022
大広間を会議室として使用し、床敷に座るのは第二王位のゼカイナを始め、シルフィエイン国の近衛師団と親衛隊の隊長格。スフィンウェル国は大佐であるピーガルと数人の佐官、そこにパールとアレックが加わる。
パールたちがギヴと呼ばれる法使と応戦している頃、法使ムルクが城に押し入り、レティーナを拉致して西の街へ飛んだ。
現地で監視をしていた衛兵から、街の屋敷へ降り立つ姿を確認している。
西の街の出入り口である門は三箇所あるが、魔獣や氷の魔法で塞がれている状態。壁を登って脱出を試みた者は、矢や魔獣の的となった。
盾となる高い壁に囲われた街が、今では檻となってしまった皮肉。
街の中から外に投げられたと思われる、石や矢に結ばれた手紙の数々。
それには中に残された住人や旅人が、今でも魔獣と戦っている事。
解放に向かった第一王位と近衛師団はほぼ全滅し、逆に操られて襲ってくると言うもの。
食糧も尽き、腐肉を食らって生き延びている事。
衛生が保てず病死する者の事。
街の外にいる家族への遺言。
街は悲惨な状態にあった。
先ずは外への道を開く事。
斥候からは生存者たちは東側の役場を拠点にしている動きが見られたと報告があり、一番近い位置の壁に衝角で風穴を開け救援部隊が突入する。
南側を縄張りにしている魔獣を討伐するのはピーガル隊。
氷で封じられた南門を魔法で破壊し街中へ突入。ピーガルが指揮する第一班が魔獣を抑えている間に、第二班が住人の救援をしながら北上し西門側へ向かう。
ピーガル隊の盾班が南門の防衛を敷き、敵の流出を抑える。
ムルクが拠点としている屋敷に突入する方法と、人選の編成中に室外から兵士が一人駆け込んできた。
「なんだ、騒々しい」
「申し上げます。ゼミリアス殿下が金剛杵を持ち出し、城を抜け出ました」
「なんだと!」
「馬で西の方角へ向かわれました。恐らくレティーナ殿下の救出にお一人で向かわれたのではないかと」
「あの馬鹿者が。直ぐに連れ戻せ!」
「既に」
金剛杵とはシルフィエイン国の国宝の一つで、持っている者の魔力を大幅に強化する代物。それと同時に魔力の消費も激しくなるので注意が必要となる。
ゼミリアスがムルクに対抗しようとするのであれば必要になるが、一人でどうにかなる相手では無い。
レティーナが攫われた事で周りが見えなくなったか。ゼカイナは小さく歯噛みする。
「一つ、宜しいでしょうか」
パールが横から声をかける。
ゼカイナが進言の許可を出し、パールは再び口を開く。
「ゼミリアス殿下の側に、人間の男性が居ませんでしたか?」
「はい。共に逃走中でございます」
「ありがとうございます。ゼカイナ殿下、ゼミリアス殿下と共にいるのは私の仲間です」
「その者は何故止めない。ゼミリアスを危険に晒す気か」
「いいえ。彼の事です、制止して一人にするより、今は行動を共にした方が良いと判断したのでしょう」
それに、と続けるパールが右耳の飾りを指でなぞる。
ゼカイナは僅かに魔力の通った耳飾りを見て、相互監視の魔法がかかっている事に気づく。
「私たち、繋がっておりますから」
エイガストが側にいる事で、ゼミリアスの正確な位置の把握と危険からの保護を同時に行える。
パールの一言にアレックが表情を歪めた事を、ピーガル一人だけが気づいた。
城からの追手をゼミリアスが魔法で追い払い、河原で馬を休ませる為に休憩を挟む。
すっかり陽が落ちて辺りは暗く、灯りは手元の小さなランプのみ。
夕飯も摂らずに出てきた二人は、エイガストの鞄に入っていたパンとチーズを口にする。
そろそろパールが動くだろうか、そう思いながらエイガストは左耳の飾りを指でなぞった。
「これからどうします?」
「姉さんを助けに行く」
「二人では難しいと思いますが」
「エイガストも見たでしょう? 金剛杵があれば勝てるよ」
ゼミリアスが言うには、魔法の力を増幅する城の家宝らしい。エイガストが勝手に持ち出した事を心配するが、この緊急事態に使用しないでどうするのかとゼミリアスは言った。
確かに追手を退けたゼミリアスの魔法が、今までのものより強くなった感覚はエイガストにもわかった。しかし、ムルクやギヴに対抗できるかと問われれば、肯とは言えない。
金剛杵を手にして気が大きくなっているゼミリアスは、今は何を言っても聞かないだろう。
勇敢を超えて暴走しそうな彼をどうにか止めたいエイガストは、少し手荒な方法をとることにした。
「ゼミリアス」
今までとは打って変わったエイガストの静かな呼び声。
初めてエイガストから敬称も無しに呼ばれて、ゼミリアスは少し緊張する。
