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【第一部完結】青の射撃手≪トクソフィライト≫  作者: (2*8)⁴
一章 青の乙女と紅の将軍
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006


手当てをしながらの話し合い。

彼らの話をまとめると、クルガンは今朝柵を飛び越えて侵入し、放牧中の牛を次々と襲った。

牛の死骸を確認した者によれば、噛みちぎられた部分は一部のみで、空腹による狩りというより、動くものを襲ったのではないかと。

そしてエイガストが一番気になった証言がある。


「赤い石、ですか?」

あの獣(クルガン)の見た目は普通だし、やっぱ気のせいじゃねーの?」

「ンなことねェって、首をヤったんだぞ」


クルガンを相手に鉈で応戦したという、肩を負傷した男が言う。

飛びかかられた時に首を斬りつけたはずなのに、切り傷から血が出ることもなく、弱りもしない。額に赤い石を見たと言う彼は、クルガンを魔獣ではないかと疑っていた。

エイガストも先ほどクルガンを振り払ったが、咄嗟のことと暗くなっていたことで、石も傷も確認できていない。

なにより、魔獣の特徴である赤黒い外観をしていなければ、瘴気も吐いていなかった。


二度目の見張りが交代される時、エイガストも同行した。

随分と夜も深まったというのに、未だにクルガンは閉じ込めた小屋の中から壁に爪を立て、あるいは突撃し脱出を試みていた。


「疲れってモンを知らんのか、あれは」

「クルガンは昼行性だったと思います。その上ろくに食事もしてないなら、無駄に動かないはずなのですが……」


これが通常なのか異常なのか。本来のクルガンの生態を詳しく知らない者に判別はできないが、エイガストを含めた多くの者が"おかしい"と思い始めていた。



バキっと板が折れる、嫌な音がした。

皆が寝静まる真夜中。とうとうクルガンが小屋を蹴破ろうとしていた。

見張の一人が警鐘を鳴らし、休憩中の男性陣に合図する。


エイガストは、蹴破られそうな壁の正面に立つ。

蹴破られる瞬間なら、当てられるかも知れないと、弓を構え魔力を通す。

より強い矢を。

より硬い矢を。

しかし上手く魔力が通らず、思うようにいかない。

今にも蹴破られそうな壁を前に、焦りと苛立ちが募る。

武器となるものを手にして再集合する村人たちは、弓を構えるエイガストを目前に足を止めた。


そっと。エイガストの弓を握り締める手に、重ねられる細い手。

感触も熱もない。透けたレイリスの手が添えられた途端、勢いよく魔力が流れた。

周囲の温度が急速に下がり、番える矢は見る間に強靭な氷を成す。

思わずレイリスの方を見てしまいそうになったが、視線をクルガンから外すわけにはいかない。エイガストの視界の隅で、レイリスが微笑んでいる気がした。


それは瞬く間のこと。


壁を蹴破って飛び出したクルガンを、エイガストの氷の矢が貫く。

飛びかかる姿勢のまま、クルガンは氷漬けになった。


一呼吸おいて、村人たちの歓声が上がる。

慣れない魔力の大量消費に立ちくらみを起こすエイガストを、駆け寄った村人たちが支え、そして讃えた。




翌朝。

ようやく訪れた兵士に氷漬けのクルガンを処理してもらう。

解凍したクルガンは、既に死んでいた。

クルガンの身体に、村人が応戦した時の切り傷や打撲痕はあった。しかし、赤い石に関して兵士は「無い」とはっきり否定した。

兵士たちはクルガンの死骸を回収し、村の補償については追って連絡すると言い残し早々と去って行った。


「なんだ、焼いていけば良いのに」


死んだ牛を焼く準備をしていた男が言う。

エイガストも同じ疑問を抱いた。兵士たちは何故、わざわざ死骸を持ち帰ったのだろうか。

聞いたところで、答えてくれはしないだろうが。


荒れた畑に大きな穴を掘った。

クルガンを追って走り回った畑から、無事な作物と駄目な作物の選別を行い、駄目になった物を穴に落とした。

死んでしまった牛から皮を剥ぎ、可食部は燻製などに加工する。残りを掘った穴に落とし、虫や他の肉食獣が来る前に纏めて焼く。

丸一日かけて焼いた後、土を被せてまた畑にするらしい。


元から少なかった牛が、半分以下に減ってしまった。

幸いにも(つがい)で残っていたので、時間をかければ増やす事はできるだろう。

加工肉と僅かな作物でどれほどの収入になるか。国から補償金が出るとしても、それまでの間をどう賄うか。

