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024


もう何度目になるか。

魔獣の額に煌めく、(あか)い石を砕いた回数は。

何度砕いても消えず再生するため、双核(ふたつもち)である事は明確だった。

だと言うのに、全身のどこにも二つ目の核がない。

襲ってくる近衛兵の屍骸のどれかが持っているとすればやっかいだ、と考えながらピーガルは指揮を取る。


少し前にパール達の向かった屋敷の一部が崩落した。

その際に魔獣を目撃したと報告があがっているが、そちらに関しては心配していない。

もし二つ目の核があちらに有るとすれば、伝令がくるはずだ。


街の生き残りの保護は、ほぼ完了している。

残るは──


「ふッ」


路地から飛び出した屍骸を、回した蹴り一つで脚を折る。

腐敗した脆い体と意志を持たない刀。ピーガルにとってそんな者は敵ですらない。

ムルクを倒せばただの死骸に戻り、名を確認した後に埋葬をする為、極力傷を減らす工夫が必要ではあった。


「ピーガル殿」


上空から呼び声と共にシルフィエインの近衛兵が降りて来た。

被衣(かつぎ)と嘴の面で目しか見えないが、第二王位(ゼカイナ)の近衛兵だったとピーガルは記憶していた。

近衛兵はゼファインと名乗った後、要件を伝える。


「パーラスフォード殿下より伝令。こちらの魔獣は双核(ふたつもち)、且つ、二つ目の所在は不明であるか」

(はい)

(しか)らば、屋敷にて現れた魔獣と(つがい)なす物にて、作戦を決行したい」


作戦の内容を伝えたゼファインは飛び立ち、自陣営の方へ伝令に向かった。

ピーガルは直ちに伝令を送り、各部隊長に作戦と分担を指示。敵を薙ぎ払いつつ各配置の確認に急いだ。





「エイガスト、ゼミリアス。準備を」


ゼファインが伝令に向かってから二千を数えた後、パールが言った。

その間に(あか)い石を三度ほど砕いたが、もう一匹の魔獣の核を砕く瞬間と合わないらしく、再生してしまった。


だから、まとめて貫く。


パールの作戦は単純だった。

エイガストとゼミリアスの魔力を合わせ、金剛杵(ドゥルジェ)で底上げされた威力の矢を放つ。

指定した方角へピーガルが魔獣を誘導し、直線上には誰もいない様に退避させている。

貫いた後の矢が奥の森を壊さない様に、ピーガルの盾隊が防いでくれる。


何も心配いらない筈なのに。

胸が痛い。

それが元人間である魔獣(ムルク)を撃つ罪悪のせいなのか、ただ漠然とした記憶の中にある既視のせいなのか。

余程酷い顔をしていたのだろうエイガストの手を、ゼミリアスが強く握った。真っ直ぐに見つめるゼミリアスの目に、エイガストの表情が少し緩んだ。


ゼミリアスを守ると何度も言い聞かせてきた意志を、もう一度奮い立たせる。

パールとアレックが魔獣を引きつけ、エイガストの準備が整うのを待っている。

エイガストが弓を構える。向かいに立つゼミリアスが手を添える。


「レイリス」


矢尻を持つエイガストの右手に重なるゼミリアスの手、それを更に包みこむ様に添えられたレイリスの手。

ゼミリアスの肩に止まっていた烏が、魔力を奪われて紙切れに戻る。

エイガストとゼミリアスの魔力を吸い上げ成形された、凍える気を(まと)う青い氷の、槍。


「撃てます!」


エイガストの声にパールが動く。

魔獣が牙を剥いてパールを追う。弓の照準まで魔獣を引きつけるが距離が近い。

パールが一瞬だけエイガストに視線を送る。構わず撃てと、彼女の目が言う。

エイガストの視界の隅でアレックが動く。


青い軌跡を残して矢が(はし)る。


魔獣の頭を貫き、屋敷の壁を穿ち、過ぎ去る家々を薙ぎ、魔法の鎖にて繋がれた対の魔獣を撃ち抜いた。


防護壁(シールド)!!」


号令と共に盾隊が厚い防護壁(シールド)を張る。

街を覆う壁を突き崩しても尚、勢いの止まらない矢が防護壁(シールド)に衝突。

盾隊は喊声(かんせい)を上げて矢を押し返し、方向を変えた矢は上空へと消えた。


一筋の氷の跡を残し、静まり返る街。

射抜かれた二体の魔獣が、風に溶けて、消えた。


エイガストはゆっくりと息を吐いて弓を下ろす。パールは無事だろうかと視線を巡らせ、壁に突き刺さる槍にぶら下がっている姿を見つけた。投槍で人一人を壁まで追いやるアレックもだが、その槍を掴みとるパールも大概だ。

