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037


切り付けた海馬(ヒポシー)の傷から流れ出る、赤と黒の(まだら)色の体液。血だと思っていたそれは、切り落とした体部を触手の様に引き寄せて、傷口を繋ぐ糊の役割を担っている様だった。


「ディ()ア」


オウンが海馬(ヒポシー)の背を斬りつけながらディリアを呼ぶ。

斬り傷を示すオウンの意図を読み、ディリアが炎で焼く。すると体液が絡みついているものの、体が繋がる事はなかった。


「なるほど」

「魔法は得意じゃないんだけど!」


どれだけ斬り刻むつもりなのか。不敵に笑うジェイクにディリアが抗言する。法使(メイジ)でもないディリアの魔力では数回が限度。


「ゼミリアス君!」


セイがゼミリアスに短剣を投げる。見覚えのあるそれはパールが腰に差していた物で、飾られた赤の魔晶石はゼミリアスの所有するものより少し大きい。

まだ息を整えている最中のパールは、空になった魔力補給剤(ウィスポーション)を手に、状況を見つめていた。


ゼミリアスが魔法で杭を打ち、エイガストが足元を凍らせて海馬(ヒポシー)の動きを止める。

拘束を解いて動き出すまでの間に、ジェイクが首を切り落とし、オウンが蛇の様に(うね)り牙を持つ尾を薙ぐ。

ディリアとゼミリアスが切り落とした首や尾の切り口に炎を放って焼いた。


何度も刻んでは焼く事を繰り返し、随分と切り刻んだが(あか)い石も刻印も見つからない。

海馬(ヒポシー)の体を操ってるのは、体内から溢れて(うご)めく(まだら)色の体液なのだろうが、それの核と思わせるものも未だ見つからない。


(らち)があかないわね」


息の上がったディリアが愚痴る。彼女の魔力は限界に来ていた。

赤と黒の触手の様な体液が絡みついた(いびつ)な塊は、もはや海馬(ヒポシー)の原形を留めていない。


「ありゃ、見事にバラバラだね」


場にそぐわない声と言葉。

二階の甲板から階下の戦場を見下ろすのは、海馬(ヒポシー)の姿を見ても怯えひとつ見せないデュークと、口元を覆い蒼白となって怯えるハオ。

誰もが海馬(ヒポシー)に注視し、二人が甲板に出てきた事に気づかなかった。しかし、外に出る為の扉は全て船長の指示で塞がれ、見張りとなる者もいた筈だが。

どうしてここに。そんな疑問が浮かぶ前に、海馬(ヒポシー)から生える体液がハオに向かって伸びた。


「キャアアァァ!」


捕われ悲鳴を上げるハオは隣にいたデュークに腕を伸ばしたが、デュークがその手を掴む事はなく海馬(ヒポシー)の塊へ引き寄せられるハオを笑って見送るだけだった。


壁を蹴って僅かな突起を足掛かりに、セイは二階の甲板へ駆け上がる。二階の甲板にいたはずのコゥメイの姿がない。

ザッと視線を巡らせてみたが血痕らしきものも見当たらない。無事だと良いが。そう願いながら、セイは目の前の敵を討つ事を優先した。

躊躇(ためら)いなくデュークに向かって右手の手刀を振りぬく。


「コゥメイはどうした」

「さて、殺した相手の名前なんて知らないなぁ?」


セイの魔力を込めた手刀は、デュークの腕を斬り落とした。転がる腕と斬り口からは血が滴る事はなく、痛みも感じていないのかデュークは表情一つ変えない。

セイは更に踏み込み、返す手刀で首を狙う。避ける様子も見せず笑顔を浮かべていたデュークの目が細められ、セイの手刀が不自然に止まった。


「な……」


デュークの体を突き破って、赤と黒の(まだら)色の鋭い二本の棘が、セイの右腕を貫き脇腹を掠めた。


「コレは返してもらうよ」


破れた服から転がり落ちた獣笛を(まだら)色の触手で拾うと、デュークは海馬(ヒポシー)に向かって甲板を飛び降りた。

セイの腕にはまだデュークから生えた棘が刺さっており、道連れとなって宙に放り出されるが、エイガストの放つ矢が棘を断ち切り、パールが落下したセイを受け止める。


「おあいこね」

「やれやれ」


セイの腕から棘を引き抜くと、棘は蛇の様に素早く本体へ戻っていった。

宙吊りにされたハオを通り過ぎデュークの体は海馬(ヒポシー)の塊に飲み込まれ、骨と肉を噛み砕く音が止むと人の上半身が生えた。

全身に浮かび上がる赤い線を境に()ぎ合わせた色違いの皮膚、一房ごとに色も長さも違うざんばらの髪。開かれた眼は光のない乾いた血の色をしており、額から伸びる岩の様な(いかめ)しい一本の角が、より異質さを引き立たせる。

