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閑話 海の上の一幕


船での仕事も慣れ始める三日目の夜。

夕飯を終えて翌日の早朝勤務に備えて寝支度をしているエイガストとゼミリアス。大部屋には他にも同じように寝支度をする船員や、既に寝入っている者もいる。

そんな部屋の隅っこに青い顔のデュークが蹲っていた。


「大丈夫ですか?」

「ああ。ちょっと腹の調子が……」

「医師よぶ?」

「そこまでじゃ無いよ。ありがとな」


エイガストは一度そこで引き下がったが、寝支度を終えてもデュークの表情は依然青いままで。

船という限られた生活に体が慣れない内は、こうして体調不良を起こす者がいる。エイガストも数日の船旅の際に腹を下した経験が過去にあり、乗船する前にゼミリアスと共に丸薬を作っていたのはその為だった。


「今夜は夜番ですよね。良かったら飲んで下さい」

「助かる」


デュークは薬を飲むとまた蹲る。

夜番の時間までに少しでも良くなると良いが。そう思いながらエイガストは就寝した。


翌朝、デュークは調子を取り戻したらしく、いつもより陽気にエイガストに礼を言った。

それからと言うもの、大部屋でのやりとりを知った者たちがエイガストに薬を求める様になった。既に衛生室の医師から処方して貰ったが効果が得られなかった者が主に訪れたが、明らかに偏った食生活となっている者もいて、まずはそこを改善する様に指摘をする事もあった。


少し多めに用意したとはいえ、身内用の三人分しかない薬は二日もしない間に半分以下になってしまった。

いざ自分達の調子が悪くなった時に摂れなければ本末転倒。

エイガストは休憩時間を利用して衛生室に向かった。


訪れた衛生室のドアノブに回診中の札がぶら下がっており、医師は居ないようだった。室内で待とうと扉を開けると、先客が薬棚の前に立っていた。


「えっと、コゥメイさん……でしたっけ」

「対面するのは初めてでしたね。船守のコゥメイです。エイガストさん、ですよね」


名前を当てられてエイガストは少し驚くが、共に夜番を行う者の顔と名前を覚えたと聞くと納得した。

何かの薬品を探しているのだろうか、エイガストはコゥメイの隣に立って薬品棚を見る。


「何かお探しですか?」

「その……昨夜ですね。少々、会話が盛り上がりまして……」


ポツポツと語るコゥメイの話を要約すると、飲み過ぎによる軽い二日酔いらしい。

話を聞いたエイガストは卓上ランプの(がわ)を外し、三角台の下で着火。その台の上でポットの水を沸かす。

沸くまでの間に薬品棚の銘柄を参考にいくつかの薬草と根を取って細かくした後、少量の茶葉と一緒に目の荒い綿布で包んで沸いた湯の中に落とした。


「良い香りですね」


部屋に漂う酒精に混じって香り始めた薬草茶の匂いにコゥメイが鼻を鳴らした。


「二日酔いには水分を摂って排出するのが一番です。この後は休憩ですか?」

「はい。夜番の時間まではゆっくりできます」


エイガストは出来上がった薬草茶をカップに注いでコゥメイに渡す。

使用した薬草の影響か、注がれた茶は澄んだ柑橘色をしている。


「これを飲んだらしっかり寝て下さいね。はい、熱いので気をつけて」

「ありがとうございます」


甘い香りなのに僅かな苦味のする薬草茶。不思議な感覚を楽しみながらコゥメイが薬草茶を半分ほど飲んだ頃、回診中だった医師が戻ってきた。


「おや、来客かね」

「お邪魔しています」

「すみません、少し薬草を頂きました」

「ああ、何を使ったか教えて貰えるかい?」

「こちらに覚え書が」

「……代謝促進か」


エイガストが使用した薬草の種類を見ると、医師はその効果を言い当てる。肯定するエイガストの返事を聞きながら、机の引き出しから自分用のカップを出した医師は薬草茶を飲み始める。


「なるほど、飲みやすい」

「あの、何かおかしな所でもありましたか?」

「いや違うんだ。船員に良い薬屋がいると噂を聞いてね。君の事だろう?」

「あ、はい。すみません」


デューク以外の人からは心付(チップ)を取っており、医師等にとっては商売敵。衛生室の薬より効くという片寄った噂まで立てば不愉快でしかないだろう。


「それで此処へは何の用で?」

「噂の胃腸薬なんですが、身内用で作ったもので量が少ないんです。こちらで調剤できたらと思いまして」

「手の内を明かしても問題ないと」

「むしろ内容の比較をしたいくらいです」

「いいだろう」


医師は薬品棚から調剤済の胃腸薬の現物を出し、紙に使用されている薬草と割合を書き出す。

エイガストも薬とその内容を書き記すと共に、効果がなかったと言って貰いに来た者たちの名前と身体の特徴から(おおよ)その出身を書く。

互いに使用する薬が、どこでいつ学んだ物か。配合する割合の違いで現れる効果の良し悪しの討論。

衛生室の薬は誰に効いて、エイガストの薬は誰に効かないのか。


二人の話はコゥメイが二杯目の薬草茶を飲み終えても終わる事なく。コゥメイは使用済みの食器桶にカップを置くと、邪魔をしないように静かに部屋を後にする。



その後、エイガストの薬は衛生室で処方されるようになり、集られる事はなくなったと言う。

薬の提供による衛生室からの報酬は、処方した人物への効果を記した情報だった。それに伴いエイガストの調剤する薬はより効果を増す事となる。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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