レイリスの姿は見えない。弓に通せる僅かな魔力さえ、使い切ってしまったらしい。

急激な眠気に襲われながらも、まだ確認しなければならない事がある。


「ゼミリアス」


呼びかけた声にゼミリアスがエイガストを見上げる。呼吸が荒れて疲労こそ見られるが、気絶する程ではないらしい。

エイガストはしゃがむつもりで膝を折るが、そのまま崩れ落ちてしまった。慌ててゼミリアスが支える。


「肩の刻印……見せて」


ゼミリアスは服の合わせを崩して、左の肩を晒した。

あの痛々しかった刻印は綺麗に消えていた。


「よかったぁ……」


安堵と喜び。

エイガストは弓を持っていない右手でゼミリアスを抱き寄せた。そのまま前に(より)かかり、支えきれなくなったゼミリアスを押し倒す。


「エイガスト!?」


ゼミリアスが驚きの声をあげた時には既に、エイガストはゼミリアスの腹を枕にして深い眠りに落ちていた。


その後。

レティーナの刻印も消えた事を確認。

伝令史によって翌日には救護部隊が派兵され、ゼミリアスはレティーナと共に指揮をとる。

屍に戻った死者の確認と集団埋葬の準備。

街の外に天幕を張り、保護された者たちの手当てと食事、そして家族への連絡。

目処が立った頃に近衛師団は街から引き上げる。


ピーガルの部隊は城に戻らずここで撤退。治療が間に合わず傷を増やしたアレックも、彼等と共にスフィンウェル国に戻る事になる。

別れる前にパールとアレックは少しだけ言葉を交わしていた。


近衛師団が城下へ凱旋を果たすと、多くの者たちが歓声と共に出迎えた。

エイガストが目覚めたのは、その二日後だった。





王族を含め多くの者が犠牲になったシルフィエイン国では、一節(ひとつき)の喪に伏す事になった。

その後、ゼカイナの即位戴冠式とスフィンウェル国との友好を交わす式典を行う予定になっている。


しかしその間も西の街では復興の手が必要だ。

エイガストは東の港街から中央都市に着くまでの各役場に、復興支援の協力を求める貼り紙を、西の街が解放された後に掲示する様にお願いしていた。

逓送(ていそう)組合を利用して、ヴィーディフ商会に繋がりのある商会にも手紙を送っている。

支援はもともと一節(ひとつき)の予定でいたので、式典に間に合う様に引き上げる事にする。


目覚めて間もなく、出発の準備をするエイガストの元にゼミリアスがゼナフを連れて顔を出した。


「あ、あのね…その……」

「うん」


言いにくい事を懸命に伝えようとしている姿に、エイガストは手を止めてしっかり向き合い言葉を待った。


「ボクをエイガストのハクチョウにして下さい!」

「……すみません、ハクチョウとは?」

「恋人になること!」


ゼミリアスの返答にエイガストは盛大に咽せた。

何をどうしたらゼミリアスが告白するに至るのか訳もわからず混乱する。


「殿下、それでは伝わりません」

「そうなの? えっと……」

「僭越ながら(わたくし)が説明しても?」


ゼナフの申し出に、ゼミリアスとエイガストは首を縦に振る。


現在、エルフェン族の名前の頭には性別を入れ、子をなす伴侶も親族が選ぶ決まりがある。

その決まりが無かった頃、外見で性の判別が難しいエルフェン族では、恋に落ちた相手が同性だった事も少なく無かった。それではいつか滅んでしまうと危惧した王の先祖が、その様な決まりを作った。

しかし人の心まで縛る事は出来ず、子を成すための伴侶とは別に愛する人と親しくなる関係を、いつしかハクチョウと呼んだ。


「これが殿下が恋人と称した理由です。現在では親友や相棒と言った意味合いで使用されます」

「そうなんですね。ですが、どうして急に?」

「急じゃないよ。ずっと考えてた。エイガストと一緒に旅ができたら楽しいだろうなって」

「楽しい事だけでは、ないんですけどね」

「うん。でも……エイガストと一緒に行きたい」


単純に慕ってくれていると受け取ったエイガストは一先ず安堵し、それからどうしようかと考える。

ここで下手に断ったとしても、城を抜け出して追ってくる可能性は大いにある。

エイガスト自身はゼミリアスの事を嫌っている訳でもなく、危険な旅に付き合い、更には仕事まで手伝って貰えるならとても助かる。

しかし、そんなに気軽に決めても良い事なのだろうか。そもそも旅に出る為に、ハクチョウとなる理由はあるのだろうか。


「ゼナフさん。ハクチョウって申請が必要だとか、制約があったりしますか?」

「御座いません。ただ王族は国を離れる事はできません。他種族のハクチョウとなる事で国外に出られます。その場合には、王族からの除名と継承権の放棄が必要となります」


ゼナフの話を聞いたエイガストの表情が自然と険しくなる。


「この話をお兄さんやお姉さんには?」

「……まだ」

「そうですか。ゼミリアスさん、すみませんが今すぐに答えを出す事はできません」

「エイガストも駄目って言うの?」

「駄目とまでは言いません。ですがこの件はゼミリアスさんの将来に関わり、そしてご家族の将来と俺の将来をも変えてしまう大切な事です」


エイガストの語気が強かったためか、ゼミリアスは落胆の表情を見せる。

落ち込ませてしまった事にエイガストも少し胸が痛いが、それでも安易に決めてはいけない事。

ゼミリアスの髪を軽く撫でて名前を呼ぶと、少しだけ視線を上げてエイガストを見る。


「だから、よく考えて、何度も話し合って、ちゃんと説得できたら、一緒に行こう」

「待っててくれるの?」

「俺で良ければ」


約束と称してゼミリアスがエイガストの左手を取り、互いの小指を絡める。指切りという誓いの仕草。

二人の姿をゼナフは静かに見守っていた。


一節(ひとつき)後の式典の日に再会を約束し、エイガストとパールは翌日の朝、西の街へ発った。

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