幼い少女の様な容姿をした彼は獣笛を咥え、己を取り囲む戦士たちを見回しながら口を開く。


「ボクはカルトイネス。キミたちが"魔人"と称する者だよ」


カルトイネスと名乗った魔人の下半身にある塊から産み出されるのは、二足歩行をするあらゆる部位がチグハグの合成人間(キマイラ)だった。

迫る合成人間(キマイラ)を相手に戦闘が再開される。

オウンが(しき)りに耳を気にするのは獣笛の音が不快なのだろう。


「そして、この子はこの船にボクを連れてきてくれた大事な友達だよ」


カルトイネスは眼下で戦闘する彼等に悠然と語った。

魔法を使わせない様に口を封じ、拘束したハオを背後から抱き寄せたカルトイネスは、顎を持ち顔を背けない様に前を向かせる。この惨状はお前が招いたのだと見せつけて。


合成人間(キマイラ)は斬り口を焼いても繋がり、細かく砕いたとしてもカルトイネスの下半身に回収されては再び産み出されている。


「全員殺したら、キミはどんな魔獣になってくれる?」


ハオの耳元で囁く。カルトイネスの言葉に全身で抵抗するも、逃れられる筈もなく。

塞がれた口では魔法はおろか舌を噛む事もできない。

屈辱と悔恨で溢れる涙も、拘束されていては拭う事もできない。

そんなハオの態度に、カルトイネスは心底楽しそうに笑い声をあげた。

笑い声をあげるカルトイネスのすぐ横で、パールが右手を振りかぶっている。


カルトイネスは素早く自分とパールの間にハオを移動させ盾にした。

体を硬らせたハオだったが、振り抜いたパールの拳はハオを拘束する(まだら)色の体液を薙いで解放した。ハオを抱いて素早く後方へ撤退。合成人間(キマイラ)を飛び越える途中、ジェイクの肩も踏み台に借りた。


「なんだ、もっと驚くと思ったのに」

「貴方の様な性格の人はね、盾にしがちなのよ」

「ボクの事そんなにわかってくれるなんて、お姉さんの事好きにになりそう」

「あらそう、私は貴方が嫌いだわ」


ハオをセイに託し、パールは戦前に戻る。

パールがカルトイネスに接近する途中で薙ぎ倒した合成人間(キマイラ)が再び立ち上がり、襲い掛かる。

終わらない戦闘に、誰もが疲労が隠せない。


「パール」


合成人間(キマイラ)の合間を縫いながら攻撃を避け、パールのそばへ駆け寄るエイガスト。そのエイガストに向かってパールは蹴りを回し、エイガストが屈んで背後から迫っていた合成人間(キマイラ)を吹き飛ばす。