村長の家で話し合いが行われる。


村の人数と農業の規模。隣街と国都の間という立地と、土地柄の気候。

村を発つ前に見て回ったエイガストは、村長の家に相談に行った。


「畑を借りたい?」


エイガストは村の土地の所有権を訪ねる。

この村は少しずつ人が集まった自然村で、領主の貸土地ではないことを確認した。

土地が領主の貸土地だった場合、青果物を納める必要があり、エイガストの育ててもらう予定の物も納めなければならなくなる。


「はい。この地方で育てたい作物があるのですが、農業の経験は浅くて。協力してくれる方を探しています」

「今の仕事と並行して良いんだよな。何を育てるんだ?」

「並行しても、新たに耕地しても構いません。ただ、非常に面倒のかかる物でして……こちらが成育方法を記した資料です」


村長を含めて数人は文字を読めるが、読めない者も同席していたので、エイガストは資料の項目を全て読みあげて伝える。

エイガストの希望する規模で、成育の作業や手間を順守すると、別の作物を世話している余裕は限られる。

初めは興味を示していた者たちも、今の仕事を縮小してまで協力するべきか。難色を示している。


商会側は道具や肥料の提供を含めた経費を農家に支払い、農家は指定された作物の品質を基準値以上にして納品する。

いくら費用を出してもらえるとしても、植物であるが故に品質を一定以上を保って育て上げることが難しいことを、村の者は嫌と言うほど知っている。


「これ、挑戦してみても良いか?」


発言したのはトグニーだった。


「ルトとユニも、もう手伝える年齢だ。牛がやられた分、家は手が空いている。人手が欲しい時は、こっちで雇っても良いんだろう?」

「予算がありますので、その中に収めて頂ければ、運用はお任せするつもりです。品質によっては翌年から予算を増やすこともあります」

「監督は、あなたが?」

「いえ、国都に俺が所属する商会があるんです。契約が成立した時は、そこの管理下に置かれることになりますので、担当は別の方になります」


話し合いに来ていない家庭も含めて、改めてこの企画をトグニーが伝え、興味を持った者たちでチームを組み、計画を進めていくこととなった。

現時点で上がる疑問質問、契約内容の希望をエイガストは手帳に(したた)める。

後日、エイガストが派遣する商会の使者から改めて内容を説明した後、本契約を結ぶ運びとなった。




エイガストは村を出て、街道で連絡馬車が通りかかるのを待っていると、両親を連れたルトとユニが見送りに来た。


「お兄ちゃん!」


駆け寄る二人を、エイガストは屈んで迎える。


「また、くる?」

「そうだね。近くに来たら、今度は遊びにくるよ」

「ぜったい、ぜったいだからね」

「うん」


エイガストは二人の頭を軽く撫でてから立ち上がると、トグニーが声をかける。


「エイガストさん。こんな事で恩を返せるとは思えないが、出来る限り協力させてもらうよ」


隣でトグニーの妻、ヨヌルも頷いている。

エイガストが聞いた、ルトとユニが街にいた経緯。

見たこともない獣の侵入と、その凶暴性から街に兵を派遣して貰う必要があること。兵の到着まで傭兵の協力を仰ぐか否か。

トグニーがヨヌルに掻い摘んで話す内容を聞いていた二人は、自分たちの小遣いを全部持って勝手に村を飛び出した。

子供が居ないことに気付いたヨヌルはトグニーに相談するも、クルガンが居る中捜索に集中することも難しく、最悪の事態を覚悟しなければならなかった。

エイガストが二人を連れて帰って来た時には、泣きながら感謝した。

少し困った様に、エイガストは後頭部を掻く。


「恩とかそう言うのは抜きにして下さい。今回は俺が協力したいと思ったことの結果です。できるなら、トグニーさんもそうであって欲しいです」


馬の蹄の音が近づいてくる。

エイガストは馭者に手を振り乗車を合図する。


「もちろん、挑戦してみたいと思ったのも本心だ。良いものにして見せるから、楽しみにしててくれ」

「はい。期待してます」


トグニーが出した手を、エイガストが握り返す。

エイガストの後ろで馬車が停止する。子供たちの母親から、道中で食べる様にと、小さなタルトを受け取った。

料金を支払い、エイガストは馬車に乗り込む。

窓の外。無邪気に手を振る子供たちと両親に見送られ、エイガストは国都へと向かった。


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