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中大陸のエルフェン族の国、シルフィエインの最南端に位置する港街。

この港街だけはエルフェンではなく人間が管理するためか、因習の多いシルフィエインであっても外国の交流が盛んで、常に新しい物が行き交う。


「大っきい……」


港街に到着し、清算を済ませて商隊と別れたエイガストとゼミリアスは停船場を歩きながら最新鋭の大型客船を見上げていた。

船の前後に畳まれた帆。それにより帆船に見えなくは無いが、一番の特徴は船の中央から屹立(きつりつ)する大きな煙突と、船の両脇に取り付けられた車輪にある。


「エイガスト、どうして船に、車輪?」

「その車輪が(かい)の役割をするんだよ。鉱山で使用してる蒸気機関を応用するんだって」

「蒸気機関?」

「そう。船員になれたら機関室を見せて貰えるか聞いてみようか」

(うん)!」


そんな会話をしながら大型客船を横目に、二人は停泊中に船員たちが使う待機施設を訪れる。

既に大型客船の部屋は最高級客室が数室しか残ってなく、パールとゼミリアスは資金を持っていてもエイガストは簡単に手が出せない。出すと気軽に言う二人には丁重に断りを入れ、港の受付案内所で臨時の船員募集を見つけて今に至る。


「二人はどんな事ができるんだ?」

「私は調理、掃除、弓での護衛、あと水を出せます」

「ボク、初めて。魔法は、得意」


担当を決める為の簡単な面接。

正規の船員とは別に雑用枠として、乗船賃がなく船に乗れない平民向けに片道のみの採用はよくある事。しかし、中央都市の式典に出向いた貴族や金持ちの船と取り合い状態になり、現在人手が足りないと言う。


「まったく、時期が悪いったら無ェ」


平民にとっては良い条件で働けるので良い話。大人も子供も関係なく採用され雑用員の腕章を受け取り、従事する間は着用する事を義務付けられる。エイガストの腕章には水要員の模様が刺繍されている。

ゼミリアスも黄の魔晶石で水を出せると実演してみせ、エイガストと同じ腕章を受け取った。


「雇うのは片道だけで良いんだな?」

「はい。お願いします」

「後は馬小屋の利用料金だが、天引きにもできるが?」

「そちらは先に支払います」

「あいよ」


その後は支払い方法や細かい注意事項を口頭で説明を受け、出港の前日に配属先や輪番を伝えられる事となった。

面接を終えて再び船を見上げながら来た道を戻る。二日間の猶予があるのでその間に出発の準備を済ませる事にする。


「初めての船が仕事で良かった?」

(うん)。エイガストと、一緒がいい」


早くエイガストの役に立ちたいとエイガストの真似をしてはついてくるゼミリアスが、親鳥を追う雛鳥に見えて仕方ないエイガストだが、張り切り過ぎて無理をしないかだけが心配だった。

手を繋いで停船場を後にし、受付案内所の待合広場で待っているパールの元へ。無事に採用された事を報告し、二日後までに準備を済ませないといけない事を話す。


「ならまずは準備をって言いたいんだけど、その前に何かお腹に入れない?」

「良いですね、そうしましょう」


港街に到着してからと言うもの、三人は宿屋を見つけて馬を預け、昼には閉店してしまう風呂屋に駆け込み、客船の空室状況を確認してすぐ面接に行ったので食事を摂る時間がなかった。

思い出してしまえば腹の虫が鳴く。


「待っている間に食べていても良かったんですよ?」

「独りで食べても味気ないじゃない。でも、目星は付けておいたわよ」


パールの案内で屋台をめぐる。屋台で鯰に似た魚のアンギュラグラの蒲焼き、溶き卵の四角焼き、焼き魚入りの握飯。大きな笹を皿代わりに串で突きながらベンチで昼食を摂った。


