043
廃村から戻り、再び世話になっている村長の家に井戸を貸して欲しいと商人が訪れた。
一日で辿り着ける距離の街と街の間にある農村の側で野営など、馬車が壊れたとか馬が逃げた等の移動手段に何かあった時くらいだ。
理由を尋ねれば暴動で街に入れず追い返されてきたと、商人の男は言った。
パールは詳しい話を聞く為に、野営地まで商人に同行させてもらった。
暴動が始まった時に街から逃げ出した旅商人が言うには、百人くらいの住人が街長の邸宅に押し入っていたと言う。
また別の旅傭兵に聞けば、暴徒の中に女性はおらず一人の男が扇動したと言う。
街長の訃報を聞いてから突発的に起こった暴動の割に統率するのは一人の男。もう少し混乱していてもおかしくない。
訝しんだパールは暴動に見せかけた別の意図があるのではと、街の近隣に位置するスフィンウェル軍の駐屯に調査の伝信を送った。
エイガストに行き先を委ね、引き返さず街へ向かった。
二日も経てば暴動は沈静化し、落ち着きを取り戻している様に見える。
パールは検問をしている一人の警備兵に話を聞いた。
「先日、暴動のせいで追い返された商人が居たんだけど、もう大丈夫なの?」
「あぁ……あの日は街中が混乱していてな。この入口も一時的に賊に占領されちまってたんだ」
「あら、じゃあ賊が追い返したって事?」
「恐らくな」
街を行き来する商人には傭兵が付きもの。逃れた街の外で捕まえられない様に、警備兵に扮した賊が追い返したのだろう。
反対側の出入り口である橋の検問所では、逃げ出した一部の賊をたまたま通りかかった凄腕の傭兵たちが捕らえたらしい。
会話をしている間にエイガストとゼミリアスの検問が終わり、パールは検問をしていた警備兵に礼を言って、その場を離れた。
静かな街の中を宿を求めて歩く途中、巡回中の二人の警備兵を見つけてエイガストは宿の場所を尋ねると同時に、騒ぎのあった場所も訊いた。
「あの、騒ぎがあったっていう邸宅はどこですか?」
「この通りの先だな。何か用事か?」
「いえ、この子が居るんで、近づかない様にしようかと」
「それが良い。暴動の主犯格も、まだ捕まっていないからな」
紹介された宿とは反対方向に、騒動の中心となった邸宅があるという。
エイガストがゼミリアスの安全の為に質問したのだと分かれば、警戒していた警備兵の雰囲気も少し和らぐ。
「捕縛のための人員は、まだ募集中かしら?」
「手伝ってくれるなら助かるが、謝礼は無いぞ」
「構わないわ」
そういう事だからと、パールはエイガストとゼミリアスを置いて、警備兵と一緒に足速にその場から離れた。
道中の警備兵は小声で会話し、時々後ろをついて歩くパールを見る。その度にパールは何も気づかないフリをして笑みを返した。
到着した場所は警備兵の詰所の一つだろうか。足を踏み入れた室内には、警備兵の腕章をつけているものの、彼等の雰囲気に違和を覚える。
詰所には小さな給湯台と、乱雑に保管された記録書が並ぶ棚と、テーブル。パールを含めて六人も入ると少し手狭か。
パールの背後で鍵のかかる音。
「さて、誰から話を聞くのが正解かしら」
誰にともなく呟いたパールの背後から飛びかかる男を、しゃがんで足を払い、掴もうと伸ばされた男の腕を逆に掴んで関節を捉えて、左から掴みかかる男に投げ飛ばす。
テーブルが割れる派手な音。
大柄の男がパールの結った髪を掴み上げて引っ張るが、両手を組んで男の首にかけると床を蹴りあげて腹筋を使って逆上がり、両膝で挟んで一気に捻る。
男の首から鈍い音がした。
泡を吹く男の背中を蹴り押しつつ腰の短剣を左手で奪い、足で引き寄せた椅子を右手で振り回せば、ナイフを手に襲いくる男の側頭部にぶち当たる。
勢いのまま回転して右から来る男の腕を避け、一歩踏み込んで腹を膝で蹴り上げる。次いでに首の後ろを鞘に収めたままの短剣で叩いておけば、暫くは起き上がらない。
