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044


囚われていた女性たちは、街長の邸宅で侍女をしていたという。街長だったドーガンの評判は低く、給金が良いから働いていただけと、随分素っ気ないものだった。

見知らぬ女性や子供が出入りした事があるかとの問いには皆揃ってないと言った。


「あ、でも、変な指示を時々受けたわ」

「変な指示?」

「そう! 一人しか居ないのに二人分の食事を街長の私室に運ぶとか」

「私は夜中に、女性の悲鳴を聞いた事があるわ」

「それ、啜り泣く声を聞いた子もいるらしいわよ。可愛い子にはすぐ手を出すんだもの」

「あとは女性物のドレスを注文してた事もあるわ。彼女もいないのにねー」

「女性用の宝石も良く買ってたわ。デザインが古臭くて宝石が台無しよ」

「お尻を触られた」

「目つきがいやらしい」

「暴力的」

「口が臭い」


お喋りな彼女たちから出てくるドーガンの悪態は、止まる事を知らない。

会話の合間から得られる情報によると、夜だけ賄いの料理は多めに用意している事や、一節(ひとつき)に二度ベッドの総数より多いシーツを洗う日があるらしい。

彼女たちも知らない場所に隠されているのだろうと考え、オウンは彼女たちのお喋りに割り込んで再び尋ねる。


「ドーガンは暫く留守にしていたと思うが、その間邸宅を仕切っていたのは誰だ?」

「侍女長と……執事かしら」

「そういえば執事さんはここ数日見なかったわね」


一通りの情報を得られたところで面会時間の終了が告げられる。礼を言って面会室を出たエイガストとオウンは、その足で警備兵の上司に街長の邸宅の捜索を願い出た。

しかし、どんなに評判が悪くても街長の邸宅。機密の文書類を一般民に、更には外国人に見られる訳にはいかないと。

副街長かそれ以上の許可を貰って出直せと追い出された。


「既に賊に侵入されてるんですけどね」

「成程。忍び込めば良いんだな?」

「二人とも。やめなさい」


当然といえば当然なのだが。ふて腐るエイガストとオウンをパールは苦笑しつつ(たしな)める。

邸宅を調べるために忍び込めば、それは結局賊と同じ事をしている。できればしっかりと手順を踏み、警備兵(かれら)の協力も得て調べたい。

昼食の後に副街長との面会をどうやって取り付けるかの相談をしながら宿の前まで来た時、上の階からゼミリアスの声が降ってきた。


「エイガスト! お客さん、来た!」


客室の窓から大きく手を振ってエイガストを呼ぶ。もしかしたらと思ってゼミリアスに留守番を頼んでいたが、エイガストの予想よりずっと早い手紙の返信だった。


『やァ元気にしてたかい? こんなに早く手紙をくれるなんてとても嬉しいよ』


エイガストは部屋について早速手紙を開封し、最初の無駄な文章を読み飛ばしながら内容を確認する。

そして同封されていた書類に目を通し、エイガストは笑った。


「これとパールさんの権限があれば、すぐにでも行けそうです」





その日の午後、書類を手に副街長から許可を貰ったエイガストたちはドーガンが使用していた街長の邸宅を訪れていた。

オウンの持っていた名簿には、サディアル国出身と思われる人が何名かいた。エイガストはイェン王に手紙を出し、彼等の照会を行った。

結果、行方不明として今でも捜索の対象となっている者たちだった。受け取ったのは真夜中に近かったと言うのに、直ぐに調べた上に必要な書類を揃えて半日で送り返してきたのだから、イェン王も早急な解決を望んでいるのだろう。

オウンの持つ名簿、サディアル国の捜索協力の公文書、スフィンウェル国の権力でもって副街長を(なか)ば脅して今に至る。


「見事に何もありませんね」


タイトルだけの何もない台座や額縁の跡だけ残された壁、宝石を無理やり外された穴だらけの家具を横目に、エイガストたちは警備兵に混じって邸宅を捜索する。

と言っても既に賊が捕まっているため、警備兵たちは新たな侵入者でもいない限り暇そうではある。

オウンの鼻を頼りに一部屋ずつ確認すると、ドーガンが使用していた私室が一番臭うらしい。棚から落ちて散乱した公的文書と思われる綴本(とじほん)を隅に寄せながら、部屋を詳しく調べる事にした。


「私はこの中から証拠になりそうなものを探すわ」

「ボクも、手伝う」


パールとゼミリアスに綴本の確認を任せ、オウンは臭いを辿って私室の奥の寝室へ向かった。


「壁の向こうから臭う」

「成程」


エイガストは壁を端から順に叩いていくと、小さな暖炉の隣の一部分だけ音が違った。壁紙で綺麗に隠されているが、四角く区切られたほんの僅かな切間が、隠し扉だと推測できる。

しかし開き方がわからない。ノブがないのでエイガストとオウンの二人がかりで押してみるが、びくともしなかった。部屋のどこかに開く為の仕掛けがあるはずだと、エイガストは眉を寄せて綴本を見ていたゼミリアスを呼び、扉に魔力を流すように頼んだ。


