052
「随分と様変わりしたわね」
最近兵士たちの間で話題になっている街道沿いの休憩所。そしてその場所が、エイガストが滞在すると言った村へ続く脇道の前である事に、驚きを見せる。
馬を停めて様子を見ていたパールに、エプロンを着けた女性が声をかけた。
「いらっしゃい、休んで行くかい?」
「そうさせて貰うわ」
馬を適当な木に繋ぎ、空いてる席に腰をかける。
林を切り拓いた時に出たであろう木材で作られた即席のテーブルに、様々な柄の布を継ぎ合わせたテーブルクロスがとても可愛らしいのに、椅子は丸太と言う不釣り合い。
二種類用意されている飲み物は、茶と柑橘水。好きな方を選び、日替わりの軽食と共に頂く。この農村どころかすぐ隣の街でも手に入らない氷を、贅沢に飲み物に入れている。
パールは給仕に来た少女に代金を支払うついでに、心付を渡してエイガストを呼ぶ様に頼んだ。少女は「わかった」と元気に答え、村の方へと走って行く。
柑橘水に口をつけながら、パールは改めて周囲を見渡す。
少数の商団と警邏中の兵士がテーブルで休憩し、街道を挟んだ向かい側ではまた別の近郊の村から来たであろう農夫が、蜜煮や酢漬けを売っている。
街と街の間隔が遠い時に、こう言った休憩所が中継にあると便利かも知れない。
決して裕福ではない農村でも、飲み物の提供だけなら始められるかも知れない。
そこから新たな産業が始まれば、国民はもっと豊かに暮らせるかも知れない。
帰ったら兄に相談してみようかとパールは思案する。
パールが食事を終えた頃、エイガストが走ってきた。
土で汚れた農作業用の服を着て、すっかり農夫の出立ちになった姿を見てパールは小さく笑う。
「久しぶり。元気そうで何よりだわ」
「パールさんも、お変わりなく」
最初に別れてから既に一節。
本当は一週間毎に顔を出す予定だったが、部下に放りっぱなしにしていた仕事の確認と調整に、試験に合格し来年から入軍する者たちの配属先や訓練内容を会議していたら、そんな暇は取れなかった。
「仕事は順調?」
「ええ。今日の畑仕事は終わっていて、これから村のみんなで狩りに行くんです。パールさんも来てくれると心強いんですけど、どうですか?」
「良いわよ。この近辺だと何を狩るの?」
「主に小型の猪と野生の耳羊と雉ですね。少し遠いですが川まで行けば魚も獲れます」
村までの道すがら、馬を引きながらパールとエイガストは近況を報告しあう。
エイガストの畑の温室は二つ目が完成し順調に苗も育ち、今は名前をどうするかで悩んでいると言う。
パールはアレックに魔竜の話をした事を伝え、心強い味方が増えた事に感謝を述べた。
井戸のある広場に着くと、狩りに行く数人の男性と少年が、縄や網と言った罠道具と手製の弓矢や槍を手に集まっている。
牛小屋のある方面からはウエルテに乗ったゼミリアスが集合する。
村から程よく離れた場所の林へ入り、道具を持った者たちがいくつか罠を仕掛ける。いつも仕掛けている場所なのだろう、幹や太い枝には縄が擦れた跡が多く残る。間違えて自分たちが掛からないように、目立つ色の布切れを枝の先に巻く。
武器を手にした者たちは更に奥へと進み、口笛を吹いて獲物を発見した合図を送る。獲物を逃さないように囲み、罠の場所へと追い込む。
「エイガストさん、あれ」
大きな猪を捕まえて盛り上がっているところに声をかけたのはノーマ。
彼が指し示す先を見ると、木々の合間に大きな鳥の影が見えた。雉に似た鳥で、この近辺ではホロロンと呼んでいる。
「獲りに行きますか?」
「え、俺が?」
大人が仕留めるものだと思っていたノーマは目を丸くして驚き、そんな彼にエイガストは笑って頷いた。
「的に当たる回数も増えてきましたし、そろそろ実践しても良い頃合いでしょう」
エイガストは解体している男性等に、ノーマと狩りの練習に行くと伝えると、一人が付き添いに来てくれた。
もうすぐ軍に入るためこの村を離れる青年のウェイブ。彼も弓矢を使うのが得意だった。
既に獲物は捕らえているので、ホロロン鳥一匹を見逃したところで誰も怒りはしないと、緊張で強張るノーマを宥めると、弓矢を手に静かに移動する。
「的とは違って生き物は動きます。鳥は基本的に真後ろには動けません。首を振った勢いで前や横に動くので、狙うのは少し前方です」
「俺が左側に矢を射って右に走らせるから、そこを狙うと良い」
「はい」
警戒するホロロン鳥は、時々立ち止まり周囲を伺う。その度にエイガストたちも足音を潜ませて慎重に動く。
ノーマから少し離れたウェイブが弓を引いて、鳥の左側の木へ矢を当てる。矢に反応したホロロン鳥は狙った通り右へ駆け出す。
