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約一名を除いた和やかな道のりは、街道から村へと入る分かれ道で終わりを遂げる。牽引帯を解いて黒馬に跨ったパールは、六日後に顔を出すと言い残して爽快に駆けて行った。その別れを一番惜しんだのはフラれたニドーだった。


村の入り口にあった古びた木の柵(バリケード)は新しく作り直されており、内側の畑には野菜が青々と茂っていた。

牛小屋の隣に置かれた空の荷馬車には、ヴィーディフの屋号紋が下がっている。カストルが既に待っているらしい。

牛小屋の一部が馬用に広く仕切られており、馬車を引いていた馬が二頭休んでいる。ウエルテと顔を合わせても喧嘩をする様子は無かったので、一緒の部屋に放つ。


荷車に乗せていた露店の道具をラグの畑の前で下ろす。

荷車だけ借りてエイガストとゼミリアスの二人で行こうと思ったが、建設中の住居は少し高い位置にあり、ラグとニドーに手伝って貰わないと重量的に登れそうにない。階段の両脇が斜路(スロープ)になっているのは、荷車ごと登れるようにするためなのだと気づく。


「主任!」

「カストル、お疲れ様」

「呼んでくれれば手伝いましたのに」

「三人に手伝って貰ったから大丈夫。もう今日は終わった?」

「はい。今はトグニーの家で食事をしてます」


カストルの報告を聞きながら、荷車に乗せた荷物を住居に運び込む。売れ残った野菜を置いてラグとニドーは帰って行った。

最低限の家具しかない居室の隅に荷物を寄せて、エイガストはゼミリアスをカストルに紹介する。ぎこちない二人が挨拶を交わした後、住居の確認を兼ねて室内を散策する。


玄関は事務室に繋がり、奥の扉から広い居室へ繋がる。二人部屋が四部屋と、居室の天井の扉を手鉤棒で引っ張れば梯子が降りてきて屋根裏の倉庫に行ける。

広い居室から外に出た向かいに、建設中の炊事場ともう少し離れて浴室と便所と物置小屋の建設予定位置が、白い紐で囲われている。


「カストル、水は魔動式にしたの?」


水回りの側に井戸や手押し喞筒(ポンプ)がない。代わりに設置されているのは、水栓のついた魔動装置。魔力を流す事で中の青い魔晶石が反応して水を出す。原理としては魔装具と同じで、魔力を持っていないと使えない。


「はい。手紙でも伝えましたが、養護施設から三人を引き受けました。三人とも若干の魔力を持っていたんで、生活する分には問題ないですよ」

「今後、魔力のない人が入ってきたら?」

「それも、近いうちに解消されるかもですよ」


カストルから案内され、住居の裏手から温室を見下ろす。

建設予定の温室は全部で三棟。その内二棟は骨組みだけで、まだ屋根すら張っていない。

既に外枠が完成している温室に置かれた散水装置には、室内を巡る水道管が伸び、動力を得る導線は温室の天井に設置されたいくつもの小さな羽根車に繋がっている。


「総会長が試運転に丁度良いから調査報告よろしくって」


以前から父が鉄寄石を欲していたため、手紙と共に先日送ったばかり。なんでも、筒状に巻いた銅線の側で鉄寄石を回すと魔力が生まれ、それを利用して人の魔力を必要としない装置が作れ、更には鉄寄石と同じ性質の金属も作れるらしい。

それほど期間も空いてない内に仕上げてきたと言う事は、構想が既にあったとは言え殆ど寝ずに作業にあたった事だろう。そんな無茶な事をする工学者に一人、心当たりのあるエイガストは額を押さえた。


「エイガスト、あれは何?」

「あれは散水装置って言って、温室内全ての水やりができる機械だよ。近いうちに試運転するから、使い方はその時に説明するね」

(うん)!」


その後はトグニーの家に行って再会の挨拶と食事を済ませる。ルトとユニも再会に喜び、ゼミリアスともすぐに打ち解けた。

カストルから三人の少年従業員と軽く挨拶を交わした後、エイガストはヨヌルと共に厨房に立った。


「何を作られるんですか?」

「馬車の中でも食べられる、簡単な携行食を作ろうと思います」


オーブン用の皿にラグから貰った野菜を薄く切って並べ、麦粉と塩と香辛料を牛乳と混ぜて皿に流してオーブンで一晩焼く。焼くと言っても既に窯の火は消えており、残った熱のみで焼き上がる軽食。当日に食べてしまうなら、エイガストは携帯食料(パン)よりこちらを選ぶ。


