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スフィンウェルの国境を抜けて十日。

広々とした麦畑の農村を経由し、柵の向こうに小さく見える牛や馬の放牧を見ながら、エイガストたちは街へ到着した。

以前訪れた際、ダンフェという傭兵に紹介された宿を利用しようと思ったが、どうやら今夜は満室らしい。

通りを一本入ったところにも宿があると紹介され、今回の滞在はこの宿に決まった。ウエルテは隣の馬用の宿に預ける。


「この後は、市場の調査とユーアン商会に寄ろうと思います」


陽の角度が真上から少し傾いた頃、三人で昼食を摂りながら、この後の予定を話す。

国都に程近いこの街では最新の流行のが訪れるのも早い。前回の訪問から半年も経っている今は、何が人々を魅了しているのだろうか。


「ユーアンって、転々茸(マイコニド)の解熱剤をお願いしたところね」

「はい。それの市販薬ができたと耳にしましたので、購入に行こうかと」


山猫人(リユーン)の居た村で蔓延した転々茸(マイコニド)による熱病。その時に使用された解熱剤を研究し市販薬として生産する様に、国経由で通達をしたのが数ヶ節(すうかげつ)前。

もう流通できるほどに増産できたらしい。


「ゼミリアスとパールさんは、先に商店通りに行ってください。俺は役場に寄って薬を買ってから合流します」

「わかったわ」

「何か、買っておくもの、ある?」


赤茄子の冷製スープが気に入ったのか、二杯目に口をつけながら、ゼミリアスが買い物の有無を尋ねる。

エイガストは少し考えてから、一本のナイフをゼミリアスに手渡す。それはエイガストが野営で肉を捌いたり、草や枝を切る時に使っているもの。何度も研いでいるため、刃が少し小さくなるくらい使い込んでいる。


「ナイフの握り部分に巻く革を、新調しようと思ってたんだ。探してみて貰えるかな?」

「ボクが決めて、良いの?」

「うん。お店の人と相談して決めてきて」

ウィッカ(わかった)


食事を終えて、エイガストは一人役場へ向かった。

使用済みの空き瓶の引き取りと、獣の牙や小さな鉱石の換金を行う。手続きを待っている間に、なんとなく目をやった依頼掲示板を眺めていて気づいた事がある。


洞窟(ダンジョン)が踏破されてる……」

「そうなんです。危険度が低い分、実入も少ないのであまり調査が進まなかったんですが、この半年で若い三人組が踏破して下さったんですよ!」


口に出するもりのなかったエイガストの独り言を、耳聡く拾った役場の職員が嬉々として説明してくれた。

洞窟(ダンジョン)を踏破した若い三人組は"初めての冒険"を援助した彼等だろう。制覇すると言っていた彼等の成果を目にして、エイガストは少し嬉しかった。


換金を終え、二日分の短期売買許可証を発行してから役場を後にし、商店通りにあるユーアン商会の直売店に立ち寄る。

カウンターの奥に並ぶ数十種類にも及ぶ薬草棚。軟膏や貼り薬といった調合済みの外用薬と一緒に並ぶ、転々茸(マイコニド)の解熱剤。

まとめて作る事で、ある程度の費用は抑えられるが、この辺りで転々茸(マイコニド)が生息しそうな場所に心当たりががない。それでも棚に用意されている理由は一つ。

エイガストの様な旅商人がまとめ買いし、遠くの街や外国に持っていき、必要とする者に届けること。


転々茸(マイコニド)の解熱剤の管理方法や成分を聞いても良いですか?」

「勿論です」


転々茸(マイコニド)の足から抽出される成分と同じ作用を引き起こす化合物は、別の薬で使用されている殻蜥蜴の尻尾にも含まれていたらしく、比較的簡単に作れたらしい。

けれど値段は、まだ気軽に買えるほど安くは無い。

エイガストは薬の仕様書と製薬日の日時を確認して、解熱剤を複数買い込んだ。





商店通りに目星いものが見つからなかったゼミリアスは、露店が並ぶ広場まで来ていた。商店とは違ってどの店も商品に統一が無く、武器も食べ物も薬も生き物も同じ店で扱われていたりする。

ゼミリアスは武器のパーツを交換するという露店で、握りに巻く革を吟味していた。


「随分と使い込んだ代物の様だが、小童(ぼうず)のじゃ無いな?」

(うん)。エイガストが、いつも使ってる」

「そうか。一般的なのは角羊(ヤギ)か鹿だな。少し高いが大蜥蜴や蛇もおしゃれになるぞ」


露店主に勧められる革を、ゼミリアスは難しい顔をしたまま触ったり引っ張ったり、隣で待つパールに相談したり。

他に客はいないため店主も急かしたりはせず、おつかいを頑張る孫を見る様な眼差しで様子を見ていたが、ゼミリアスの腰に提げた短剣に目が行った。


「今どき珍しいな。カランソンは流行らんだろう」

「からんそん?」

「その腰の短剣だ」

「ボクは、大きな剣が持てないから、エイガストがこれを、くれたの。とっても良い武器って言ってた」


この短剣がいかに素晴らしいかを語ったエイガストの言葉をそのままに、嬉々として語るゼミリアスに店主は少々苦笑いしながら聞いていた。短剣の鞘を半分抜いて刀身の根元部分に彫られた銘をゼミリアスは店主に見せる。