パールは短剣を抜き、割れたテーブルと巨体に挟まれて動けない男の首に刃を添える。
「教えて頂きましょう。貴方の一番偉い方はどちら?」
青褪めた男は素直に賊の潜伏先を吐いた。
情報を聞き出したパールは男を昏倒させ、目的地に向かう道中で巡回に当たっていた警備兵に詰所の事を伝えておく。
その場所は正式な詰所ではなかったらしく、半信半疑で向かった本物の警備兵は、その惨状に引いたと言う。
警備兵の中に賊に加担する者が紛れていれば、街への出入りも情報の撹乱も簡単だっただろう。
夜道を歩くパールの後ろに、いつの間にか五人の男たちが追従する。その内の一人は検問の時に会話を交わした男だ。
赤い襷とスフィンウェル国の腕章。混乱の多いセイクエット国を支援するために、各地に点在する駐屯地からパールが呼び寄せた者たちを連れて、旧役場の前で足を止めた。
腰のポーチから出した帽子を被ったパールは、閉鎖された筈の旧役場の一部から漏れる灯りを確認すると、裏口に三名向かわせ、残り二名と共に表の入口から突入した。
転がしていた男から話を聞き出したエイガストは睡眠薬で眠らせた後、外に放り出した。その内警備兵に見つかって回収されるだろう。
カンテラの灯りで手元を照らしながら一通の手紙を書いた。
青色の封蝋を垂らして指輪型の印章で丁寧に封をした手紙を、ゼミリアスの魔法で作り出した烏に持たせる。
「見つかるかな?」
「それは大丈夫。レイリスが道案内してくれるから、その通りに飛んで」
「レイリスが?」
弓であるレイリスが、どうしてゼミリアスの飛ばす烏の行き先がわかるのか。当然の疑問にエイガストはレイリスの本当の秘密を明かす。
「レイリスはね、本当は弓じゃなくて魔晶石なんだ」
「青の魔晶石?」
「そう。世界中の青色が、彼女の目と耳。パールさんには、まだ内緒にしてね」
青色の封蝋が見えるように、表に向けて烏の口に咥えさせた手紙。レイリスにはこの青の視点と相手の位置を補足して案内してもらう。
小雨の降る中、飛び立つ烏。封筒は撥水加工されているため、多少の雨に濡れても問題はない。
ベッドに並んで座る二人。方向を修正するレイリスの指示をエイガストがゼミリアスに伝える事を数回重ねて、真夜中になる前に無事目的の人物の元へ烏が到着した。
「受け取って、もらえたよ」
「お疲れ様。二人とも、ありがとう」
魔法を解いて息を吐くゼミリアスと、同じく安堵の溜息を吐くレイリスにエイガストは礼を言う。役に立てた事が嬉しいのか、ゼミリアスは満面の笑みを返した。
エイガストとゼミリアスの随分と遅い寝支度の最中に、戻ってきたパールが遠慮がちに扉を叩く。
「まだ起きてたのね」
「ええ。色々片付けていたらこんな時間に」
「パール、おかえり」
「ただいま。それで、外で転がってた人は何かしら?」
「あ、まだ回収されてなかったんですね」
男を放り出すに至った経緯を掻い摘んで説明すると、パールは呆れと共に溜息を吐いた。
「どうしてしっかり巻き込まれてるのよ」
「すみません。成り行きで……」
パールの方はと言うと、エイガストが予想した通り、街の住人による暴動に見せかけた賊による強盗だった。賊は警備兵にも紛れ込んでおり、本当の住人を扇動して規模を大きくし、混乱に乗じて屋敷から金品を奪い女給を拐ったと。
予想以上に早く設置された検問を避けるため、災害時に使われる地下道のある旧役場に潜伏。老朽化で閉ざされた扉を壊そうとしていた所をパールが取り押さえた。
「確か使用人の女性を何人か解放したわ。オウンの名簿と照らし合わせに、明日警備兵の詰所に行きましょう」
翌朝、オウンと合流したエイガストたちは賊に囚われていた女性と面会したが、名簿に記載されている者は一人もいなかった。
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