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すっかり話し込み、気付けば食堂の閉鎖時間も近くなっていた。

今夜もそのまま衛生室を使用するように船長から伝えられ、ゼミリアスは皿洗いをしてから戻ると言う。

手伝うと言い出しそうなエイガストをパールが食堂から連れ出す。皆んなの好意を無駄にするなと説教を受けて、エイガストはパールと別れた。


「この後、二人きりで話す時間あるかい?」


エイガストが衛生室のドアノブに手を掛けた時に、ずっと後をついてきたセイが言った。

露骨に嫌な顔をしてエイガストはセイを見る。


「そんな顔しないでよ、相手は僕じゃないからさ」

「誰なんです?」

「それは会ってのお楽しみ」


甲板で待ってると言い残し、エイガストの肩を叩いたセイは去っていく。

エイガストは衛生室から上着を持ち出し、甲板に居るとゼミリアスへの置き手紙を残してから向かった。


夜の冷たい海風を受けながらエイガストは甲板に出た。

辺りを見回して見つけたカンテラを持つ後姿は。


「コゥメイさん」


エイガストの呼びかけに振り向き、コゥメイは一礼をする。

冷えているのか風に触れる頬に、若干の赤味がさしている。


「すみません、待たせてしまいましたか?」

「いいえ、療養中のところすみません。王が変な気を回してしまって……」

「俺は大丈夫ですよ。皆さんのおかげで、痛みももうありません」


エイガストがそう言うと、良かったとコゥメイは安堵する。


「コゥメイさんの体は平気ですか? 二階から落ちて、カルトイネスにも操られたでしょう?」

「はい、魔療使(ヒーラー)と医師に診てもらいまして、もう仕事に復帰しても良いと許可を得ています」

「頼もしいですね。俺はまだ許可を貰えませんでした」

「当然です」


程度が違います、とコゥメイは近場にあった資材入れの木箱に腰を下ろし、エイガストを手招く。カンテラを間に挟んで座り、二人は談笑を続けた。


「エイガストさんは、船を降りたらどこへ行かれるんですか?」

「港街から西へ。雨季が終わるのを待ってから、北の山を越えてスフィンウェル国にある村へ向かいます」

「その村に、何かあるんですか?」

「ええ。秋季に出荷する花の生産を委託しているんです、夏季の間に整えておかないと間に合わなくて」


エイガストは趣味で改良した花の事や、村で出会った人の事を語っていたが、自分ばかりが話している事に気づき、コゥメイに話題を振る。


「コゥメイさんは、ここの船守を続けるんですか?」

「はい。王ほどではありませんが、(セタス)の意思がなんとなく判るようになりましたし、もっと立派な船守になりたいと思っています」


水棲人(マナティ)にとって船守は憧れの仕事で、コゥメイも幼い頃からそうだった。そして船守として初めての航海で魔人に襲われてしまった。

しかし、これ以上に恐ろしい目に遭う事はないだろう、むしろ度胸がついたと、コゥメイは揚々と語った。


「あ、そうだ。唐突なんですけど」

「はい」

「好きな色はなんですか?」

「え? えっと、そうですね……咄嗟に思い浮かんだのは珊瑚の赤色でしょうか」


本当に唐突なエイガストの質問に、コゥメイは丸くした目で何度か瞬きをした後に漸く答えた。

コゥメイの祖父が宝石職人らしく、耳飾りに使用された赤珊瑚も祖父が加工したものらしい。

耳飾りを覗き込むエイガストの顔が近くて、照れたコゥメイは僅かに視線を逸らし耳飾りを外してエイガストに渡す。エイガストはカンテラの灯りで手元を照らし、手のひらに乗せた耳飾りの細工をまじまじと見た。


