029
早朝の時間に城へと続く門の前にエイガストは訪れる。
昨日レイリスと街を見て回った帰りに、ゼファインが書状を持って現れた。達筆過ぎて読めなかったため代読して貰ったところ、ゼミリアスを迎えに来いと言うものだった。
その場で「行く」とゼファインに伝言を頼み、こうして門の見える位置で待っている。約束の時間より少々早く着いてしまったが、隣にレイリスがいるので話し相手には困らない。
門を塞いでいた門番が左右に散った事を合図に、エイガストは立ち上がって迎えにいく。開いた門の向こうには、銀馬を引いたゼミリアスがゼナフと共に立っていた。
服装は今までのエルフェン族の衣装ではなく、スフィンウェル国に合わせた動きやすそうな旅行服と、小型の背負い鞄。なのに靴だけは高下駄のままなのは、背の高さを気にしているのか、履き慣れているだけなのか。耳の飾りは両方に複数着けているが、左の耳たぶにあった家紋入りの物は外されていた。
ゼナフを残して馬を引くゼミリアスは、エイガストの前で立ち止まると頭を下げた。
「よろしく、おねがいします」
「こちらこそ、歓迎します。ミリアス」
身内のみでいる時は名前の属性を省くという習慣に倣って、エイガストはゼミリアスの男を抜いて呼んだ。
ゼミリアスは嬉しそうに照れ笑いを浮かべた後、友達だと言って銀馬をエイガストに紹介する。
「この子は、ウエルテ。ボクの、友達。連れて、行きたい」
「ウエルテ……疾風?」
何度も頷くゼミリアス。馬の命名に「強い」や「速い」の意味をつけるのは、どこの国も共通らしい。
立派な鞍と両脇に装着された革製の鞄には、馬を管理する道具が入っている。ウエルテと名付けられた銀馬はエイガストに怯える事なく、鼻筋を撫でる手を大人しく受け入れる。
「いいよ、連れて行こう。忘れ物は無い?」
「ワ!」
たった一節で、ゼミリアスの人間語が上手になっている。その努力にエイガストは素直に感心した。
エイガストは視線をゼミリアスからゼナフに移す。穏やかな笑みを浮かべたゼナフは、エイガストに頭を下げる。エイガストは頭を下げ、ゼミリアスは手を振ってゼナフに答えた。
ゆっくりと門が閉ざされゼナフの姿が見えなくなってから、二人は都市の中心へ向かった。
今日はゼカイナの即位と戴冠を行う大事な日。
国中から訪れた多くの人で街中が活気付く。エイガストの泊まる宿に丁度馬小屋の空きが有り預ける事ができた。今後は馬の飼育代も考慮して稼がなければ。
それを考えるのは夜になってからでも良いと思考を中断し、人混みに呑まれない様にエイガストはゼミリアスを抱き上げて、ゼカイナの戴冠を見守る良い位置を探す。
「エイガスト、あっち」
人を掻き分けてゼミリアスが示した高台へ登る。
少し遠いが会場を一望できる見晴らしの良い位置。
エイガストはゼミリアスを下ろし、持たせていた握飯を受け取る。中身は味のついた焼き魚のほぐし身。
「エイガストは、参加しないで、良かったの?」
ゼミリアスが握飯を頬張りながら尋ねる。エイガストが式典の参列を断った事を聞きたいのだろう。
会場に目をやれば各国の王や大使が参列する姿が見える。
南東の島国を統べる、サディアル王国。イェン王とリ・ジュウ大使。
海獣の血を継ぐ王を頂点に海中でも生活できる水棲人族の国。海産物による食品と加工産業で栄え、海獣に次いで海の支配者である事から案内人兼護人として船には必ず一人乗船しているという。
中央大陸の半分を統べる、スフィンウェル軍国。ベイゲルフォード元帥とパーラスフォード第二王位。
牙を剥く者には制裁を。圧倒的な軍事力で数多くの侵略国を手中に収め、世界最大の領土を誇る軍事国家。その強さは小国であれば元帥単騎で事足りると聞く。自ら侵略する事はなく、あくまでも軍事の最優先事項は魔獣討伐だという。
数多の種族を抱え、混血種が珍しくないためか国を追われた者の移住が多く、それに伴う種族間や土地争いの絶えないセイクエット共和国。出席者はヴァッハ副代表とヒューリ大使。
山岳地帯を統治下に置き鉱物資源は豊富だが食糧問題が尽きず、豊かな土壌を求めてスフィンウェル国に侵略した過去を持つ。領土こそ奪われなかったものの膨大な賠償金を今も支払い続けているため、国としては貧しいままである。
深い自然に囲まれた複数の少数民族国家からなる、ソーニアリス連合国。立派な鬣を誇る獅子頭のランラ代表と銀毛の狼頭のキ・ガ大使。
昔ながらの風習を好み、人族ではない永年の種族も多い為、人族の住む土地は限られる。未開拓の土地に豊富な資源が眠るとされ侵略される事も度々あったが、スフィンウェル国と協力して防衛を行った事もある。
都心は中央大陸の東北諸島にあり、中央大陸の領土は各地に散らばり、合計面積は一割ほど。
「俺は一般から眺める方が良いかな……」
