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021


翌日の昼を過ぎる頃、一行は街に到着した。

役場に向かい、届けられている失踪者の人相画を確認し、一致した者の遺品と遺髪を提出する。後は役場が遺族に連絡してくれる。

連絡馬車の使用を控え徒歩で国都まで向かう為、道中で必要となる食料を買い物中に、ピーガル隊の兵士がパールを見つけて敬礼し声をかける。


「大佐より中央都市まで行動を共にせよと指令が下りました」


隊員三名と軍仕様の夜営道具一式。隊員の一人は魔療使(ヒーラー)の腕章を着けている。

パールたちが徒歩で移動しようとしていた場合の援助まで、ピーガルは用意していた。


道中の数日間、荷物は隊員が全て持ち、設営も彼等が行う。大人の足並みに追いつけず、歩き疲れたゼミリアスを背負って進むこともあった。

せめて夜の警備くらいは引き受けようと、エイガストが申し出たが断られた。パールからは彼等の仕事を取らないでと叱られる始末。

刺客の相手はパールとアレックが中心で、エイガストの立つ瀬がない。悄気(しょげ)ていたらゼミリアスに慰められて撃沈した。


旅は順調に進み、中央都市まであと少しのところで、何度目かの刺客が訪れる。

剣士の風貌をした刺客は剣の柄のみを握り、刃が付いていない。折れてしまったのかとエイガストは思ったが、アレックが魔装具だと全員に注意を喚起した。

刺客が刃を生み出し剣を振り、アレックが魔装具の槍で打ち払う。同じ武器でも空中戦の突撃槍とは違い、薙いで扱う様に刃の形が変わっている。

エイガストは刺客の足を狙う。腐敗の進んだ体は想像以上に脆く、一矢で切断した。

崩れ落ちる刺客の後ろから、パールの足が相手の首の後ろを蹴り払う。刻印が押されている位置を的確に。


死体に戻った刺客から髪や遺品を兵士が回収していた時に、一人の法使(メイジ)が近づいてきた。

黒っぽいローブに色とりどりの細かい刺繍、羽織ったマントの留め具には飾緒が下がる。どこかに所属する法使(メイジ)かと思ったが、特にこれといった屋号紋は見当たらず。

フードを被り顔はよく見えないが、声色から男性だとわかる。


「争い事ですか?」

「あの、えっと……」


声を掛けられたが上手く答えられず、エイガストが言葉を詰まらせていると、法使(メイジ)に気付いたゼミリアスが突然魔力の矢を撃ち出した。

法使(メイジ)はそれを一瞥するだけで相殺する。


「そいつ、ムルクの仲間!」


ゼミリアスの言葉に、エイガストは弾け飛ぶ様に距離を取った。

武器を構え全員が臨戦する。

法使(メイジ)はゆっくりとした動作でゼミリアスを見やり、次に死体に目を向ける。スッと目を細めたと同時に死体が燃え上がり、側にいた兵士が慌てて退く。


法使(メイジ)が目を逸らした隙に、槍を構えたアレックが魔法で強化した瞬発力で突きかかる。

魔力の衝突する激しい音と衝撃。法使(メイジ)は爪のあるガントレットを着けた左手で槍を払い上げ、右手から魔力を打ち出してアレックの腹へ。

後方に吹き飛ばされるも、着地時にアレックは両足で踏ん張り耐える。魔療使(ヒーラー)がアレックに駆け寄る。


武器を手に法使(メイジ)に向かおうとする兵士たちをパールが制止し、援護を頼んで自らが飛び込む。

右拳、左拳、打ち払う法使(メイジ)の爪を重心を後ろに引いて(かわ)し、蹴りを回す。

法使(メイジ)はパールの攻撃を左手で払い、ときに躱し、兵士の魔法の矢には視線を送らず右手のみで弾き返す。

蹴り付けたパールの足が法使(メイジ)に掴まれる。直様(すぐさま)アレックが割って入りパールを逃す。

槍の刃を反りのある薙刃から直刃に切り替え、法使メイジに何度も突き抜く。

アレックとパールの連携に、少しずつ法使(メイジ)は後退していく。


トン


法使(メイジ)が右足の爪先で地を叩く。

大きな魔力の流れにアレックが飛び退いた。


「エイガスト! ゼミリアスを抱えて俺の側に来い!」


絶叫に近いアレックの指示。

即座にゼミリアスを脇に抱え、エイガストは全力で駆ける。


パチン


法使(メイジ)が右手の指を鳴らすと、上空にいくつもの火の球が浮かび上がる。指先を下へ向けると同時に、撃ち落とされる。

アレックの張る防護壁(シールド)が降り注ぐ火の球を防ぐが、法使(メイジ)が撃ち尽くす前に亀裂が入る。


「レイリス!」


ゼミリアスを抱えたままエイガストがレイリスを呼ぶ。魔力の消費と共にアレックの防護壁(シールド)の前に出現する青色の防護壁(シールド)

