閑話 懐抱
街に到着と同時に商隊を離れ、エイガストたちは役場に向かう。
街の北側にある出入り口の門はスフィンウェルの関所となっており、旅手帳の手続きを終えていないと通る事ができない。
旅手帳が手元に戻ってくるまでの二日分の宿を取り、市場を巡って農産物の出来をみて、商店通りを周って流行や新製品を調べた。
その夜、ゼミリアスが寝支度を済ませてベッドに潜っても、エイガストは逓送組合から受け取った書類と向き合っていた。
「エイガスト、眠らないの?」
「うん、もう少し片付けてから寝るつもり。先に寝てて良いよ」
ゼミリアスが眠りやすい様に、エイガストは卓上ランプの光量を少し落とした。
ゼミリアスは暫くの間ベッドの中からエイガストを見つめていたが、そのうちベッドから出てエイガストの腕を遠慮がちに引いた。
「エイガストも、寝よう?」
「……わかった。片付けるから、ちょっとだけ待って」
エイガストは机に広げていた書類や筆記具を素早く鞄に仕舞い、卓上ランプの光量を最少に抑えてからゼミリアスのベッドに腰掛けた。
「エイガスト。あの時から、元気ない」
「そう?」
「うん」
時々、ゼミリアスはこうして甘えてくる。そしてそれはいつも、エイガストが少し落ち込んでる時。
顔に出さない様に気をつけていても、ゼミリアスにはいつもバレてしまう。それだけエイガストの事を見ているのだろう。
「ゼミリアスに隠し事はできそうにないなァ」
ゼミリアスの言った「あの時」とは、無くした記憶を取り戻す事に迷いを覚えたあの夜の事。
自分は本当に思い出したいのだろうか。
暇になると始まる答えの出ない自問自答から目を背けて、ここ数日のエイガストは休まず何かを請け負い、眠くなるまで書類と向き合っていた。
「ボクは、まだ子供で、全然頼りない、だけど……一緒にいるよ?」
「ありがとう」
二人はベッドに並んで横になり、エイガストはゼミリアスに身の上を話す。
記憶を無くして行き倒れていた自分を、今の両親に拾われ育てて貰った事。
自分が何者か不安を抱えたまま、親の商会を継げないと言い訳をして旅を始めた事。
いつか現れるかも知れない、本当の両親に対する倉皇する感情。
そして、エイガストの事を知ってる様に話したギヴとの関係に危惧している事。
寝物語には不適切な内容だったが、ゼミリアスは最後までエイガストの話に耳を傾けた。
「エイガストは、強いね」
「そんな事ないよ。ずっと迷って……逃げてばっかりだ」
「ニェ。ボクは、怖くて動けなくて、ずっと誰かが、手を差し伸べてくれるのを、待ってる事しか、できなかった」
「それは……俺がそうして欲しかったからだよ」
不安に揺れる眼差しで「助けて」と言ったゼミリアスに、エイガストは幼い自分を重ねて見ていた。誰のためでも、ゼミリアスのためでもない、自分自身のための行為。
感謝される様な事は何一つしていない。
「それでも、ボクは嬉しかった。エイガストは、ボクを救ってくれた。だから今度は、ボクがエイガストの、力になりたい」
ゼミリアスは両手を伸ばし、エイガストを抱き寄せた。
エイガストはされるがままにゼミリアスの胸に顔を埋め、頭をゆっくりと撫でられている。それが酷く心地好くて目を閉じた。
「いっぱい話して。エイガストの答えが見つかるまで、ボクも一緒に探すから」
「うん。……ありがとう」
小さな腕に抱かれながらエイガストが見た夢は、とても温かくて懐かしさに満ちていた。
旅に出てからすっかり忘れていた両親の優しさが恋しくなって、仕事以外で初めて両親宛に手紙を書いた。
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