続けて放たれたノーマの矢は鳥の尾を掠めて飛び、ホロロン鳥は林の奥へ逃げ去ってしまった。
「あ……」
「もう少しでしたね」
「次があるさ」
ポンとウェイブに肩を叩かれたノーマが、落ちた矢を回収しにホロロンがいた場所へ行くと、尾羽が一枚落ちていた。矢羽根には向かないが、ノーマは矢とともにそれを拾った。
「向こうの班も帰ってきましたね」
林の奥へ行っていた班が耳羊を捕まえた籠をいくつも抱えて帰って来るのが見えた。林の更に先にある川で釣りに行っていたゼミリアスとパールも一緒にいる。
沢山の成果を携えて村へ戻り、調理は女性たちが引き継ぐ。
猪肉と魚は吊るして干し、後日燻製にする。耳羊は皮と耳を剥いで肉だけにしたら、野菜と共に瓶詰めにして半日煮て加熱する。
猪の腸に屑肉と薬草を一緒に詰めて煮込めば、今夜のスープの食材に。
街道で開いていた休憩所も、夕方には店仕舞いをして村へ戻ってきた。野菜売りから戻ってきたニドーが、久し振りにパールと会えて嬉しそうに声をかけていた。
調理が終わる頃にはすっかり日も落ち、村のみんなで食事を済ませた後に瓶詰めにした食材の分配。各々が取り分を抱えて帰宅し、エイガスト等も受け取った瓶詰めを自宅の貯蔵庫に収めた。
狩りの日は週に一回。その日の成果によって食生活の質が左右される。家畜の数を増やす事ができればもう少し楽になるのだが、それにはまだ人手も土地も飼料も不足している。
「エイガストさん。何を見てるの?」
「地図?」
外の浴室から居室に入ってきたジャックとリノが、ソファで地図を広げていたエイガストの隣に座る。
水の滴るリノの髪をエイガストが布で拭きながら答える。
「そ。もっと暮らしやすくできないかなって」
「何をするの?」
「えっとね」
畑を増やして長期間保存できる野菜や、寒さに強い根菜を植えたい事。
林の耳羊を生捕りにして冬に備えたい事。
道を整備して林の奥の川まで行きやすくする事。
この村の名物になるものを作る事。
「名物なら、もうあるよ」
「え、本当」
「僕たち毎日世話してるもん」
「それって、フーリア六号の事?」
エイガストが温室で増やしている、品種改良を重ねて赤い実をつけるようになったフーリア種の六代目。ジャックとリノはそれがこの村の名物だと言う。
聞けば村長がこの村の産業にしたいと、トグニーとカストルに掛け合っていたのを見たらしい。まだ販売すらしていないのに。
「なら、もう少し販路を増やすべきか……」
赤い実のなる物だけを販売し、残りは一部を残して廃棄する予定だった。株分けの時に赤くならない個体が出てくるので、残していても際限がないのだ。
元の色の黄色い実も形の良いものは観賞用として販売でき、毒もないので小型の動物の餌にもできる。エイガストは温室の下段に植えたフーリアを餌に鶏を五羽ずつ放し飼いさせている。
「販路も良いですけど、先に名前を決めた方が良いんじゃないですか?」
浴室から出てきたノーマが居室に入ってきて一番にそう言った。遅れて顔を出したゼミリアスも大きく首を縦に振る。
窓を開けていたため、外にも話し声は届いていたらしい。
「名前ってどうやって決めるの?」
「改良した人の名前や商会名をそのまま付けたり捩ったり、産地の村や街の名前を付ける事もあるよ」
リノの疑問にエイガストが答える。
この村に名前は無く、エイガストの名前をそのまま使うのはエイガストが却下する。
「じゃあ、エイガストの名前と、改良に使った植物を足して、付けるのはどう?」
「それ良いかも!」
「資料こっち!」
「ノーマとリノは明日朝当番なんだから、もう遅いから話し合いは明日!」
ちょっとだけだと言って事務所から資料を持ってきて子供たちで会議をするも、畑仕事や狩りで疲れていたのか、ソファで一人また一人と寝入ってしまった。
こうなるだろうとエイガストは合間合間にベッドに行くよう勧めたのだが、誰も言う事を聞かなかった。やりたい事を優先するのは子供の特権だと諦め、一人ずつ部屋に運ぶ事にする。
「あら、急に静かになったと思ったら、皆んな寝ちゃったのね」
子供たちの後に浴室を使い、髪を下ろした軽装のパールが居室の状況を見て苦笑する。子供たちの声は浴室にも届いていたらしい。
「運ぶの手伝って貰っても良いですか?」
「ええ」
後日、村の全従業員が集まって名前の候補を出し合った結果、フーリア六号の商品名は「ストロベリー」に決定した。
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