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閑話 いつか


「あら、戻ってたの?」


随分と昔に人が捨てた廃墟の城。

窓枠に腰を掛けていた女性が、彼女を無視して通り過ぎるギヴに声をかけた。

ツツジの花の色に似た、鮮やかな赤紫の長髪。切れ長の緋色の目。両側のこめかみから生えた角以外は、人間の見た目と差異はない。


一瞥する事も、返事すらもない事に不快の表情を見せた彼女は、ギヴの正面に立ちはだかり抱えている物に視線を落とす。

人間が使うポットと呼ぶ茶器と、添えられた小さな袋。


「あの子へのお土産? 健気ね~」


茶器に伸ばした彼女の手をギヴは振り払い、脇を通り過ぎる。

目を細めて彼女は不気味に笑い、自分を無視するギヴの行く手を再び遮る。


「随分とご機嫌ね。何か良い事でもあった?」

「……ムルクの世話から解放されたからでしょうね」


纏わりつく彼女に、ギヴはようやく言葉を返した。

ため息と共に返ってきたギヴの言葉に彼女は腹を抱えて笑う。

何がそんなに可笑しいのか。笑い転げる彼女を、ギヴの目は冷ややかに見下ろしていた。


「そんなに嫌いだったなんて、気づかなくてごめんねェ?」

「……」

「ま、いいわ。出来るだけ早く連れてきてね」

「……生死は」

「生きてたらなんでも良いわ」


最初から彼女の目的は、ムルクを倒せるほどに強い人物を見つける事。

双核という珍しい性質を持って作られたムルクは、彼女の希望を叶えた。「機嫌が良い」のはギヴではなく彼女の方だ。

彼女はギヴの行く手を遮る事をやめ、脇にそれて道を空ける。


「早く目が覚めると良いわね?」


歩き去るギヴの背中に、彼女は言葉を残した。




廃墟の城の一室。塵一つ落ちていないが、生活感もない。

清潔に保たれたベッドに横たわるのは、十にも満たない幼い子供。

右手で子供の首筋に触れ、生きている事を確認する。


ギヴはサイドテーブルにポットを置き、袋の中から束ねられた薬草を一つ出す。

右手の平の上に水の塊を生み出し、少し間をおいて加熱された水がゴポゴポと沸騰する。


「一……二……」


熱湯をポットに注ぎ、教えられた通りに数える。

数えている間、ギヴはベッドの側の椅子に腰をかけ、子供の手を握り自分の魔力を分け与える。


「九十九……百……」


数え終わると同時に薬草が宙に浮きあがり、炎に包まれ灰になる。

熱いまま与えようとしたところで、エイガストが氷を入れて冷ますと言っていた事を思い出し、氷を浮かべて温度を下げる。


魔法で一滴ずつ生薬水を取って、子供の口内を濡らす。

いつか目を覚ます事を願いながら、ギヴは少しだけ強く手を握った。




―――――― ――――― ―――――




「褒美、ですか」


西の街から戻り、即位式の前に呼び出されたエイガストは、ゼカイナの私室を訪れていた。

書類に埋もれる様に机に向かい筆を走らせていたゼカイナが、筆を置いて褒賞について尋ねた。


「ゼミリアスを無事に城まで送り届け、魔獣の討伐、レティーナの奪還まで成した者を無下にする訳にいかんだろう。なんでも、とは言わんが希望があれば言うが良い」


中央都市に来るまでにかかった費用は、かなりの色をつけられて既に受け取っている。

それとは別に追加の褒美と言われても直ぐには思い付かず、エイガストは少しばかり考えてから、ひとつ提案した。


「まだそうと決まった訳ではないのですが」

「うむ」

「いつかこの大陸に店を構える時の許可を頂けますか」

「店を出す事に国の許可は必要ないが」


もちろん業種や過去の取引内容などを精査する場合もあるが、各街に配置してある役場に申請するだけで済む。

開業の資金や土地が欲しいのかと問えば違うと言う。許可証が提出された際には、城に通達されると尚良いと。


「情勢にもよりますが、国王認可の店となれば経営もしやすいんです」

「私を広告塔にするか」

「広告だけでは終わらせません。国王御用達の店になる様、良い物を揃えさせます」




遠くて近い未来。

ゼカイナは国内に建てられた国王認可の店に、懐かしき面差しを見る。




これにて二章はお終いとなります。

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