041
港街に到着した翌日、エイガストとゼミリアスは豪華客船で働いた給金を受け取りに運営商会を訪れる。
蒸気機関を扱う大商会だけあって、建物が非常に大きい。隣接する他の建物が小さすぎて城にすら思える。
先にゼミリアスの手続きを説明を加えながら終わらせてから、エイガストは自分の手続きを行う。船長から受け取った給金の案内状と腕章を窓口に提出すると、硬貨と共に指先程に小さな黒い石の欠片が差し出された。
「会長からお渡しする様にと言付かっております」
「そうですか。ありがとうございます」
何かの鉱石だろうか。あまり気にせず受領書にサインをして受け取る。鞄にしまう際、その石が金属に引き寄せられる事に気付く。
くっつき石。もしくは土の中から砂鉄を見つけ出す事から鉄寄石とも呼ばれるこの石は、魔獣を倒す事で得られるとても珍しい石。この小さな石一つで、四人家族を一年間養えるくらいの価値がある。
何かの間違いではと確認したが、間違いなくエイガストに渡される品であり、既に受領書にサインをしているため取得の権利はエイガストに移っている。
別の物に引っ付かない様に空の小瓶に入れてから、改めて鞄の奥底に仕舞った。
その足で役場に向かい、目的地までのついでにできそうな簡単な依頼を探そうと掲示板の貼り紙を見る。
雨季が始まろうとしている今は、急ぎの荷運びや修繕や住み込みの農作業員募集が多い。ゼミリアスと共にできる依頼はあるだろうか。
港街からスフィンウェル国に入る道は二つ。
北西に向かい大橋を渡って山を越える道。順調に進めば二十日程で入国できるが、険しい坂と不十分な舗装道のため山を越えるには雨に注意する必要がある。
もう一つは、西に向かい山を迂回する道。比較的なだらかな道で小さな町と町の間はある程度の舗装が成されている。だが順調に進んでも四十日以上かかり、雨で足止めをくらえばより長引く。
屋根付きの荷馬車がある商隊でもあればと思ったが、都合よくそんな依頼はない。
悩みながらこの街を中心とした周辺の地図を見て、エイガストは一部の地図が新しくなっている事に気づいた。
「すみません。更新された地図の、この区画について教えて頂けませんか?」
この街から北西に馬車で一日程進んだ先に位置する小さな農村。そこから更に徒歩で二日進んだ北東に位置する山間にあった村が消されていた。
話を聞けば十年と少し前に土砂崩れで農耕地と住居を含めた村の半分以上が埋まり、半年ほど前に最後の住人の移住が完了したので廃村となったとの事。
エイガストは依頼を受けることをやめて、廃村となった場所へ向かう事にした。
「ごめんね、付き合わせて」
「ボクも、エイガストの記憶、見つける手伝いしたい」
「ありがとう」
役場を出た二人は逓送組合に寄ってエイガスト宛の荷を受け取った後、廃村に向かう為の食糧や道具の補充を行った。
二人が夕方になる前に宿に戻ると、ウエルテを走らせてきたパールが丁度帰ってきた所だった。
狭い船の馬部屋で何日も大人しく過ごしたウエルテだったが、流石に不満が溜まっていたらしく手の空いているパールが朝から遠乗りに連れて行っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。楽しかったわ」
「ウエルテ、汗いっぱいだね」
フンと鼻を鳴らすウエルテは鼻をゼミリアスに押しつけて刷毛を要求する。機嫌は良くなっていた。
世話をしてから部屋に戻ると言うゼミリアスの荷物をエイガストが預かり、乾草の代金だけを手にゼミリアスは馬小屋にウエルテを引いて行った。
数日かけて三人は廃村に到着する。
入り口付近には最後の住人が使っていたであろう空き家が一軒と、手入れをする人を失った耕地。辛うじて屋根が残る家畜小屋は、獣が食い破った様な穴が開いている。
三人はこの家屋を今夜の宿とし、ゼミリアスとパールは室内を整えるために残り、荷物を置いたエイガストは弓を持って村の奥へと入っていく。
一つ手前の農村では、移住していた廃村の最後の住人と話をする事ができた。