「何?」

「ちょっと試したい事が」

「どれくらい危険?」

「カルトイネスに目をつけられるくらい」

「上等」


背中合わせに手早く打ち合わせを終えると、パールは合成人間(キマイラ)を薙ぎ払いながら群れに飛び込み、エイガストは後方の高台に上がる。

弓を引いて(つがえ)た矢の色は薄い紫。パールの左側にいる合成人間(キマイラ)の腕を狙う。

矢の撃ち込まれた合成人間(キマイラ)の腕をパールが吹き飛ばすが、新たに絡みついた触手が腕として生え変わる。

二度、三度。同じ事を繰り返し、四度目で落ちた腕が朽ちた。


「効!」


声を上げたパールに注目が集まる。

もちろんカルトイネスも注視し、再生されない一部を不審に思ったが、その後にパールに倒される合成人間(キマイラ)は朽ちる事なく再生される。問題はない。

偶然かと思ったその時、パールが蹴倒した合成人間(キマイラ)の捥げた足がそのまま朽ちる。


「効!」


再度声をあげるパールに、今度こそカルトイネスの表情が変わった。


「何をした……?」


射る様な視線を向けるカルトイネスに、パールは笑みで返す。

カルトイネスは下半身の塊から何本もの触手を生やしてパールを直接狙う。パールは鞭の様に(しな)う触手を躱し、槍の様に突く触手をいなし、剣の様に振るう触手を弾いた。

その合間にも横から背後から迫る合成人間(キマイラ)を薙ぎ倒すパールに、カルトイネスの表情から余裕がなくなっていた。


カルトイネスがパールに注目している間に、エイガストは魔力補給剤(ウィスポーション)を飲み干し、ゼミリアスの正面にいる合成人間(キマイラ)を射る。

ゼミリアスの視線がエイガストに移ると、エイガストはそばに来る様に合図する。


「魔力を貸してもらえる?」

(うん)!」


弓を構えるエイガストの正面に立ったゼミリアスが手を添え、レイリスが魔力を操作する。

紫の魔法は毒の魔法。毒と言っても効果は様々で、抗体や耐性があれば効果は薄い。

どんな作用を引き起こすかは使用者次第だとレイリスから聞いた。ふとエイガストの脳裏に浮かんだ言葉、薬も過ぎれば毒と成ると言ったのは誰だったか。

パールの協力を得て数回検証したカルトイネスに有効な毒。それを皆の武器に付与する。


「ジェイクさん!」


エイガストの声にジェイクが剣を大きく振り上げる。注射器を模した紫色の矢を受け、そのまま剣で合成人間(キマイラ)を叩き割る。

斬り口に近い繋ぎ目から赤と黒の体液が溶け出し、形を保てなくなった体は崩れ落ち、やがて朽ちた。


エイガストは続けてオウンとディリアの武器にも付与し、パールに弓を向けた時、カルトイネスが叫んだ。


「お前か!!」


カルトイネスはパールから目を逸らし、触手の標的をエイガストに変更した。紫色の矢を撃ち終わったエイガストは、ゼミリアスと二手に分かれて高台から跳び降りる。

エイガストは次々と襲いくる触手を走りながら弓でいなし、受けきれない所をレイリスが防護壁(シールド)で弾く。

しかし船という限りある足場では直ぐに端へ追い詰められる。これで終い。そう確信したカルトイネスの視界が揺らいだ。


エイガストに気を取られている間にカルトイネスの足下まできたパールが、毒を付与された魔装具で本体に打撃を与える。溶け出す体液を浴びる事も(いと)わず、その拳はカルトイネスの体を確実に削り続けた。


カルトイネスは産み出し過ぎた合成人間(キマイラ)を回収し、本体の修復を優先したため合成人間(キマイラ)の攻撃の手が緩まった。

その隙を逃さず、毒を付与された武器によって次々と合成人間(キマイラ)を破壊する。

終いには毒が回る前の一部を切り離し始め、統率の取れなくなった合成人間(キマイラ)は容易に仕留める事ができた。


やがて首だけになったカルトイネスが甲板に転がる。魔力もほぼ無く、間もなく毒が回って朽ちるだろうと言うのに、その目には今も尚、強い厭悪が宿っている。

警戒しつつパール、オウン、ジェイクで武器を構えたまま首を取り囲んでいる。


「嗚呼…悔しいなァ……お前たちの苦衷(くちゅう)に歪む顔を……見……」


不気味に笑いながらカルトイネスの首は朽ち果て、塵となって消えた。

同時に周囲を埋め尽くしていた(まだら)色の体液や合成人間(キマイラ)も消えていく。


「おかしい……」


カルトイネスの首があった場所を見つめながらパールが言った。

オウンとジェイクは顔を見合わせ、何がおかしいのか互いに首を傾げた。


「この魔人の(あか)い石を、壊したのは誰?」


パールはカルトイネスの胴体に手応えを感じなかった、故に角の中に核となる(あか)い石があるのだと思っていた。しかし角は首と共に消滅した。

オウンやジェイクはパールが打ち砕いたものだと思っていた。

苦衷(くちゅう)に歪むと言い残したカルトイネスの真意は。


「エイガスト!!」


ゼミリアスの悲痛な叫び声が上がる。

駆けつけたパールが目にしたものは、血溜まりの中に横たわるエイガストの姿だった。


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