053
魔竜の話を聞いてから数日後。アレックの元にクリヴィスフォードから勅命が下り、東部の街へ偵察に向かうことになった。
少ない私物を魔法の鞄に詰め、馬に乗って目的地へ向かう。
「ちょっと、飛ばし過ぎ!」
アレックの背中にしがみついて文句を言うのは、薄紅色の長い髪を靡かせるジュリアーナ中尉。彼女とアレックは学院時代に何度か顔を合わせた事があるため、知らない仲ではない。
ジュリアーナは魔力はあっても魔法を使う事が苦手だった。だから彼女は在学中に所属していた魔動装置研究開発の仕組みを利用して、杖の魔装具を自作した。握った時の親指と人差し指の辺りに二つの調節ネジがあり、絞ったり緩めたりする事で威力や効果を変化させる代物。
そんな道具をいくつも作り上げてきた彼女は、今では軍専属の魔動兵器開発を行ない、国都にある魔力を使った大砲の開発にも関わっている。
パールから聞いた王妃の予知夢では"青い光"とあったが"人"とは言っていなかった。
"青い光"が大砲以上の強い威力を誇る兵器の事を指すなら、ジュリアーナがいずれ開発する可能性もあるだろう。彼女が候補者だと聞いてアレックは納得していた。
しかし
「なんでアンタと一緒なのよ!」
「んなもん編成した奴に言え」
馬に乗れないジュリアーナを後ろに乗せて街に向かうも、乗り心地の不平不満しか言わない彼女と同行する事は納得していなかった。
「クリス様の命令よ? 拒否できる訳ないじゃん!」
「軽々しく愛称で呼んでんじゃねーよ」
「残念、ちゃんと許可貰いましたァ! あ、もしかして、アンタまだ将軍から許可貰えてないの? うっそ、マジで? カワイソー!」
「うるせー振り落とすぞ!」
「ゥごッ」
言うや否やアレックは速度を上げて馬を走らせ、振り落とされかけたジュリアーナは噛みそうになった口を閉じ、反った上体を起こす事も出来ずに必死でアレックのベルトを握る。
ようやく静かになり、アレックは快適な旅をするのだった。
ジュリアーナが吐き出すまでは。
到着した東の街の中は至って平和だった。
大きな広場では露店が並び、街の中央を流れる大きな川に架かる橋の上で涼み、川を流れる船を眺める。
路上のゴミ拾いや公衆用厠の汲み取りを日雇いで請ける子供たちの他に、身なりの良い者も並木の手入れや石畳の清掃を行う姿が見られる。この街は慈善活動も活発らしい。
二人が立ち寄った役場の依頼掲示板にあるものは、店や畑の手伝いや外の街への荷運び等の人員募集が多く、傭兵が出向くような賊や魔獣退治の依頼は無い。
「やっぱりただの平和な街じゃないのー?」
「それを調べるんだろうが」
「はいはい。そーですね」
とりあえず近所の農村に出没する害獣駆除の依頼を引き請けて役場を出たアレックは、文句を垂れるジュリアーナを置いて歩き出す。
ジュリアーナはアレックの背中にベーと舌を出して睨みつけた後、背を向けて反対の方向へ歩き出す。
ここからは別行動。アレックは街の周辺を、ジュリアーナは街の中を数日かけて調査する。
集合住宅を借りたジュリアーナは、鞄から家具と共にいくつかの機材を取り出して組み立てる。
機材から伸びた導線の先に繋がる輪を腕に装着し、魔力を通すと組み上がった装置が起動する。
「はー、涼しいー」
装置から噴き出す冷風が、夏の熱気で蒸されていた室温を急速に下げて行く。室温が落ち着いた頃に冷風の強度を下げて腕輪を外す。残留魔力によってしばらくは惰性で動き、そのうち勝手に停止する。
ジュリアーナは生活する上で便利な道具を作る方が好きなのだが、魔法協会では魔装具の開発しか評価されず、軍に引き抜かれてからも武器の開発ばかり。余った部品を集めては、趣味の範囲で自分の身の回りの道具や装置を作っている。
軍の給金は高く、いずれ現れるかも知れない魔竜が退治された後は、軍を抜けて魔動装置を開発する自分専用の研究所を建てるのを目標に貯金している。
快適になったところでジュリアーナが次に取り出したのは、分厚い本。表紙を開いた裏側に硝子板が張ってあり、中表紙の部分にはいくつもの小さな押ボタンが着いている。
外観を本に偽装した魔動装置だった。
「さて、うまくいくかなァ」
硝子板に指先で記紋を描くと、起動と共に画像が映し出される。
ジュリアーナを中心とした周辺の地図。範囲としては彼女の足で半径三十歩。