錚々たる顔ぶれに苦笑いしかできずにエイガストは答えた。
主要四カ国以外にも参列する族長や貴族領主といったゼカイナの縁者もいるが、そこに自分が並ぶのは場違いにも程がある。
「あ、兄さん!」
ゼカイナが姿を見せると盛大な歓声が轟く。
各国の来賓や国民の見守るなか、堂々と姿を現し高台へと上がる。
即位するのは第二王位ゼカイナ・ビアンカ・シルフィ。
中大陸全土を統べるシルフィエイン王国の、実に八十年ぶりになる新たな王。
二百年生きるとされる霊長のエルフェン族が支配する海に囲まれた土地は、長距離を渡れる船が出来る百年程前までは空を飛べる者しか訪れる事ができない閉鎖的な国だった。
積極的に外との交流を図る王の方針の下、変わっていくこの国の未来を外側から見届けるのだろうと、エイガストは兄の戴冠した姿を見て喜ぶゼミリアスを見守った。
即位戴冠の式典が終わった翌日、街のお祭り騒ぎは一向に収まる気配はなく、ゼミリアス曰く「みんなお祭りが大好き」らしい。
第三王位のレティーナとパールの友好の調印式は城の中で厳かに行われたが、お披露目は城下で大々的行われた。
闊歩するのは、大きな車輪を付けた輿車と呼ばれる小さな家にも見える乗り物。それ引くのは六頭の馬。屋根の頂点には烏の像が飾られている。揃いのドレスを着た二人が観衆に向けて手を振れば、歓声になって返ってきた。
観衆の後ろの方からエイガストはゼミリアスを抱え上げ、ゼミリアスは通過する輿車に手を振る、それに気づいたパールとレティーナは手を振り返す。
「あの二人、一緒にいるのね?」
「ええ。ゼミリアスが是非、彼と旅をしたいと」
王族として城に残ると思っていたゼミリアスが、エイガストと一緒にいる事にパールは少し驚いた。
一節前に二人が交わした約束を、パールは聞かされていなかったからだ。
「ご安心ください。ゼミリアスは本当に、エイガスト様を慕っているだけですから」
「私、そんなに顔に出ていましたか?」
「いいえ。ただ、我々は性別に囚われませんから、心配させてしまったかと」
パールは右耳を押さえる。エイガストと揃いの耳飾りで「恋人」を装うことで牽制しているが、ゼミリアスに対して嫉妬を危惧されるとは思っていなかった。
少々悪戯っぽく微笑んだパールはレティーナの目を覗き込んで口を開く。
「私達も負けていられませんね」
「まあ。ふふ、そうですね」
恙なくお披露目の行進は終わった。
手を繋いだ二人の姿は歴史に記され、後世に語られる事となる。
中央都市の南側にある乗合馬車の停留場。そこそこの広さがある広場だったが今回の祭りの規模が大きすぎて、通りまではみ出す数々の馬車に溢れる人、人、人。
耳飾りを利用してパールはエイガストを見つける事ができた。
「やっと終わったわね」
「お疲れ様でした」
「パール、制服、格好良かった!」
「ふふ、ありがとう」
大きく伸びをして一息吐くのは、行事から解放されたパール。拘束されていた数日は自主訓練が出来ず体が鈍ったとパールは愚痴るが、合流場所までのかなりの距離を走ってきたので「鈍るとは?」と合流したエイガストは思う。
パールと合流前に取り付けていた護衛を請けた商隊から詳しい説明があると集合がかかり、エイガストはそちらへ向かった。
「ゼミリアス君、これからもよろしくね」
「君、いらない。ゼが、君、だから」
「わかったわ、ゼミリアス」
「ワ!」
改めてゼミリアスと新たな仲間のウエルテに挨拶するパール。彼女が馬を撫でているところへ、支給された携帯食糧等を詰めた袋を抱えたエイガストが戻ってくる。
「お待たせしました。俺たちは五番目に入ります」
商隊の馬車は全部で七台。その内の一台を指してエイガストは言った。
三つの商会の荷馬車と追随する行商人が五名、御者が七名、便乗者が八名、そしてエイガストたちと同じく護衛も兼ねた南の港街へ向かう傭兵が十三名と、荷馬車を引く馬が各四匹ずつと、中々の大所帯。
ウエルテの背に荷物を載せながらエイガストは続ける。
「急ぎの旅らしいので、港街までに経由する街は二つだけ。十四日を目標としています」
「本当にギリギリの日程ね。港で何かあるの?」
「最新鋭の客船が完成したらしくて初航海記念の祭りがあるそうなんです」
エイガストの興奮具合からすごく楽しみにしている事が伺えて、パールとゼミリアスは目を合わせて笑い、ウエルテは鼻を鳴らした。
商隊の先頭で馬が嘶き、荷馬車が動き始める。それに合わせて人も移動を始める。エイガストとパールは担当の荷馬車と並んで歩き、ゼミリアスはウエルテに跨り追従する。
大陸の南に位置する港街を目指して、三人は中央都市を後にした。
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