ひどい雨によって引き起こされた土砂崩れの被害に娘夫婦が巻き込まれ、残った村民で掘り起こすも全員は見つからず、生活もあるため若い者を中心に住人は一人また一人と村を離れ始めた。
結局娘夫婦は見つからないまま、なかなか離れる事ができずに長い間この土地にしがみ付いてしまったのだと言う。歳のため体が言う事をきかなくなり、獣が幅をきかせる中を一人で暮らし続ける事はできず、先んじて農村に移っていた知り合いに手伝ってもらって出てきたのだと。
「なぁんも無くなっちまった所だけんど、なにか有るんけ?」
「探し物をしてるんです」
「そぉけぇ。見つかるとええねぇ」
蔦の這う崩れた家屋。
木の生えた元耕地。
腐って崩れた獣避けの柵。
苔むした倒木。
朽ちて滑車の無くなった枯れ井戸。
不自然に途切れた石垣の先が、土砂で埋まった場所なのだろう。十年も経てば土は硬くなり木も生えて、どこが境目なのかもう分からない。
最後の住人がエイガストの名前と顔に誰の面影も見ない事で、ここがエイガストの故郷では無い事はわかっていたが、きっかけくらいはあるかも知れないと一通り見て回るも、やはりエイガストの記憶を呼び起こす様なものは何も無かった。
山間の夜は早い。
カンテラを軒下に吊るし、庭で起こした火の上で鍋を煮る。
エイガストが獲ってきた野生の紅軍鶏と山菜をスープにし、そこに乾パンを浸して口にする。
火の灯りにか、はたまた鍋の匂いにか、いつの間にか家の周囲を数匹の獣が遠巻きに、鍋を囲む三人を見ていた。しかしそれ以上近づかないのは、ゼミリアスが張った結界によって入れないから。いつの間に覚えたのかと聞けば、度々パールが使う所を見て覚えたと言う。
「今度、治癒魔法を、教えてもらう」
詠唱による治癒魔法は、全力で傷を癒すと同時に、使用者の魔力も全力で消費する。傷が深いほど、消費の量は増える。
自他共に安全を帰するならば、治癒魔法を覚え、自分で魔力を調節できる事が望ましい。
「なら、ゼミリアスは魔療使になるんですか?」
「エイガストに限定されるけどね。魔療使は治癒魔法が使えるか否かではなく、他人に魔力を分け与える術を学んだ人の事よ」
その最たる方法が治癒魔法であるため、一般的には魔療使は怪我を癒す法使くらいに思われている。
解説を続けるパールによれば、どんなに高名な法使で自己への治癒魔法が得意でも、他人に魔力を分け与えられない人も多く、例えそれが愛する家族や恋人でも難しいのだと。
そういえば、以前共に行動していたアレックも自分の傷は治癒魔法で治していたが、他人に使う所は見た事がなかったとエイガストは思い返す。
他人に魔力を分ける行為を逆手に取り、魔力を奪う恐ろしい行為をする者が、いないわけではない。
魔力が枯渇すれば気を失い、最悪の場合死に至る。魔療使になるには奪われる魔力を遮断する技術も、同時に必要になる。
「それは必要ですね。俺の勝手でゼミリアスの魔力を使いたくないです」
「ボク、気にしないよ?」
「俺が気にするの」
エイガストの突発的な感情でゼミリアスの魔力を使ってしまう事のない様に、二人の間で決まり事を作ることにした。ゼミリアスは不満そうだったが。
「きっと、この先もエイガストは無茶をするわ。ゼミリアス、しっかり守ってあげてね」
「ウィッカ」
「頼りにしてるわ」
「ェェ……」
食事を終える頃には陽もすっかり沈み、近づけないと悟った獣たちもどこかへ行ってしまった。水瓶で食器を洗って火を始末し、軒下のカンテラを一つだけ残して三人は室内へ。
三人分の茶を淹れ、小さなリビングの少し傾いたテーブルについた。
「先ずは私の母上の事から話すわね」
パールが語る、エイガストと共に行動する目的。
サディアル国の現王イェンの従姉にあたる、スフィンウェル国の王妃ユウリェンは未来を見る事があった。良い事もあれば悪い事も。それが紫の目による力だと知るのは随分後になってからだが。
魔獣や災害であれば、見えた未来の状況や地形から時期や位置を特定し、逸早く人員を送り対策を立て、被害を最小に止めた事は一度や二度ではなかった。
そんなユウリェンが病に倒れ、最期に見た夢の光景。
「空を覆う黒い魔竜と、相対する青い光」