「大抵の仕掛けを動かす動力は蒸気か魔力。扉に魔力を流せば制御装置が反応して開くかも知れない」


ゼミリアスは扉に手を当てて、少しずつ魔力を流してみる。すると壁を伝って拡散する筈の魔力が、導かれる様に私室の机に向かって流れていくのを見た。

どうしてそうなったのか、ゼミリアスが首を傾げる側で、隠し扉を押してみるエイガスト。


「開かない、か。ゼミリアス、魔力がどこかに向かって流れて行かなかった?」

「あっちの机に、流れて行った。どうして?」

「導線が引かれてるんだと思う。来て」


もう一度、今度は机に魔力を通して制御装置の位置を把握。

エイガストは開かない机の引き出しの下へ腕を伸ばして手探り、小さな突起を見つける。押す事ができる仕掛けになっているが、反応しない。


「いっそ壊すか?」

「いえ、やめておきましょう。罠でも仕掛けられていたら大変です」

「そうか。もどかしいな」


仕掛けに関して協力できずにいるオウンの耳と尾が少し垂れている。

エイガストは、そんな事ないと首を横に振る。


「いえ。オウンさんの鼻のお陰で扉の位置を特定できた様なものですから」


次にエイガストが向かったのは暖炉。灰が残され、上部に煤が残っている。毎朝掃除されている筈の暖炉が汚れたままであり春も過ぎた温暖なこの時季に、部屋を暖める以外の用途があると予測したエイガストは、警備兵から薪棚の場所を聞き出して拝借した薪を暖炉に設置して点火した。

程なくして壁の中から歯車の軋む音が響く。錆びた様な金属音は真夜中に聞けば女性の悲鳴に聞こえなくもない、かも知れない。

エイガストは再び机の下のボタンを押す。ガチャンと鍵の外れる音の後、隠し扉が開いた。


「階段。地下室があったのか」


窓のない薄暗く細い階段は、部屋と部屋の間に造られた隠し階段。暗闇の底を覗きながらオウンが呟いた。

今回はオウンの鼻のお陰で見つける事ができたが、邸宅の間取り図をドーガンは残していなかったため、見つけるのは難しかっただろう。エイガストはこの仕掛けを一体誰が手掛けたのか気になるところだった。


「俺たち先に降りますけど、パールさんどうします?」

「私も行くわ。めぼしい資料は既に処分されてるみたいだし」


街を治める街長が人身売買に関わっていた醜聞を揉み消す者が、警備兵に指示でもしたのだろう。綴本を足元に散乱させていたのは、賊が荒らした様にみせかけて破り取った事を悟られないように誤魔化したのかも知れない。


長く狭い階段をカンテラで照らしながら、四人は列を成して降りる。

二階にあるドーガンの私室から一階を通り過ぎて地下まで降りた頃、階段の終わった先には木の棒で雑に封鎖された金属製の扉と、綴本が乱雑に積まれた古い机のある小さな空間に出た。

早速パールは綴本の中から証拠となる物を探りあて、腰のポーチバッグに仕舞い込む。

カンテラを金属扉の横に吊るしたエイガストとオウンは、扉に耳を当てて内部の様子を伺う。


「唸り声……獣でしょうか」

「わからん。だが複数の女性の臭いもする」


エイガストは弓籠手を装着して弓を握って魔力を通しながら横目でレイリスを見るが、目になる物が無いのかレイリスは小さく首を横に振った。

同じく魔装具を着けたパールが先頭に出て扉に手をかける。


「みんな扉の陰に隠れて。飛び込んできたところを捕まえるわよ」


全員が頷き、準備が整った事を確認したパールは、扉を塞ぐ木の棒を取り去ると蹴り開けた。すぐさま扉の陰に隠れ、開いた扉に向かって飛びかかる獣を避け、レイリスの魔法で獣の足元を氷で捕らえた。

(あか)い石を額に煌めかせて黒い瘴気を吐く小さな雌の獅子の魔獣。四肢を捕らえる氷から逃れようと必死でもがく。

パールが拳を振るい(あか)い石を砕けば、獅子の魔獣は溶ける様に霧散した。


「すごく小さい魔獣でしたね」

「一匹だけとは限らないわ。注意して」


ゼミリアスが天井付近に小さな炎を浮かべて部屋を照らし出すと、パールはそっと中を伺った。安全を確認して全員が中へ足を踏み入れる。ゼミリアスは浮かべた炎を使って、各所に点在する燭台に火を(とも)す。

簡素なベッドが置かれた手狭な小部屋。壁に吊るされた鎖や鞭と、棚に置かれたいくつもの薬品が、この部屋の目的を示唆する。

小部屋から更に奥に通じる道の両脇に見える鉄格子。扉を開けた音と光に反応したらしき数人が、無気力な表情で檻の奥からこちらを伺っている。


「アンナ!」

「ゼミリアス、上から人を呼んで!」

ウィッカ(わかった)!」


真っ先に走り出したオウンを、エイガストはゼミリアスに指示を出しながら追いかける。パールも金属扉の外に吊り下がっていた鍵束を手に後を追う。

ゼミリアスは魔法で追い風を起こし、数段抜かしで階段を駆け上がって行った。


パールが鍵を開けて回る間に、エイガストは檻の中にいる人々に声をかける。

知らない顔に怯えて檻の奥で蹲る者や、床に臥したまま起き上がる気力もない者と、彼女等の反応を見て状態を診る。

部屋の隅に置かれた空の食器は干からびており、数日は食事の提供がなかったと思われる。

奥の檻ではオウンが妹を見つけたのか狼語で語りかける声がする。


「大丈夫ですか?」


エイガストは鍵のかかった格子の向こうから伸ばされた手を取る。酷く痩せ細った腕に残る鞭で打たれた傷痕に胸を痛めた。

多くの足音が階段を駆け降りてくる音がする。ゼミリアスが地上にいた警備兵を引き連れてきたのだ。


「もうすぐ応援が来ます。ここから出ましょう」


幼さの残る女性はエイガストの言葉に小さく頷いた。


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