「野菜をそのまま売っても大した利益になりません。なので、料理にしてしまえば良いと思いませんか?」

「ですが、料理人でもない私たちの料理が売れるとは……」

「以前、ヨヌルさんから頂いたタルト、美味しかったですよ」

「……ありがとうございます」


調理に使用した器具を洗い終えると、裏庭に生えてる大ぶりのティシュの葉を数枚手折る。どこにでも自生するティシュは使い捨て紙の代わりとして優秀で、庶民の庭に必ずに一本は植えられているし、便所の前にも一鉢必ず置かれているくらいに身近な植物。

摘んだ葉を一晩置いておけば、程よく水分が抜けて包み紙として丁度良いので屋台でもよく使われる。


「まずは形や色の悪い野菜類を使ってやってみます。好評だったら本格的に種類を増やしますので、その時は協力して下さると助かります」

「わかりました。村中の女性たちに声をかけておきます」


エイガストは翌日取りに来る約束をして、ゼミリアスを連れて家に戻る。カストルと三人の少年従業員は食事の後すぐに戻り、既に居室で寛いでいた。

カストルは三人を呼び集め、改めてエイガストに挨拶をさせる。エイガストは前もってカストルから受け取っていた略歴には目を通しているが、実際に言葉を交わすのは初めてになる。



「ノーマ。歳は、たぶん十」


短く切ったばかりの癖毛の金髪と深緑の眼。人間の男性で三人の中で一番の年長者ではあるが、農作業をするには細身すぎる。

食堂の厨房に忍び込み盗み食いを働いたところを捕えられ、罰金を支払う為に奉公にきたと、略歴にはあった。


「ジャック、です。八歳」


肩にかかる灰褐の髪を後ろで緩く束ね、細い髪に隠れて垂れ下がる獣の耳は猫属の特徴だが、随分と小さい。長い尾や薄青い眼に猫属の特徴が無い事から混血だとわかる。

略歴には、母親が亡くなり働き方を知らず、ゴミを漁って生活していた所を国に保護されたとある。


「リノ、七つ」


二本の短い三つ編みにした赤銅色の髪と眼。日焼けとは違う濃い肌の色はサディアル国でよく見る特徴。

三歳の頃に家族に置き去りにされ、養護施設に入った。一度は奉公に出たものの、その商会では真面(まとも)な生活をさせて貰えず逃げ出した経験があり、複数人で行ける奉公先を希望していたらしい。


「自己紹介ありがとう。俺はエイガスト、仕事場(ここ)の総監督です。既に畑の世話をしてもらってるけど、他にも覚えてもらう事はいっぱいあります。わからない事があったら、俺やカストルにいつでも聞いて下さいね」


エイガストの挨拶に三人は恐縮しながら頭を下げる。カストルやトグニーに対して緊張している様子はないので、数日もすればエイガストにも慣れるだろう。


どの国でも貧困や孤児の問題を抱えており、それはスフィンウェル国も例外ではない。スフィンウェル国では毎年養護施設から、少年従業員として一人以上を引き受け自立を支援する役目を担わなければならない。

引き受けた人数によって支援金等の特典が国から得られるが、特典だけを得て少年従業員に自立する賃金も能力も与えず、奴隷扱いをする商会も稀にある。そういう不正をする商会は大抵粛清済みでもある。


「それから、この子はゼミリアス。皆さんと一緒に仕事をしますので、仲良くして下さいね」


エイガストは続けてゼミリアスを紹介し、ゼミリアスは小さく頭を下げる。

互いの紹介が終わると三人はゼミリアスをソファに座らせて取り囲む。歳が近いぶん緊張や警戒する事もなく話せるのだろう。

子供たちを懐柔するのはゼミリアスに任せて、エイガストはカストルと翌日以降の計画を立てるのだった。





農村の朝は早い。

陽が空を明るく染める頃には目を覚ましており、食べ頃の野菜を収穫する。皆の畑で採れた野菜をラグとニドーの荷車に乗せ、二人が街へと売りに行く。余程の悪天候でない限り続く日課。


