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閑話 咎


男は雨の中を走っていた。


盗んだ馬は途中で使い物にならなくなり捨ててきた。

泥濘(ぬかるみ)に足を取られても、重そうに抱えた袋は離さず。

汗か雨雫か。全身を濡らして走り続けた男は、国境の手前にある山まで辿り着いた。


もう少し。

国境さえ越えれば探し出す事などできはしまい。

そう自身に言い聞かせて、男は山道へと入る。

雨雲のせいで昼間でも薄暗いと言うのに、山の中では更に暗い。

濡れた山道から足を踏み外さない様に注意しながら、雨に体力を奪われながらも男は進める足を止めなかった。





初めは、男にだって罪悪感はあった。

主人が女を買い、地下室に閉じ込め、蝶に仕立て、金を得る。

表向きは主人の執事として従事し、裏では地下室の蝶に躾を施すのが、長年の男の仕事だった。


ある日、シルフィエイン国で戴冠式が行われると聞きつけた主人が、邸宅を一節(ひとつき)ほど留守にする事になった。エルフェン族の女を仕入れる場所を空ける為に、二人くらい好きにして良いと男に言い残して。

男は蝶として使い物にならない女を二人選び、散々陵辱してから侍女長に処分させた。


その事に激怒した一人の女がいた。

処分した女の片割れと同時に買われてきた女だと、男は記憶していた。

檻の奥から女が叫ぶ、男を侮辱し罵倒し軽蔑する言葉で頭に血が上った男は、喚く女の首を絞めて黙らせた。


その時だった。

女の額に埋め込まれた赤い石が、血の様に鮮やかな色へと変化する。主人が面白いものを手に入れたと言って、嬉々として女たちに埋め込んだ赤い石。

前に処分した二人の女にも付いていたが、こんな変化はなかった。


一歩、二歩。後退する男の目の前で、事切れた女の体が黒く変色し、見る間に姿を変えていく。

男は走り出し、地下室の鉄製の扉を閉じる瞬間に目撃したものは、額に(あか)い石を持つ小さな獅子の魔獣だった。

手近にあった木の板で扉を塞ぐ。魔獣は何度も扉に体当たりをするが、小型な分それほど力は無いらしい。


しかし、これでは地下室の女たち全てが魔獣の餌食になってしまう。男が知る限り、地下室の存在を知る者に魔獣を狩れる程の実力者は居ない。

主人が帰ってくる前に、女が全滅する前に、対策を取らなければ。男が魔獣の処分方法を考えていた時、主人の訃報を耳にした。


それからの男の行動は迅速だった。

先ずは邸宅で地下室の開き方を知る侍女長を井戸へ処分した。

次に主人が女を買い付けていた賊へ、一般民を巻き込んで暴動に見せかけた強盗を提案し、邸宅の鍵を売った。

そして賊が作戦を決行する前に、主人の隠し財産を手に男は街から逃亡した。





それが数日前の事。

もう既に邸宅に押し入った賊と警備兵とが争い、蝶を買っていた金持ちや上層部の息のかかった警備兵が裏帳簿を探すか処分をしている事だろう。

その混乱が落ち着く頃には、男は既に国外へ逃亡し名前を変えて、小さな街か農村で暮らしているという算段だ。

腕に抱えた財産を元手に、一からまた始めれば良い。

そう思いながら雨の降り(しき)る暗い山を歩いていた男の前に、一人の女が現れる。


鮮やかな赤紫色の長髪と緋色の瞳。雨に濡れた服が体に張り付き、妖艶な色気を纏わせた女。こめかみから角を生やした容姿から、獣人もしくはその混血だろうと推測できるが、それは些細な事。

出会う場所が違えば男は火遊びに興じていただろう。

空からふわりと降ってきた女は、男の進路に立ち塞がる。空を飛べる程の法使(メイジ)が追手として来たのだと思った男は、荷物を抱え直すと別の方向へ逃げ出した。


女が左手の人差し指をクイっと寄せると、男の抱えていた荷物が勢いよく女の元へ引っ張られた。手を離さなかった男は地面を引き摺られ、荷物と共に女の足元へ。


「あらあら。ダメじゃない、勝手に持ち出しちゃ」


女は小さな子供を嗜める様な言葉を吐きながら、男から奪った荷物から一つの瓶を取り出した。瓶の中で赤い石がカランと音を立てて転がる。

主人の隠し財産から金貨の他に手当たり次第に放り込んだ貴金属の中に、あの赤い石が紛れ込んでいた事を男は今初めて気づいた。


「思ったほど成果はなかったわね」


女の気が赤い石に注がれている間に、男は荷物を奪い返し駆け出した。女は逃げる男の背中を目を丸くして見ていたが、不意に不気味な笑みを浮かべた。


男は再び山道を走った。時折後ろを振り返るが、あの女の姿は見えない。

追ってきてはいない、そう油断した瞬間、男の世界が逆さまになった。否。男は、自分が仰向けに倒れた事に気づくのに、少しの時間を要した。


起きあがろうとするも、力が入らない。

口の中に広がる鉄の味と、呼吸をする度に痛む胸。

大きな何かに押さえつけられた四肢。

耳に残る肉を食む様な不快音が、すぐ近くで聞こえる。


男は視線を動かす事が出来なかった。

自分の腹の上で行われている行為を見る勇気など、男は持ち合わせていない。

薄れゆく意識の最期に男が見たものは、赤紫色の髪の女が浮かべた恍惚の笑みだった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

次の章は一月までに開始できればと思います。


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