「金剛杵の強さがどれ位なのか、確認したい」
「良いよ。どうすれば良い?」
「俺が盾を張るから撃って。多分、ゼミリアスが全力を出しても、壊せないから」
そう言ったエイガストは、鞄から弓籠手を出し腕に着ける。弓を手にし、ゼミリアスから四十歩ほど離れた位置で立ち止まった。
エイガストの張る防護壁が金剛杵を使用しても壊せないと言われ、ゼミリアスは少し腹を立てた。
短い期間とは言え、ゼミリアスはエイガストの魔法を見てきた。アレックには及ばなくても、エイガストよりは上手く扱えるという自負がある。
金剛杵を使えばアレックにだって及ぶとも。
ゼミリアスは金剛杵を介して魔力を集め、束ね、エイガストの得手者と同じ矢を形作りはじめる。
エイガストは弓に魔力を通す。青色の魔晶石が淡く光る。
小さな声でレイリスを呼ぶ。二人の話を聞いていたレイリスは静かに頷いた。
ゼミリアスが矢を放つと同時に、エイガストの魔力の流れに変化が起きた事に気づいた。
エイガストの使い方ではない。以前にも感じた事のあるこの魔力の流れは。ギヴに襲われた時に。
互いの魔法がぶつかり、弾け、遅れて風圧が広がる。
ゼミリアスの矢は青い防護壁に阻まれ、エイガストに届く前に弾け消えた。
「ゼミリアス。次は俺が撃つから、守って」
「え」
エイガストは荒い呼吸と額から流れる汗を気にもせず、ゼミリアスの言葉を待つ事なく弓を構えて矢を番う。
肩で息をしていたゼミリアスも、慌てて金剛杵を構える。
かなり力を入れて撃った矢を弾く程に、強い盾を張ったエイガストの矢を防げるのだろうか。ゼミリアスの脳裏にそんな不安が過ぎった。
「ま、待ってエイ……」
「大丈夫。手加減するから」
弓に魔力が集中する。右手が弦を弾く。
薄青い軌跡が空気を割いてゼミリアスに向かう。
「ッ!!」
前方に突き出した金剛杵を中心に盾を張る。押し止めようとゼミリアスの踏ん張る体が、徐々に押されて始める。
ピシリと盾に亀裂が走る。薄青い矢はまだ消えてない。
ーー壊れる!
ゼミリアスが諦めかけた時、背中を支えゼミリアスの手ごと金剛杵を握る大きな手が背後から伸びた。
「何やってんだ手前ェら!?」
怒声と覇気の籠った魔法で、エイガストの矢を弾く。
助かったと安堵した途端に脱力したゼミリアスの体を、大きな腕がしっかりと抱えた。
「アレック……」
疲れ切った声でゼミリアスが自分を抱く男の名を呼んだ。
呼ばれたアレックは、何も言わなくても良いとゼミリアスの頭を軽く撫でた。
「毎度ながら無茶するわね」
「だって、こうでもしないと、止まりそうに、なくて。ちゃんと加減、しましたよ」
対する向かい側では、肩で息を繰り返ながら地面に座り込んだエイガストに、パールが声をかけていた。
そこへゼミリアスを片腕で抱き上げたアレックが大股で近づき、見上げるエイガストの頭に鉄拳を落とした。
「これから大勝負だってのに、くだらねェ事で魔力を使ってんじゃねェ!!」
声にならない呻き声を上げながら蹲まって悶えるエイガストにアレックが怒鳴りつけた。
無茶をした自覚があるため反論もできない。
涙目になりながら殴られた部分を摩りつつ立ち上がったエイガストは、アレックに抱えられたゼミリアスを見上げて謝罪する。
「すみません、ゼミリアスさん。怖かったですよね」
怪我はないかと伸ばしたエイガストの手を、ゼミリアスが握りしめて何度も首を横に振る。
「大丈夫。ごめんなさい、自惚れてた」
良かったと、エイガストは安堵のため息を吐く。これで落ち着いて話を聞いてくれそうだ。
それから、エイガストは鞄から果物や薬草や花を詰めた瓶を出した。
「白桃の蜂蜜漬けです。魔力補給剤ほどの即効性はありませんが、それなりに回復します」
通常、魔力は食事と睡眠を摂ることでゆっくり体に蓄えられる。
しかし戦闘等ですぐに魔力の回復が必要な時は、魔力補給剤を使用する。味は薬草の苦味が口に残って美味しくはない。飲み過ぎると悪酔いする上に値段が高いこと。
それ故に、一般民は魔力が豊富な果実や木の実を代用する。地域によって様々な瓶漬けがあるが、エイガストは白桃漬けがお気に入りだった。
白桃漬けを口にして落ち着いたところで、ゼミリアスはパールに尋ねる。
「パールたちは、どうして此処に?」
「あなたを追って来たのよ」
ゼミリアスは自分を見るパールとアレックとを、交互に視線を合わせてハッと気づく。アレックの腕から降りようともがくが、彼の腕はびくともしない。
「ね、姉さん助けるまで帰らないよ!」
意地でも帰る事を拒否するゼミリアスに、パールがゼカイナからの伝言があると聞き、少し青褪める。
