025
西の街では多くの支援者が訪れていた。
統率は国から派遣された役人が行い、必要な場所に人選を送る。
力仕事が得意な者は瓦礫の撤去作業を。
農工具の扱える者は荒れてしまった田畑へ。
治療や調剤などの医学に富む者は仮設療院の看護員として。
港から遠く離れた土地で他種族の支援者達の言葉が通じるのは、軍で使用していた通弁紋布の使い回しが仮設の役場から支給されている為である。
エイガストが張った天幕では物々交換にて必需品や消耗品を販売していた。もちろん金銭でも交換は可能だ。
多少の破損や汚れは勿論、エイガストの店なので彼が使えると判断された物は壊れていても引き取った。
気をつけたいのは盗品である事。亡くなってしまった住人の遺品を持って交換にくる者は残念ながら居るもので、引き取った後役人に確認を取っている。それを利用して遺品が遺族に渡る様にとも思っているのだが。
「エイガストさん、粉、貰って行きます!」
「はい。付けておきますね」
建材用の粉末が入った袋を数人の大柄の男が担いでいく。
水を加えて捏ね、砂状に砕いた瓦礫を混ぜて成形した後によく乾かせば、丈夫な壁になる。頭領から既に代金は貰っているのでその日に必要な分だけを部下が取りに来る。今日はスフィンウェル様式の竈門を作ると言っていた。
「おにーちゃん、おわったー」
小さな子供たちが天幕の裏から顔を出す。
店の裏手では宛先の書いた木箱が積み上がっており、彼等はそれに蓋をする仕事をエイガストから頼まれていた。
「ありがとう。それじゃ、好きなのひとつ持って行って」
子供たちは商品棚から果物や菓子や玩具など、思い思いに好きな物を手にしていく。
小柄な体では力仕事には向かず、農家の子でもない子供たちにも何か出来る事はないかと役人に相談され、簡単な仕事を手伝って貰っている。
手先の器用な子は革の切れ端を編んだブレスレットを作ったり、貸し出している裁縫道具を使用して交換で手に入れた布と糸で刺繍をし売り込んでくる。商品として遜色ない物を持ち込む子を、この街で工房を立ち上げようとしている人に紹介した事もあった。
ふと太陽が陰りエイガストが見上げると、空を飛ぶ鵜翼人が三人がかりで大きな荷物を吊っていた。
この街の逓送組合が出来上がっていないため、一番近い街からの転送。
店の近くに荷物を下ろし、エイガストは果物を抱えて迎える。
「まいどー! 鵜翼便デース」
「お疲れ様です」
鳥の頭と大きな喉袋を持った少数の有翼民族、鵜翼人。
自身の倍以上の重量を抱えて飛ぶ事ができる為、逓送組合の特急配達を担当している。彼等は食べるのが大好きで心付は金銭よりも食べ物を所望する。
今日はエイガストが準備する日だ。
「こちら三人で分けて下さい」
「アザーっす」
「たまには肉も食いたいデス」
「先ほど絞めたばかりの兎でしたら……」
「生肉、嫌」
鵜翼人は喉袋を震わせて人間の言葉を発声する。いつ見ても器用だ。
荷物を担当する人々が集まり、降ろした荷物の分別をし、今度は逓送組合に送る荷物を載せ始める。
その間に休憩する鵜翼人はエイガストが用意した果物を次々と丸呑みし、あっという間に完食する。
「積載終わりました。好きな時に出発して下さい」
「アイーっす」
一際陽気な鵜翼人だけが元気に返事をする。他の二人はまだ喉袋に物が入っている様で、口をモゴモゴさせながら身振り手振りで返事をした。
エイガストに届けられた荷物は、支援を協力してくれた商会から物々交換用に格安で購入した製品と、日持ちする瓶詰め食品や香辛料も入っていた。一部は炊き出し班に持って行こう。
そんな中に撥水袋に入った封書が一つ。印章はヴィーディフ商会。嫌な予感がしつつも開封して中身を確認する。
そこには中大陸で栽培されている薬草類の買付けと、ヒヒカエルの瘤を採集する父からの依頼だった。
ヒヒカエルは大型の蛙で子供の頭程の大きさがあり、色は深い土の色。背中に六つの瘤があり、繁殖期に雄は低い牛の様な鳴き声で雌を誘う。
薬草類は特に期日の記載がないので復興支援が終わってからでも良いだろう。問題はヒヒカエル。出来るだけ急いで欲しいと添えられている。
しかしヒヒカエルの繁殖時期は真夏。もうすぐ初夏の今、多くを獲るのは考えものだ。と、そこまで思考してからもう一度買付けの薬草一覧を見る。
「あ」
ヒヒカエルの瘤を含め、全て傷薬や化膿止めに使う材料だった。
「それらが近いうちに多く必要になる」父の手紙はそういう事を示していた。ならばエイガストは取る行動は、ヒヒカエルを収獲する事ではなく、養殖しておき非常事態に備える事。
エイガストは役場の人に相談する事にした。
「ヒヒカエルの養殖ですか」
「はい。背中の瘤は化膿止めの材料になりますし、肉は食用に卸せます。そう言った仕事をされてる方はおりませんか?」
「仮設ではなんとも。本部に問い合わせてみましょうか」
「是非お願いします」
同時に中央都市で医薬品を扱う商会をいくつか聞き出し、本部に寄った時に紹介状を出してもらえる様にしておいてもらった。
陽が沈み人々が寝支度を始める夜に、エイガストは魔法の練習をしに街を囲う壁の外に出ていた。壁を再建するのか取り壊すのか、まだ協議中だと聞く。
いつもはパールに練習に付き合って貰っているが、今日は夜の見回りに出ておりエイガスト一人で練習をする。
