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早急に必要な物資の提供も行き渡り、最低限の施設も完成した。現場での支援も落ち着いた頃合いを見て引き上げる。

エイガストが販売していた製品を引き続き使用したいと申し出た業者には、販売品リストと紹介状を渡しておいたので逓送(ていそう)組合を介して直接商会と取引して貰う。

エイガストの父はこの販売方法を「ツウハン」と呼んでいる。


エイガストとパールは、一節(ひとつき)ぶりにシルフィエイン国の中央都市に戻ってきた。


「それじゃ、行ってくるわね」

「はい」


式典に出席するパールを見送ったエイガストは役場に向かい、医薬品を扱う商会を紹介して貰い、通弁者を借りて足を運ぶ。

しかし、解熱作用のあるカルカンの尾や解毒薬になるココルヒンの心臓の方が、小型で飼育の場所も手間も費用もかからない上にヒヒカエルの瘤より高額で取引される。

エルフェン族ほど魔法に長けていれば、小さな傷くらいなら自分の魔法でも治せる。人間の国とは違ってどこにでも魔療使(ヒーラー)がいる様な国で、傷薬や化膿止めの需要は低い。


「そんなに沢山必要なのかい?」

「今すぐにではないのですが、人間は全員が魔法を使える訳では無いので。今後外国との交流も増えるでしょうから、こちらの地方でも購入できたら便利かと思いまして」


特にこの十二年間は東と南の港町くらいしか外国との交流がなく、医薬の製造も国内で需要の高い解毒剤や魔力補給剤(ウィスポーション)に絞られていた。


「うーん、ならゼムードンの所に行ってみたらどうだ?」

「その方は?」

「最近商会から抜けた製薬場なんだけどな、皮膚用薬を中心に扱ってたんだ。そこなら養殖場の取引先があるかも知れん」

「わかりました。ありがとうございます」


商会を出たエイガストは早速その養殖場へ足を運ぶ。通弁者は別件の予定があると言う事で、時間給分だけ支払って別れた。

街の端の端に位置するその施設は、随分と手入れがされていない古びた建物。壁の表面には蔦植物が這っている。


「すみません、誰かいませんか? アーニム?」


ドアベルを鳴らして店の扉を開く。

店内は薬草などの素材から瓶詰めされた薬液が棚に並び、薬屋独特の香りが鼻を突く。家具は古びているが清掃されている。店内のランプが点いているので営業はしているようだ。


「はーい、いらっしゃいませ」


独特の訛りを含んだ人間語で返答し、店の奥から顔を出したのは壮年の女性。

白い肌と整った顔に獣人独特の大きな碧色の目、ふわふわの薄桃色の髪と頭部から垂れ下がる兎の耳。どうやらエルフェンと獣人の混血らしい。


「こんな辺鄙な所にようこそ、人間のお客さんは久しぶりさね。何をお求めです?」

「突然すみません。ゼムードンさんって方はいらっしゃいますか?」

「ゼムードンはアタシの親父だけど、もう二十年前に死んだよ?」

「え」


エイガストが自分の商会札(めいし)を出して店に来た理由を話す。理由を聞いたゼムードンの娘はカラカラと笑った。

彼女はカニュッカ。二十年前にエルフェンである父が死に、それと同時に商会から取引を切られ、個人販売をしているらしい。

同族以外とは取引をするつもりが無い老舗商会から、やんわり蹴られたという事実にエイガストは落胆する。


「エルフェンにとって二十年は“最近”なんだねェ」

「彼等の時間感覚を失念していました……」

「よくある事さ。んで、申し訳ないんだけど、この店は養殖場と取引はしてないんだよね」


両親が生存している頃は人を雇い、裏の施設で薬草や生物を養殖しては調薬を行い、外部から購入した事がない。そして彼女一人になった現在は、細々と小さな庭で僅かな薬草を育てるばかり。