「それでね、ここの羽が、二枚になってるのが、一番って言ってた」

「そいつはカランソンの二代目の作品って意味だ」

「おじさん詳しい?」

「じゃなきゃ、こんな店やってないさ」


そっか、とゼミリアスは納得した。

鞘に納めて剣帯に戻そうとするゼミリアスの手を店主が引き止める。


小童(ぼうず)、その腰の短剣は何もしなくて良いのか?」

「んと、どうかな。あんまり、使ってないよ」

「見てやろうか?」

「良いの?」

「ああ、ゆっくり選びな」


短剣を受け取った店主は鞘から抜いて状態を見る。(こぼ)れた刃を隠す様に丁寧に研ぎ直されているが所詮は素人、店主は短剣を手早く分解して汚れを落として刃を研ぎ始めた。


「とても手際が良いのね。どこかで雇われていて?」

「ずっと昔にな。住んでた街の周辺が平和になって、武器の需要が減ってな。こうして(わし)の方から出向く事にしたんだが、意外と性に合うんだ」

「そう。どこの出身か聞いても?」

「国都の東の方さ。川を挟んだ二つの街が、橋を架けて大きな一つの街になった所だ。一度行ってみると良い」

「そうね、いつか行ってみたいわ。何かおすすめはあるかしら」


遊覧に適した場所や、料理や特産品などの会話をしながらも、店主は手を止める事なく刃を研いでいった。

程なくして革の種類を決めたゼミリアスは、短剣を研ぎ終えた店主にそれを告げる。細く割いた革を数本の束に分けて、手癖に合わせて覆いながら編み込んでいく。最後に根付の金具で止めて、汚れを拭き取って完成。


「ほらよ」

「オゥタージェ。ありがとう!」


ナイフを受け取ったゼミリアスは店主に少し多めの硬貨を渡す。


「釣りだな、ちょっと待ってろ」

「ニェ。ボクの剣も、綺麗にしてもらった分」

「それはこっちが勝手にやった事だ、心付(チップ)は要らねェよ」

「ニェ!」


ゼミリアスは両手を引っ込めて首を横に振り、立ち上がってパールと共に去ろうとする。個人で露店を開いている以上、店主は離れる客を追いかける事はできない。

押し切られた店主は手近にある商品からハンカチーフを掴む。


「ならせめて、こいつを持ってけ。折角綺麗にしたんだ、毎日ピカピカにしてやったら短剣も喜ぶだろ」

「ん……わかった。ありがと!」


消耗品である手入れ用のハンカチーフを受け取り、ゼミリアスは露店を離れた。店主も軽く手を振って見送る。


その後はエイガストと合流し、広場の一角でエイガストと共に露店を開く。パールはその間、ウエルテと走ってくると言って離れる。

広げた布の上に並べるのは、シルフィエイン国で復興支援をした際に買い取った小物雑貨。

スフィンウェル国では見かけない柄の刺繍や刺繍珠(ビーズ)細工、鉤針で編まれたぬいぐるみや、手触りの良い木材や偽硝子で作られた置物など。安価な物ばかりで利益としては少ないが、ゼミリアスが露店を一人で取り回す練習には丁度良い。


陽が傾きかけ、パールが戻る頃に合わせて片付けを始めようとした時、小さな女の子が訪れた。年の頃なら六歳ほどだろうか。大きさの合わない使いこまれた服は、親や親戚からのお古なんだろう。

しばらく露店に並べている偽硝子で作られた耳羊(ウサギ)の置物を見つめているが、手に取る事もお金を出す仕草も無い。


「これが欲しいの?」


ゼミリアスの問いかけに女の子は頷く。


「お金は持ってる?」


この問いかけには首を横に振る。

置物は欲しい、けれどお金が無い。それでも諦めきれなくて女の子は食い入る様に見ていたのかと、ゼミリアスの後ろで見ていたエイガストは思った。

ゼミリアスは対処に困ってしまってエイガストに目線で助け舟を要求する。


「お嬢さん、もし良かったら物物交換しましょうか?」

「こうかん?」

「はい。食べ物でも玩具(おもちゃ)でも手作りの物でも大丈夫。好きなものをなんでも一つだけ交換します」


お金じゃなくても手に入ると知り、女の子は目を見開いて頬を染めた。

そこへエイガストは注意を一つ付け加える。


「でも、お父さんやお母さんの物を勝手に持ってくるのはダメです。必ずお嬢さんの持ち物を持ってきてください」

「わ、わかった!」

「今日はもう遅いから、交換は明日にしましょう。それまでこの耳羊(うさぎ)さんは取っておきますね」


女の子は大きく頷いて一目散に帰って行った。

女の子を見送った後、露店の荷物を片付けながらゼミリアスはエイガストに尋ねる。


「お金じゃなくても渡して良いの?」

「品物にもよるけど、お互いの欲しい物が一致するなら俺は応じてるかな。ほら、あそこの店も」


エイガストは少し離れた露店の武器と毛皮を交換している様子を指す。


「宝石じゃなくても、良いんだ」

「そこは本当にお店次第だね。宝石や貴金属の価値は判りやすいから、大抵の店で扱ってくれるけど」


気をつけなければならないのは、粗悪品や偽物を交換しようとする者がいる事。中身が封じられてその場で確認できない珍品や食品は特に注意している。


「エイガストも、失敗した事ある?」

「あるよ。いっっっぱい」

「聞きたい」

「いや、流石に恥ずかしいから」

「ボクの、今後の参考にしたい!」

「うぅ……」


確かに知らないよりは知っていた方が良い内容もあるが、未熟な時の失敗談を期待されてエイガストは言葉に詰まる。

ゼミリアスの質問攻めからエイガストが逃げ回っているところを、ウエルテの散歩から戻ってきたパールに見られ、ゼミリアスと一緒になって聞かれる羽目になるのは、この日の夕食時の事だった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。


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