナの弟で、一般民宛の予約分を捌いてもらっていた。
予約者が多く小さな店舗では臨時で人を雇い入れる場所もないので、露店の許可を貰って専用の窓口を用意した。
貴族宛にはシュウが配達人を手配して既に完了し、店舗では店主のミーナが予約していない人向けの販売を手掛け、そちらも少数ながら納入した分は完売している。
ブリングに見せられた帳簿には予約者の名前と、隣にはストロベリーの販売価格が記載されていた。まだ引き取りに来てない者の隣は空欄のままで、その人数も今荷馬車から積み下ろしている数より少ない。
正直エイガストは売り上げによる黒字より、予約者全員にストロベリーが行き渡った方に安堵していた。
「それ、着けてんだな」
ブリングがエイガストの耳飾りを指して言う。
前回ブリングがエイガストと会った時は耳飾りに対して不快感を露わにしていた。しかし今回は将軍の姿は周囲に見当たらず、別行動をとれる程にエイガストは信用されているのだとブリングは解釈した。
「ええ、まァ、色々ありまして」
「曖昧だなァ。惚れたか?」
「違います!」
エイガストに食い気味に否定されて、ブリングは冗談だと笑って謝った。
その後は最終日の打ち合わせと、余剰分を店頭で扱って貰い、来年の予約数の上限をしっかり定める。今回の様な大掛かりなものにはならないだろうが、決めておかないと際限のないブリングによって同じ事になりかねない。ブリングは面白くなさそうな顔を見せた。
ストロベリーの販売が終了した翌日、ゼミリアスには特設した天幕の撤去を任せて、エイガストはリアーネを呼び出して倉庫に来ていた。小物や衣類雑貨から植物の種まで、様々な商品の中から衣類棚を開けて珊瑚色に近い色の布をいくつか引っ張り出す。
「サディアルの人なんですけど、どれが良いと思います?」
「腰巻きですよね。なら、主帯と飾帯を併せて贈ると良いと思います」
「でしたら主帯は暗色にして、飾帯を珊瑚色にしましょうか」
エイガストは船上でコゥメイが主に着ていた服の色柄を思い浮かべながら、それに合う帯の色柄を選ぶ。
その柔和なエイガストの横顔を見ながらリアーネは目を細めて呟いた。
「とうとう準会長にも想い人ができたんですねェ」
「えッ!?」
「え?」
互いに顔を見合わせて固まる。
紅潮するエイガストの口からは「違う」「そうじゃない」と否定する言葉ばかりで、リアーネはますます首を傾げる。
「だって、服飾を贈るんですよね? “相手を着飾る”って立派な口説きの手法じゃないですか」
「違います。彼女の帯を駄目にしてしまったので、その、お詫びというか、代わりの物をですね」
「とは言え流石に嫌いな人からは、お詫びでも服飾系は受け取りませんよ。断らなかったって事は、案外満更でもないと思いますよ」
面白そうに追求するリアーネに、エイガストはとうとう両手で赤い顔を覆って蹲る。耳まで赤い様子を見て、少し揶揄いすぎたとリアーネは苦笑する。
「別の物にします?」
「いえ、代わりの帯を贈るって言ってしまったので……今更変えるのも、それはそれで失礼かと……」
「では、もう少し控えめの柄にして、普段着に適した無難な物にしましょう」
「……はい」
リアーネが選んだいくつかの候補から、エイガストは一つを選んでそれを贈る事にした。
逓送組合に行くならと、ついでに渡された他の発送品を抱えたエイガストが表に出ると、たたみ終えた天幕を倉庫に片付けに道具を抱えた従業員と鉢合わせた。彼らについて来ているゼミリアスの手には味柑があり、既に半分食べている。
ゼミリアスの魔法で手の届かないネジを外したり、防水布を剥いだりといった手間のかかる作業が、あっという間に終わったらしい。ゼミリアスはご褒美として味柑を買ってもらったと言う。
ゼミリアスが味柑を一欠片摘んで、エイガストに差し出した。荷物で両手が塞がっているエイガストは、それを口で受け取る。甘くて少し酸っぱい。ゼミリアスが好んで食べる味だった。
二人のやり取りに「そういうところ」だと小さく呟いたリアーネの溜息は誰にも聞こえなかった。
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