国宝を勝手に持ち出したのだから怒られるのは当然だが。
「金剛杵だけを持ち出す奴があるか馬鹿者。だそうです」
「…ぇ?」
咎めの言葉か、はたまた追放の通達だろうと身を固くしていたゼミリアスだったが、予想もしていなかった言葉に呆けた声を出す。抵抗をやめた様子を見て、アレックはゼミリアスをゆっくりと地に立たせた。
パールが布で包んだ荷を差し出し、目を丸くして瞬きを繰り返すゼミリアスはそれを受け取る。包みから出て来たのは真新しい衣装と、黄の魔晶石が埋め込まれた羽団扇だった。
同梱されていた書状を開いてゼミリアスは再び目を見開く。
『特別任務を与える。レティーナを奪還し無事帰還せよ。
失敗は許されぬものと思え』
現時点での最高指揮官である第二王位の字で書かれた王命だった。
感情の高揚で握り潰しそうになる書状を丁寧に畳んで懐にしまい、ゼミリアスは改めて三人に視線を送る。
「お願いします。姉さんを、みんなを助ける力を、もう一度貸して下さい」
「もちろん」
「さぁ急ぎましょう。先行隊は既に西の街に向かっているわ」
「ねぇ、エイガスト」
「はい」
「レイリスって何?」
三頭の馬が速足で夜の道を行く最中、エイガストに抱えられる様に正面に座っているゼミリアスが訊いた。
「おー。ソレ俺も気になってた」
後ろを走るアレックもゼミリアスの質問に乗った。前を走るパールも視線こそ前を向いているが、エイガストに耳を傾けている。
必要だったとは言え皆の前でレイリスの名前を呼び、未熟な筈の魔法を正確に扱ったのだから疑問に思うのは当然だろう。
手にしている弓のレイリスと軽く視線を合わせ、エイガストは突拍子もない話だと前置きをしてから、質問に答える。
「えっと。弓に呼びかけると答えてくれるんです」
「酔狂な奴だとは思ったがそこまでとは」
「冷やかさないで下さい。……だから言いたくなかったんですよ」
反応としてはアレックが正しい。
エイガストだってレイリスに出逢わなければ、武器に話しかける者を奇人と思っただろう。
少し心配そうにレイリスがエイガストを見ていた。
「俺の魔法の……下手さはアレックさんも知っての通りですが」
「おう、クッッソ下手だな」
下手な自覚はあるエイガストだが、アレックに悪気を込めて言われると凄く腹が立つ。が、いちいち相手にしていると話が進まないので我慢する。
ゼミリアスに片手を出して貰うと、その手の平の上にレイリスが小さな氷の欠片を作って乗せた。
「俺が使う氷の魔法は、本当はレイリスさんの魔法なんです」
集団で旅をする以上、いつかはレイリスの存在が知られる。
ただ、レイリスの存在を認識できるのはエイガストのみで、見えも聞こえもしない彼女の存在をどう説明するか。いつかの夜に二人で相談しあい、伝承や古伝に出てくる「意思を持つ道具」を模倣する事にした。
「つまり、今までの功績は射手ではなく弓って事かしら?」
「そうです」
魔装具の商会で撃って見せたのが自分の本当の実力だと、パールに明かせば、あの時に感じた違和感にようやく納得したと返ってきた。
レイリスの存在を信じられないアレックだったが、魔力の扱い方に別人並みの違いがあり、首を捻り続けている。
「信じる信じないは、お任せします。俺からは以上です」
氷を手に取って眺めていたゼミリアスが、弓に触って良いかとエイガストに訊ねる。エイガストが頷くとゼミリアスはそっと弓に触れた。
「ギヴと戦った時、エイガストが防護壁を出した時にボクの魔力も使われた感覚があったの」
「あ、道理で。魔法使った後なのに、全然息が上がらなかったわけです。すみません、巻き添えにしてたの気づきませんでした」
「ううん。レイリス、守ってくれてありがとう」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
レイリスの言葉をエイガストが代弁する。
けれどそれ以上に、レイリスの存在を認めてくれた事がエイガストは嬉しかった。
「魔装具に意思があるかどうかは一旦置いておいて、弓がどんな事が出来て、何が出来ないのかを把握しておきたいんだけど、良いかしら?」
パールからの質問に頷いたレイリスとエイガストは、西の街の手前で陣を張る先行部隊と合流後に質問攻めを受ける。
質問の後はレイリスの魔法の試行と検証。その間にエイガストは魔力補給剤を二本飲んだ。
そしてようやく、後行の部隊と合流まで少しだけ仮眠をとる事ができたのだった。
よろしければ下記の★にて評価をお願いします。
誤字脱字も気を付けておりますが、見つけましたらお知らせください。