食後に蚤の市を散策する前に、エイガストはゼミリアスに一枚の紙とお金の入った袋を預ける。


「この紙に書いてある薬草を見つけたら買ってきてくれる?」


ゼミリアスは受け取った紙に目を落とす。薬草の絵と特徴、類似する薬草との違いなどが書いてあった。


「これ、エイガストの、手帳に、描いてた」


港街に到着するまでの道中、ゼミリアスはウエルテの背に乗りながらエイガストが記録してきた薬草手帳を読み込んでいた。その中に、この薬草があった事を覚えている。


「ゼミリアスの今日のお仕事。できそう?」

「やる!」


三人は集合場所を決めて一度解散。

エイガストと別れたゼミリアスは本でしか見た事のない武器や道具を見て回りながら、薬草を探した。

色んな種類を乱雑に束ねただけのもの、乾燥ではなく枯れているもの、実だけになってて見分けがつかないものと様々。

目的の物を見つけた時は「宝探しだと思うと大変だけど楽しい」と言っていたエイガストの言葉を思い出した。


「よォ、小童(ぼうず)。こんなところで買い物か?」


露店を広げる焼けた肌の厳つい男性が、通り過ぎようとしたゼミリアスを呼び止めた。


「ハ、こんにちは」


何度か瞬きをして男性を見ていたが、商隊に同行していた商人だと気づき、ゼミリアスはペコリと頭を下げた。つられて商人の男性も頭を下げる。


「あのね、エイガストの、おつかい」

「あの兄ちゃんのか。ここで買ってくか?」


男性の商品の中に目的の薬草はある。他の露店に比べてしっかり管理されていて、きっとエイガストが求めているのもこれだろうとゼミリアスは思った。けれど。


「うんと、ごめんなさい。ここで買うは、違うと思う」


商人の男性はゼミリアスの手にしている紙片を覗き見て、断られた理由を理解した。目利きの目を作る訓練をしているところに水を差す訳にはいかない。


「そいつは」

「ハ、これ綺麗」


「そいつは残念」そう言いかけた男性の声に被せてゼミリアスが興味を示したのは、赤や黄の宝石が詰まった瓶。量によって値段が変わるらしいが、宝石にしては随分安い。


「宝石に見えるが、こいつは飴だ。綺麗だろう。熱には弱いが保存が効くし魔力もちょっと回復するぞ」

「これで、買える?」


ゼミリアスは自分の持ち合わせから一番安い硬貨を出す。

応と返事をして硬貨を受け取った商人は、ザラ紙に飴を六つ包んだ。


「ほら、一個おまけだ。頑張れよ」

オゥタージェ(ありがとう)!」


受け取った飴を大事そうに受け取り、ゼミリアスはとびきりの笑顔で礼を言った。





ゼミリアスがお使いに行ってる間、出店許可を得たエイガストはパールと共に蚤の市の露店を巡る。東の港と違いここでは保存食を売る事に別途許可は必要ないらしい。

海の向こうから輸入された品々と共に調味料や保存食も多く並んでいる。露店の並びの中には商隊で一緒に下ってきた人もいて、ついでに情報交換もする。


「ねェ、エイガスト」


露店の商品を吟味しているエイガストの隣で、薬草を眺めていたパールが声をかける。


「何かありました?」

「飲む痛み止めの薬って作れる?」

「そうですね……痛みの度合いにもよりますが、緩和させる事ならできるかと思います」

「お金は払うから作って貰えないかしら。できれば、苦く無いものを……」


尻窄みしていくパールの言葉にエイガストは小さく笑う。飲む痛み止めの薬はとても苦く、飲むくらいなら痛みを我慢する方がマシだと言う者がいる程に。エイガストの中でも、できれば飲みたく無い薬の一つに含まれる。


「いつまでに用意しましょう?」

「急で申し訳ないんだけど、船に乗る時に」

「わかりました。材料を買いますので付き合って下さい」


パールから詳しい用途を聞き出し、必要な量分の材料を露店から買い集める。一通り揃った頃にはそこそこ時間が経っており、ゼミリアスが集合場所に来ているかも知れないと言う事で移動する。


昼食を摂ったベンチからそれほど遠くない位置にある噴水広場。噴水の縁に座っていたゼミリアスは、エイガストとパールを見つけると飛び降りて駆け寄った。


「エイガスト、買い物、できた!」

「うん、ありがとう」


エイガストが渡したお金の入っていた袋は薬草に変わり、満面の笑みで掲げるゼミリアスからその袋を受け取る。


この頃には陽が傾きはじめており、引き上げる露店が増えてきた所でエイガストたちも宿に戻る事にする。

パールは先に部屋に戻り、エイガストは宿の受付でカゴ一つ分の乾草を購入し交換用の木札を受け取る。ゼミリアスと共にすぐ隣の馬小屋に向かい、管理人に札を渡して束になった乾草を貰う。

エイガストが束ねられた乾草を解してウエルテに与えている間に、ゼミリアスが首や背中に刷毛(ブラシ)をかける。


「先に戻るね。終わったら一緒にご飯にしよう」

ウィッカ(わかった)


乾草を解し終えたエイガストは、桶に汲んできた水をゼミリアスの隣に置いて、そう言った。元気の良い返事をして楽しそうに世話をするゼミリアスを残し、エイガストは馬小屋を後にした。



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