使われない施設は劣化して直ぐには使えず、改装する資金も無く、人手もない。


「それって、ヒヒじゃなきゃダメなのかい?」

「いえ、ヒヒカエルより効果があって量産向きの化膿止めがあるなら構わないのですが」


他の素材でも化膿止めの効果を持つ動植物はあるが、効果が弱かったり量が少なかったりと、ヒヒカエルの瘤以上に使い勝手の良い素材に出会えていない。肉は食用になるし。

エイガストの返答を聞いたカニュッカは一旦奥へ引っ込み、随分と古びた紙の束と透明の液体が入った瓶を持ってきた。


「親父が最後に作った傷薬」

「クヌと……フウジンって、劇薬じゃないですか」

「そ。それをカガシの骨粉で濾過して一度凍らせると、毒性が弱まる上に化膿止めの効果がでた。三百倍に薄めた溶液を、ニベで固めたのがコレ」


カニュッカは瓶の蓋を開けてピンセットで中身を掴む。透明の液をたっぷり含んだ半固形物の透明な板が引き上げられた。それを傷に被せて当て布で縛るという。

紙の束に(したた)めたれた製法と効果実験。標本と検証は途中で終わっている。


「アタシ一人で抱えてても仕方ないからさ、商会の奴らに買い取って貰おうと色々持って行って、これだけ返ってきたんだよね」

「俺に売ってくれるんですか?」

「エルフェンじゃない種族に“凍らせる”ってのはちょっと厳しい製法ではあるんだけど、引き継いでくれるならアタシも嬉しい」


使用する材料は危険物ではあるが、高級なものでも希少なものでもない。ありふれた材料でヒヒカエルの瘤と同等の効果が得られ、工程も少なく量産できる。


「どうして自分で売らないんですか? 港街なら外国人相手に商売もできたでしょう」

「なんでだろうね。こんなにオンボロなのに……離れ難くてさ」


今でこそ即位戴冠式で多くの種族が中央都市まで来ているが、商会に属していないカニュッカが港街まで売りに行くなら、滅多に来ない外国の行商に買ってもらうか個人で向かうしかない。

カニュッカが中央都市から一節(ひとつき)弱かけて向かい、同じ期間かけて帰ってくるには効率も利益も悪すぎる。港街に移住すれば解決するが、長く生きた今の店への思い入れが強すぎた。


エイガストは近くの空きテーブルを借りて書類を書いた。それをカニュッカに渡す。

その内容にカニュッカは目を見開いた。


ヴィーディフ商会(うち)と契約しましょう。標本と検証はこちらで引き継ぎます。劣化した施設の改装費用もこちらで用意しますので、カニュッカさんは立ち会いをお願いします」

「待って待って、アタシは買い取ってくれるだけで構わないんだよ」

「ええ、ですのでカニュッカさんの店ごと傘下に入って頂こうと思いまして」

「で、でも良いのかい? 商会長に相談もせずに勝手に決めて」

「大丈夫です。中央都市の製薬場を傘下に入れる事に誰も反対しませんし、いずれ俺が継ぐんで」


カニュッカはエイガストの言葉に二、三度瞬いてから笑った。それから「よろしく」と握手を求める。

握手を交わしたエイガストは今後の話を進め、改装に当たっては後日商会から人を送る事になった。





カニュッカの店を出た後は商店街を歩く。

目新しい物を見つけては片言のエルフェン語で話しかけ、説明を聞いては購入する。

そういえばと久し振りの単独行動に気づく。式典の為、パールと合流するのは数日先になる。今なら耳飾りを外して逃走する事も出来そうだが、不思議とそんな気分にならなかった。

随分と(ほだ)されてしまったものだと、エイガストは独り言ちた。


そんな途中で魔法道具を扱う店を見つけた。中を覗くと本や装飾品など様々な道具が棚に並んでいる。

中にいた店員がエイガストに近づき刺繍の入ったリボンの端を持つ様に示した。


「いらっしゃい。法使(メイジ)の人かな?」


通弁紋布(グロット・スカーフ)のリボン版だった。両端を互いに持つ事での会話。そんな使い方もあるんだとエイガストは気付かされた。


「いえ、一般用の魔晶石を見に来ました」

「それなら其処の白いテーブルの上から選んで、許容量とか分かる?」


白いテーブルに並ぶのは小さな三色の魔晶石。

粒の大きさは種程に小さく、刺繍珠(ビーズ)に紛れるとわからなくなるほど。

店員の説明によると、この大きさで青ならコップ一杯の水を、赤ならランプ並の炎を、黄なら微風を起こせると言う。それ以上の強力な魔法を使えば石が耐えられずに壊れてしまうそう。


店員は他の客が来店した事でエイガストから離れた。一人でゆっくりと選ばせて貰う事にして、エイガストは青い魔晶石を一粒つまみ上げる。

弓に頼らなくても多少の魔力を扱える様になったエイガストは、青い魔晶石に魔力を通して小さくレイリスに声をかけてみる。


「レイリスさん?」

「はい」


弓の時より姿は薄ぼけて見えるが、声はしっかりと届いた。

水を生成せず微弱の魔力を通し続ける事は難しいが、それは練習すれば良い。


「好みの物はありますか?」


指輪、首飾り、耳飾り等の石を置く装飾品を選ぶように声をかける。まさか選ぶ事になると思ってなかったらしくレイリスは驚いたが、装飾に視線を移せばその表情は楽しげなものに変わる。

沢山ある装飾品から悩み抜いてレイリスが選んだのは刺すタイプの耳飾り。購入したそれはエイガストの右の耳たぶに飾られた。


弓を手にする事なく、初めて二人で行動を共にする。

集中が途切れて度々レイリスの姿が消える事もあり、気が散ってしまう買い物はやめて街を散歩する事にした。

街の中で言葉を交わす事は少なかったがそれでも、同じ目線の高さで見て回るには一日ではとても時間が足りなかった。



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