青い光に反応したエイガストがパールを見る。そんなエイガストに、パールは黙って頷いた。
「私は直感したわ。国都で魔獣を撃ち抜いた貴方の弓が、母の見た光なのではと。青の魔法を得意とする法使や戦士に会いその力を確認したけれど、これ程の決め手はなかったの」
「でも待って下さい。もし仮に俺が青い光の主だったとして、パールさんが直接俺につく理由は?」
「……私の母が亡くなったのは、いつか分かる?」
「えっと、確か……五、いや六年?」
「そう六年も前なの」
六年が経ち魔竜が出現する様な前兆は未だ無い。
最初の年は各国も緊張して軍備を整えていたが、時間が経つにつれてそれも薄れていった。スフィンウェル国の上層部でさえ、ただの夢だったのではと言う者まで。
今や国外で魔竜の話を信じているのはサディアル国のイェン王とユウリェンの親族くらいだ。
「不必要に騒ぎ立てて混乱を招く訳にはいかないから、今は青い光の主の見極めと魔竜出現の時期の特定を、元帥から任命された少数で行なっているわ」
「俺以外にも候補はいるんですね」
「ええ、貴方の他に二人。一人は入軍して中央に、もう一人は傭兵ね。そっちには大将がついてるの」
そしてパールは、三人目の候補であるエイガストに元帥の命令でついた。
ユウリェンと同じ紫の目を持つ青年が、魔竜を見つけ出すかも知れないと言う期待と共に。
「兵士や法使の数も増やし、各地で武闘の大会を開いて傭兵たちの腕も磨かせ、小型の魔獣なら一般でも対応できる程になってきた。けれど……」
偽物の血い石による獣の凶暴化、中型以上の魔獣の増加、そして今回の魔人の出現。各国が油断している今、魔竜なんてものが実現してしまえば、スフィンウェル国だけでは守りきれない。
今際の戯言に備え、六年が経過した今でも軍備の強化を続けるスフィンウェル国を、侵略の準備だと考える国も少なくない。
一人でも多くの味方と戦力を集めなければならない。
「身勝手だと言う事はわかってる。けれど、国を、民を守りたいの」
「みんなを守るのは俺も賛成です。しかし、魔竜ですか……想像もつかないですね」
「信じて……くれるの?」
「信じるっていうか……困惑はしています」
竜はソーニアリス国に実在するらしいが、深い森や山奥に住み現地の者でも滅多に目にする事は無いと聞く。ましてや人類を脅かす魔竜となると、実感すらわかない。
唯一エイガストが脳裏に浮かべるのは"竜と五人の王"という絵本。翻訳されたものが各国にあり、著者によって若干の解釈が変わるが、大筋は五つの国の王が協力して巨大な竜を倒すという物語。
「魔竜はともかく魔獣や災害に備える事は大事ですし、少なくともパールさんたちは魔竜の話を信じて行動している。そこに俺がどう関わっていくのかも、どれくらい役立てるかも、正直分かりませんけど……どうしました?」
呆然とするパールに、エイガストは首を傾げる。
「ごめんなさい。拒絶されるか、でたらめだって怒られるかと思ってたから……」
「そうですね、俺の考えでは"無いとは言い切れない"が近いかも知れません。現に俺にはレイリスの声が聞こえますから」
自分だけに見えるレイリスという存在があるのだから、未来を見る者がいることもあるだろう。
絵本という形で魔竜の様な存在が描かれているなら、大昔には存在したのかも知れない。
証明されない内は、その存在は有でも無でもない。
「それに、魔竜やそれに相当する魔獣に遭った時に、パールさんが居てくれるなら心強いです」
「ボクは?」
「勿論、ゼミリアスも心強い味方だよ。でも、できれば安全な所にいて欲しいなァ」
「それだと、エイガストを、守れない」
突拍子のないパールの話を二人は否定しなかった。
事の恐ろしさを理解していないのか、ただ実感してないだけなのか。魔竜と遭ってしまうと言うのに、エイガストとゼミリアスはいつも通り呑気にじゃれ合っている。緊張していたパールの表情が苦笑で緩む。
本来なら願うべき事ではないのだろうが、この二人と共に決戦の日を迎えられたら良いと、パールは思った。
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