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地下室から救い上げたのは十三人。オウンの持つリストの半数にも満たない。売られたのか逃げおおせたのか、行方がわからない者は更なる捜索を続ける必要がある。

全員を医院に運び込めるほど施設は整っていないため、街長の邸宅に医師を呼び診療を施した。

長年の不衛生な環境と不十分な食生活による衰弱。まともな治療も施されなかった傷痕は、魔療使(ヒーラー)による魔法をかけても消える事はなかった。


そして何人かの体の一部に小さな赤い石が埋められており、外そうにも体と癒着しているのか痛みを伴うため、医師等の間で対処方法を協議している。

パールは地下室にいた小型の魔獣と関連があるものと見て、話をできるほどに回復した女性たちから話を聞いた。向かいの檻で目撃した女性から聞き出せたのは、執事によって暴力を振るわれている最中に、突然魔獣と化したと言う。

邸宅には石を作るような設備はなかった。誰かから受け取った可能性は高い。魔獣化した女性と魔獣化していない彼女等の違いはどこにあるのか、何の目的で行ったのか調べる必要がある。


共犯と思われる侍女長と執事は、数日前から行方を晦ませており、執事に至っては街を出た記録が残っていた。

向かった方角からスフィンウェル国に逃亡したと予測し、パールの指示により指名手配をかける。それと同時に潜伏も考慮して国境の山を狩る。

六日後、山の中腹で執事の遺体が発見された。獣に喰われ蛆の湧いた無惨な姿は、彼の最期に相応しいものと言えよう。

侍女長に関しては、未だ手がかりはない。


エイガストと言えば、毎日の様に邸宅に赴き、ゼミリアスと共に医者や世話人に混じって女性たちの看護にあたっていた。

救出までの協力のつもりでいたが、惨状を目の当たりにした手前、現状を放置する事が出来ずに結局雨季をこの街で過ごす事にした。


しばらく留まるのであればと、パールはこの街にセイクエット国の代表を召喚した。

女性たちの出身が外国にまで及ぶ事と、街長による人身売買の関与と上層部の隠蔽工作、賊から聞き出した拉致組織についての話し合いは数日かけて何度も行われる。


「お疲れ様です。大丈夫ですか?」

「はい……大丈夫…です」


邸宅で女性たちに食事を提供し、使用済みの皿を洗っていたエイガストの隣で、同じく皿を洗うのは副街長のケンディック。

エイガストたちとは脅しから入った出会いだったが非常に誠実な青年で、今回の件にも真摯に対応してくれている。しかし街長の尻拭いに奔走したここ数日でげっそりと痩せてしまった。目の下には隈ができている。


「少し休んでください。倒れますよ」

「しかし、彼女たちに私がしてやれるのはこのくらいで……」


街長だったドーガンの悪事は人身売買以外にもあったらしく、ケンディックは副街長となってから何度も改善しようと試みたが、ドーガンの賄賂を受けた役人によって妨害にあっていた。

今回の事を片付けた後は、出来なかった改善案を一気に進めていこうと準備しているそうだが、その前に体力が尽きそうである。


「ケンディックさんには、まだまだやらなければならない事があるんですから」


エイガストはケンディックの持っていた皿を奪って洗い場から追い出して、使用人の休憩所として使われる小部屋まで引っ張る。この時肌に触れて初めて、ケンディックが軽い発熱をしている事に気づいた。反応が緩慢なのは寝不足だけではなかった。


「やっぱり体調崩してるじゃないですか」

「まだ平気だ。それより休んでる場合では」

「いいえ、今休めば明日には回復できますが、無理をすればそれこそ数日を要します。どっちを取るかなんて分かりきってますよね」

「クルディス代表にお渡しする文書が」

「俺が代わりに届けますから。封筒の色はなんです?」


有無を言わさず簡素なベッドにケンディックを押し込むエイガスト。余程疲れていたのだろう、横になって数分もしない内にケンディックは眠りに落ちた。

残りの皿を洗い水気を拭き取った食器を棚に戻したエイガストは、女性たちの回診にきた医師にケンディックの状態を伝えて役場に向かった。


「エイガスト!」


馬の蹄と呼び声に振り返ると、薬草摘みから戻ってきたゼミリアスだった。最終の選別はエイガストが行うが、採集はゼミリアスに任せている。近頃は見分ける速度が上がったのか、摘んでくる量が増えつつある。


「休憩?」

「これから役場に行くところ。ケンディックさんが倒れちゃったから、代わりにね」

「そっか。(ウイルオ)の皮も、少し採れたから、後で見て」

「ありがとう、後で確認するね」


ウエルテを歩かせ宿に向かうゼミリアスの背を見送り、エイガストも役場へ。住人で混み合う窓口を通り過ぎ、上階の会議室へ。パールや副街長と何度か訪れているため、今では止められる事もなくすんなり通してもらえる。

エイガストが会議室の階層にくると、今日の協議が終わったのかゾロゾロと人が出てくるところだった。


「あら、エイガスト。どうしたの?」

「パー…ラスフォード様。ケンディック副街長が倒れましたので、代わりに届けにきました」

「ありがとう」


人目を意識して愛称呼びを躊躇ったエイガストに苦笑しながら、パールは封筒を受け取り、そのまま後ろに立っていた長髪の男性に封筒を回す。

封筒を受け取った男性は柔らかな笑みを浮かべてエイガストを見下ろす。


「貴方が、エイガストさん? 初めまして、噂は予々(かねがね)耳にしています」

「は、はい。初めまして。エイガスト・ヴィーディフです」

「ご丁寧に有難う御座います。ご存じだとは思いますが、(わたくし)はキリエル・クルディス。この国の代表を担っております」


パールが呼びつけたセイクエット国の代表、キリエル・クルディス。

彼の物腰の柔らかな言動と奇抜な政策をいくつも打ち出しては改革を進める手腕から、多くの国民からの支持と共に期待を背負っている。


「この度は(わたくし)の力が及ばず、街長等の悪事を暴けず申し訳御座いません。そして囚われていた女性たちの解放に尽力頂き、有難う御座いました」

「か、顔を上げて下さい。俺…私はそんな大層な事はしてません」


狼狽(うろた)えるエイガストに深く頭を垂れていたキリエルが顔を上げたところを見計らって、パールがエイガストに尋ねる。


「ケンディックさんの容態は悪いの?」

「過労による軽い発熱です。一晩休めば回復すると思いますが、街長の邸宅で医師にも診てもらいます」

「そうしてくれると助かるわ。彼を街長にって要望が住人から結構来てるらしいのよ」


ね、と同意を求めるパールにキリエルは頷いた。

上層部を一新する為の人員の選出や業務の見直しなど、課題は山積みらしい。しばらくは一番近い港街から役人を派遣して立て直すと言う。

すっかり話し込んだ三人の元に役人が一人、キリエルを呼びにやってきた。わかったと返事をしたキリエルはエイガストに向き直る。


(わたくし)はこちらで失礼致します。貴方の今後の活躍を期待しております」

「はい。ありがとうございます!」

「それじゃエイガスト。また夕食の時間にね」


役人について行くキリエルを追って、パールも階段を降りていく。エイガストも役場を後にし、ケンディックの様子を見に街長の邸宅に戻って行った。



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