「では、行きますよ」


エイガストはレイリスの力を借りて、荷車に乗る(たらい)の水を凍らせる。街に到着する頃には程よく溶け、必要な時に少しずつ砕けば昼まで保つだろう。

天気の良い今日も冷やした野菜がよく売れるだろうし、近くで見ていた他店の野菜売りも売り方を真似するだろうが、氷水を用意できるところはそうそう無い。ただエイガストが居なくなると出来ない販売方法ではあるので、次の冬までに氷室を作ろうと言う案も出ていた。


ラグとニドーを見送り、トグニーの家で朝食を摂った後、株分けをした苗を温室に移す作業を全員で行う。

トグニーとその子供であるルトとユニ、少年従業員のノーマとジャックとリノ、そして村の女性三人に方法を説明。カストルにその場を任せてエイガストとゼミリアスは温室に向かう。


少し低めの細長い台が端から端へズラリと並び、販売する用の苗は地面ではなく高設栽培にて育成をする。

赤い実の成る物から株分けしても、元の黄色になるものが一定量出てしまうため、そちらは机の下の土に埋めて育てる。後日購入する予定の(ケッケ)の餌に丁度いいのだ。


「それじゃゼミリアス、起動させてみて」

(うん)


ゼミリアスが少し背伸びをして散水装置のレバーを下ろす。手を離すとレバーは戻ってしまうので、散水中は握っていないといけない。苗を育成中は装置を起動する人と水が行き渡ったか確認する人と、二人以上で作業をする事になる。

エイガストは配管から出る水の位置や量、排水の具合を確認してからようやく装置を停止させる。羽根車の強さによって水の量が増減するため、安定させるには作業者の魔力を一部供給する様にした方が良いかもしれない。

調査報告書に記載する要点を書き出しながら、エイガストはゼミリアスに尋ねる。


「どうだった?」

「楽しい!」


魔法で水を生み出す事ができても、機械から水が勝手に出てくる装置は面白いらしい。今朝エイガストが野菜畑から戻ってきた時に、水栓装置の周りが随分と水浸しだった原因がわかった気がした。


病気などで弱ったものを弾いて株分けした苗の内、二番と三番と五番目を台の上の栽培容器へ植え直し、一番と四番目を台の下の土へ植える。作業に問題がないと判断したエイガストは、カストルに現場を任せてヨヌルの待つ炊事場へ向かった。


昨夜焼いた生地は手頃な大きさに切られ、見本の一つだけを残して全てティシュの葉で包まれていた。大人なら二口で食べ終えてしまえる小さな軽食。

エイガストは切れ端を一口食べて味見をする。野菜を使ったためか通常よりしっとりしているが、食べ応えは悪くない。

味見をしたヨヌルも、普段口にしない味付けで子供の食いつきも良さそうだと好評を得た。

長旅が続くと携帯食料(パン)の味に飽き、香辛料を強めに付けて味の変化を求める事も多いが、それは食材が限られる村の中でも同じらしい。


ヨヌルとエイガストは街道沿いに机を置き、卓布を敷いて商品を並べる。往来の馬車から見える様に置いた看板には「クーヘン屋」と手書きする。

国都へ向かう定期馬車や、国都から街へ下る大きな商い馬車やら荷馬車を見送る。


「止まってくれませんね……」

「でも速度を緩めて見てくれてますから、興味は引いてるみたいですよ」


ここに店が在ると認知されるまでの数日は、どうしても様子見で終わってしまう。最初はこの道を往来する客がどういった商品で足を止めるか、売り物を変えながらこちらも様子見をする。

売れなかったものは夕飯に出せば良い。食べ盛りの子供が多いので残る事はない。


場所を少し広げる為に木をいくつか切り、その木でテーブルとカップを作り、切り株を椅子にして茶を飲みながら刺繍や編み物をして客を待つ。そうして数日経つ頃には、一杯の茶を飲む休憩所として時々馬車が停まるようになった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。


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誤字脱字も気を付けておりますが、見つけましたらお知らせください。

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