押しボタンを操作すると、画像の中心に白い点が表示される。これがこの装置の位置。
そして周辺に表示された複数の赤い点。更新する度に移動しているため、物ではなく人らしい。
「んんん? 設定間違えたか?」
カチカチとボタンを叩き、設定を調整する。
ジュリアーナの開発した魔獣検出器。設定した範囲内に魔獣が持つ血い石の反応を探す装置。
何度も戦場に足を運び、時には生かしたまま捕らえて血い石の放つ特殊な魔力の解析を行い、検出の精度は六割にまで向上した。
先日帰還したパールから偽の血い石を受け取り、解析を行った後に検出器に情報を入力し、魔獣だけでなく偽の血い石も検出できる様にした。東の街ではこの偽の石の情報が必要となるらしい。
パールから聞いた話では、人に埋め込んだ後に何らかの方法で魔獣へと変えると言う。そんなものがこんな狭い範囲に複数あるなら、街全体に範囲を広げたらどれだけいる事になるのか。
ジュリアーナは情報の打ち直しと更新を繰り返し、陽が傾いて部屋が暗くなった事にも、空腹にも気づく事なく装置を弄り続けた。
準備運動にもならない害獣駆除と小型の魔獣を相手にしながら、村から村へ渡るアレックが東の街を発って数日が経過していた。年末の晩夏に始まる葡萄の収穫に向けて、広大な畑を所持する農村の人々は忙しい。
件の街を中心に南の村から東へ向かい、次に北上。その道中で出会す小型の魔獣は、いずれも街とは反対方向へ歩みを進めていた。やはりあの街には魔獣を遠ざける何かがあるのだろうか。アレックはそんな事を考えながら、魔獣が誰かを襲う前に迅速に処理する。
アレックが街から北西に位置する小さな村に滞在中、小さな騒動があった。
集落のとある一家が突然不調を訴えたのだ。その後、程度の差はあれど似た症状を訴える村人が頻出し、一晩で住民の半数以上が病に倒れた。
嘔吐と水便。体力のある成人は軽症者が多く、子供や老人に重症者が多い。その症状に心当たりがあったアレックは井戸や川の水を使う事を禁じ、魔法で出した水を水瓶に貯めて口にする物は全て火を通す事を指示した。
不慣れな土地の水が合わずに腹を下す事はよくあるが、日々使用する川の水で突然の不調は毒に汚染された何かが上流から入り込んでいる恐れがある。この数日の間に上流の方で天気が崩れた様子は見られなかったが、早いうちに様子を見に行った方がいい。
この村から川を下った先には、件の街がある。
「街への連絡はどうしてる?」
「一節に一度だけ役場の連中がくるから、その時にまとめて報告してる。急ぎの時は街道で行商人を捕まえてる」
「そうか。そこのお前、馬は乗れるか?」
唐突に指名されて挙動不審になる青年は首を何度も横に振った。もう一度「そうか」と答えたアレックが軽く腕を振うと青の魔晶石が煌めき、青年の全身を包む様に水を竜巻いた。驚いて硬直する周囲の村人を無視して、アレックは呆然とするずぶ濡れの青年を、今度は熱風を纏わせて乾かす。
「あ、アンタ一体ッ」
「この現状を役場に伝えろ。街までは馬が運ぶ。お前は振り落とされないようにしがみ付いていればいい」
アレックは魔法で青年を浮かせ、馬の背に放り投げる。青年が反論する間もなくアレックが馬の尻を叩いて走らせた。
すぐに見えなくなる馬を見送る事もせず、アレックは残った村人に指示を出す。
毒水を排出しようとする体の生存機能。しかし、出て行った水分を補給しようと水を口にしたそばから吐き出し、その苦しさから水を口にする事をやめてしまうと、数日もしない内に干からびて死ぬ病。無理矢理にでも水を飲ませた。
今は無事な者も看病している間に毒水に触れてしまうため、食事の前に必ず風呂に入らせた。顔見知りの村人が苦しむ姿と、死にたくなければと言う脅し文句に恐れ、村人は皆アレックの指示に素直に従った。
馬に乗せて送り出した青年が二日経って役場連中と医者を連れて戻ってきた。数名の犠牲者を出したものの大半が生き残った。
後は医者に任せて現場を離れたアレックは、汚物に塗れた衣類や掃除に使用した道具を焼却する為に掘らせた穴に、自分が着ている服を全て脱ぎ捨てて胃の中を全て吐き出した後、高火力の魔法で焼いた。
石鹸を利用して全身を洗い流してから食べ物を腹に詰め込むと、二日ぶりに眠った。
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