交換用の玩具の中にあったグ実を使用し、壁をアレックの顔に見立てて何度も投げる。勿論、当てる場所は額だ。
何度も繰り返しなんとなくコツが掴めてきた頃、息が上がってグ実に魔力を込める事が難しくなる。魔装具は所持者の魔力を吸い上げる補助があるとはいえ、自力ともなるとこうも不安定なのかと滅入る。
疲れたエイガストはその場に座り込み、ナッツをつまみながら休憩する。草を踏む足音が近づき、エイガストの背後で立ち止まる。一向に声がかからないのでエイガストは誰が来たのかと振り向いて、摘んでいたナッツを落とした。
あの日以来、行方をくらませていたギヴがエイガストを見下ろしていた。
弓を手にしているが魔力は通していない。この近距離ではギヴに弓を撃つ前に魔法で返り討ちに遭うだけだと、下手に動く事も出来ず、振り返った姿のまま硬直したエイガスト。恐怖と焦りで激しく脈打つ心臓を必死に隠す。
長い長い沈黙。
エイガストをしばらく見下ろしていたギヴが口を開く。
「貴方は、薬に詳しいのですか」
攻撃するでも捕らえるでもなく、薬の知識についての質問が投げかけられるとは思ってもおらず、エイガストは目を丸くしたまま言葉が出ない。
再び沈黙が落ちる。ギヴはただ静かに、エイガストの返事を待った。
「えっと。薬学者には劣りますが、店が出来るくらいには……」
「そうですか」
絞り出す様なエイガストの辿々しい返事にギヴは一人で納得すると、また黙り込んでしまった。
ギヴの気が変わってしまう前に、適当に話を合わせて早々に去ろうと、エイガストの方から尋ねる。
「病気の人がいるんですか?」
「病ではないのです。魔法で自らの意識を封印し、長い眠りについております」
「なら魔法で起こせば良いのでは」
エイガストの言葉に、無表情だったギヴの唇が僅かに歪む。
逆鱗に触れたかとエイガストに緊張が走ったが、魔法動作ではなかった。エイガストの背中を汗が伝う。
「できません。自ら目覚めるまで待つしかないのです」
「なら、どんな薬が必要なんですか?」
「眠っている者に与えていた水を、作って欲しいのです」
ギヴの言っている水が、仮設療院で怪我人に与えている生薬水の事だとすぐにわかった。それなら店にある物で準備できる。
相手を刺激しない様にゆっくりと立ち上がり、後退り気味にエイガストは早口で言う。
「しょ、生薬水ですね。材料は店にありますので、と、取ってきます。ここを、ここを動かないで下さいね」
ジリジリと後退していって距離を空け、街を覆う壁まで辿りつき身を隠す。それまでの間、ギヴは微動だにしなかった。
溜息と共にその場にへたり込む。
一人ではどうしようもなく、パールとアレックが居てようやく渡り合う事ができる相手。再びこの街を戦火に落とす事だってできるだろう。生薬水の材料を分けたところで大人しく帰ってくれるのかも分からない。
胸ポケットから出した小さな青い石を、壁の外が見える位置にそっと置く。それからエイガストは弓に魔力を通してレイリスを呼ぶ。
「すみませんが、外にいるギヴを見張っていてくれませんか」
「畏まりました。ご無事でなによりです」
レイリスの声を聞いて若干の気力を取り戻したエイガストは、立ち上がってその場を離れて店に戻った。
薬草類の入った箱の前で立ち尽くす。逃げる事ばかりを考えていて、効能の希望を聞いてない。
「どうしよう」
聞きに戻るのか。いや行きたくない。そもそも何故ギヴの頼みを聞いてやらねばいけないのか。
離れて時間を置いた事で、エイガストの感情は恐怖から不満に変わっていた。
それでも思考は生薬水に使う配合の事を考えてしまう。
長い間眠っているなら栄養を補えるものが良いだろうと、箱から乾燥した複数の薬草の葉と花と実を取り、広げた布の上で分けて一回分を糸で縛る。三回分を袋に入れて紐で口を縛った。
グダグダとしている内に結構な時間が経っていた。外で見回りの人達が騒いでいる様子もない。
レイリスにギヴの様子を聞くと、まだその場に立ち続けているらしい。
「あーもー!」
薬草を入れた袋とティーポットを持って勢いよく立ち上がり、店を出て小走りにギヴの元へ。「何かあったらお願い」なんて無茶をレイリスに言いながら向かった。
疑念とか恐怖とか忿懣とか。色んな感情が踏み締める足に現れる。
ギヴの正面に立ち、ティーポットと薬草袋を押しつける。
「ポットに薬草を一束入れて、沸かしたお湯を入れて百数えたら、薬草を取り除いて下さい。熱いままだと火傷するんで、氷でも入れて冷ましてから、少しずつ飲ませてあげて下さい」
勢いに任せて一息に説明した。微動だにしないギヴに早く受け取ってどこかに行ってくれと、エイガストは強く思う。
今自分がどんな表情をしているか分からず、顔を伏せたままエイガストはギヴに押し付けたポットに目線を落とす。
「感謝します。エイガスト」
「え」
ポットを受け取ったギヴが礼と共に名を呼んだ。
思わずエイガストが顔を上げた時には、ギヴの姿は消えていた。
ギヴに直接名乗ってはいないが、ギヴの名もゼミリアスから聞いたもので彼から聞いた訳ではない。戦闘の間に何度か呼ばれていたから、それを覚えていただけだろうと自己完結させた。
「助かった……」
精神的疲労のせいか、その日の夜は上手く寝付けず、翌朝は久しぶりに寝坊した。
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