「とても素晴らしい技巧(わざ)ですね」

「そう言って頂けると、祖父も喜びます。でも、どうして?」


堪能したエイガストは耳飾りをコゥメイに返す。その表情がとても満足気だったので、コゥメイも釣られて口元が緩んだ。

コゥメイの疑問にエイガストは若干恥ずかし気に言う。


「俺の血でコゥメイさんの帯を台無しにしてしまいましたから、良いの見つけたら贈ろうと思いまして。折角なら、好きな色の方が良いでしょう?」

「そんな、頂けません。特に大事な物でも高価でもない物でしたから、どうぞお気になさらず」

「俺が贈りたいんです。受け取って頂けませんか?」


そう言われてしまえば断る事もできず、コゥメイは承諾するしかなくて苦笑を浮かべた。


「わかりました。楽しみにしていますね」

「ありがとうございます」


そこへ、二人の会話を途切る軽快な足音とカンテラの揺れる灯りが近づいてくる。


「ハ、見つけた!」


部屋の置き手紙を読んだゼミリアスがカンテラを片手に、エイガストを迎えに来たようだ。

エイガストはゼミリアスに向かって軽く手を振り、ゆったりと立ち上がる。


「また、来てくださいね。今度は平穏な旅路をお約束します」

「はい、また」


振り向いたエイガストはゼミリアスと共に手を振ってから、船内へと消えていく。

コゥメイは木箱の上に置いたカンテラを手に取る。光が少し弱まっている気がして蝋の残量を見てみると、もうすぐ無くなりそうな程に小さくなっていた。

蝋を入れ換えてから二階の甲板に上ろうと立ち上がり、コゥメイも船内へと向かった。





翌日の昼に客船は目的の港へと到着した。

伝令係により魔人討伐の報告を受けていた港街の役人や調査部、報知紙を手掛ける記者まで集まっていた。


エイガストは一足先に船を降り、船長が手配した大きな医院で体調と傷の検診を受ける。異常なしとの診断が出されたが、養生の為に宿でゆっくりするつもりでいた。


ウエルテを連れて下船したパールと合流し、馬房の有る宿で部屋を取る。夕方になるのを待ってからゼミリアスを迎えに再び港へ向かった。


乗客が下船した後の部屋の確認やゴミ出しなどの最後の仕事を終えたゼミリアスが、エイガストを見つけると駆け寄ってしがみついた。


「お疲れ様。俺の分までありがとうね」

(うん)。あとこれ、エイガストの報酬」


ゼミリアスは手に握っていた封筒をエイガストに出す。

中には船長からの見舞いの手紙と、報酬の金額と引き取り場所が記されていた。

内容を確認したエイガストは鞄にそれを仕舞い、夕飯を相談しながら街へ向かおうとした時、近づいてくる人影がいた。


「挨拶もなしに行くつもりかい?」

「昨晩ずいぶんと話したと思うんですけど」

「つれないなァ」


肩を竦めたセイは勝手にエイガストの手を取ると、その手のひらに指輪を乗せた。何かの紋章が彫られた金でも銀でもない金属の指輪は不思議な感触を残す。

興味津々にエイガストの手の中を覗き込むゼミリアスと、パールは心当たりがあるのか小さく「あ」と言葉を漏らした。


「なんですか?」

「僕の連絡先。コレが無いと連絡取れないでしょ」

「サディアル国の特別印章よ。これで封蝋された手紙は検閲をほぼ素通りするから、通常より早く連絡が取れるの」

「それだと偽装された時に困りませんか?」

「印影以外の判別方法があるらしいわ」


改めて指輪に彫られた紋章を観察すれば、確かに左右が反転したサディアル国の紋章だった。


「良いんですか? 俺にこんな物渡して」

「勿論。なんだったら毎日手紙をくれても構わないよ」

「やっぱりお返しします」

「残念だけど、それはもう君の物だよ」


セイは両手を上げて受け取りを拒否。

これ以上は堂々巡りを繰り返すだけだろう。疲れたエイガストはハンカチーフを出し、指輪を包んで鞄に仕舞った。

それを見届けてセイは満足そうに頷いた。


「ではまた、サディアルに来る時は連絡してくれ」

「考えておきます」

「無くても僕から会いに行くけどね」


来なくて良いと言うエイガストに、セイは笑いながら背を向けて手を振った。

セイは少し離れた先にいる複数人の従者と合流し、その中にはハオの姿もあった。ハオはエイガストの方へ深く頭を下げると、従者等と共に去っていった。

ハオの処遇を決めるのはサディアル国であり、エイガストが心配しても仕方のない事だが、それでも容赦がある事を願った。


「行こう」


小さくなるハオたちの背中を見つめていたエイガストの腕を引くゼミリアス。

エイガストはゼミリアスの手をしっかりと握り、パールと共に三人は港を後にした。



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