攻撃が収まった時、防護壁(シールド)の外側は焦土と化していた。


「随分なご挨拶ですね」


はらりとフードが外れ法使(メイジ)の素顔が露わになる。

黒が混じる長い白髪を軽く結って右肩に流し、鋭い目は光の加減で銀色に輝いている。

魔力の爪が伸びている左手のガントレットは魔装具だった。


「ですが、戦力としては申し分ありません。良いでしょう」


独り言なのか言って聞かせているのか。呟くような声量で、法使(メイジ)は一人で納得していた。

訪れた時と同じく、ゆったりとした足取りで背を向け去ろうとする。


「逃すか!」


アレックが槍を構えて飛び出す。突き出した槍が法使(メイジ)の背中を貫くが、幻の如く全く手応えが無い。


「どうぞ、ご健闘ください」


振り返り徐々に薄れていく法使(メイジ)の姿。

法使(メイジ)が消える寸前に、エイガストは目が合った様な気がした。


戦闘で崩れた街道を軽く修繕してから、一行は改めて中央都市に歩を進めた。

道すがらゼミリアスに法使(メイジ)について訊ねる。

ムルクとよく行動を共にしている彼は、名をギヴと言うらしい。顔以外肌の見えている部分が無いので、石があるのかは不明。

最初に刺客としてゼミリアスの前に現れて追い回したくせに、殺しもせずに何故か見逃した。無口で何を考えているのかよく分からない奴との評価だった。


小高い山の頂に建てられた城と、それを囲う様に裾野に広がる街並み。

シルフィエインの中央都市に到着した。


街はとても賑やかだった。

到着したのは夕方に近かったが、まだまだ住人や旅人の往来も多く、夜から忙しくなる飲食街や歓楽街にも灯りが増え始めている。

物珍しい品を並べる露店に目移りさせそうになるエイガストだったが、今はゼミリアスの依頼中だとグッと我慢する。

全てが終わったら、思い切り買い物をさせてもらおう。そのつもりで。


一行は城へと至るまでに門を二回通過し、長い階段を登る。

通常は鋼索車両(ケーブルカー)という斜面を登る用の昇降機(エレベーター)があるのだけれど、緊急事態の今は停止させているらしい。

階段を登り切ったエイガストは息も絶え絶えになっていた。

小さいとは言え山一つ分の階段を登って、息の上がっていないパールとアレックの体力に慄然とする。

「だらしない」と悪態を吐くアレックに至っては、ゼミリアスを抱いたままでの発言だ。何も言い返せないエイガストを見て、アレックはご満悦のようである。


「ミェ ゼミリアス!」


城内からゼミリアスを呼びながら駆けてくる人影。

シルフィエインの近衛兵や侍従などの登城する者たち複数名と、ピーガルの隊員が一人。

ゼミリアスはアレックの腕から降りて、出迎えに応じる。


『ゼミリアス、ただいま帰還しました』

『レティーナ殿下から話は伺っております。よくぞ無事に戻られました』


エルフェン語で交わされるゼミリアスの会話の横では、パールがピーガルの隊員と話している。


「ピーガル大佐とゼカイナ第二王位殿下を含めて策を詰めておられます。将軍と大尉も是非参加を」

「ええ。その前に、エルフェン語の会話に、あまり自信がないのだけれど」

「それについてもシルフィエインから支援が御座います」

「わかった。エイガスト、私たちは作戦会議に行くわ。ゼミリアス様をお願い」

「わかりました」


隊員に続いて会議室に向かう前に、パールはようやく息が整ったエイガストに声をかけ、返事を待たずに城内へ行ってしまった。


『ゼミリアス殿下、そちらの方は?』

『エイガスト。ボクの無理な願いを聞きいて、ここまで来てくれました。スフィンウェル国で有名な射手の方です』

『それはそれは。遠いところから、よくいらっしゃいました』

『ど、どうも……』


エイガストが拙くもエルフェン語で挨拶をすれば、身なりの良い登城者は驚きつつも柔らかく微笑んだ。

エルフェン語で交わされた彼等の会話を、エイガストは半分もわかっていないが、ゼミリアスがとんでもない誇張をした様な気がしてならない。

エイガストがゼミリアスに視線を向ければ、とても誇らしげな笑みを返した。


『ゼナフ、通弁紋布はまだある? エイガストに持たせたい』

『畏まりました。直ぐにご用意しましょう』


ゼナフは背後に控える侍従の一人に通弁紋布を取りに行かせた。

通弁紋布(グロット・スカーフ)とは、身に付けた者同士の言語を統一する魔法をかけたもの。言葉が通じなかったり、そもそも喉や舌の作りが違って話せない種族と交渉する時にとても便利な代物。


『この様な場所で長話も無いでしょう。エイガスト殿もどうぞ、こちらへ』


ゼナフが城内に向かって歩き始め、ゼミリアスがエイガストの手を引いて城に入る。後ろに侍従が続き、先頭と最後尾を近衛兵が挟んで進み、奥の部屋へと案内された。


広い応接室は座敷となっているが、今はスフィンウェル国の軍が出入りする為、靴を脱がなくても良い様に使用する部屋には全て床敷が置かれている。

エイガストは座布団に腰を下ろすが、足の所在に困っていると隣にゼミリアスが胡座をかいたので、それに倣った。


侍従から手渡された通弁紋布は、素材や大きさから見てスカーフと言うよりハンカチーフに近い。急な量産で準備できた物がこれしかなかったと言うが、絹と綿の布帛(ふはく)が使用され、複雑な刺繍もエイガストのわかる範囲で五種類の糸が刺されている。


これ一枚がいくらで、シルフィエイン側とピーガル隊全員分製作されて、この短期間での特急料金を考えて固まってしまったエイガストの髪に、ゼミリアスが勝手に通弁紋布を巻く。

そこへ正面に立ったゼナフが声をかける。


(わたくし)はゼナフ。ゼミリアス殿下の侍従長を任されております。エイガスト殿、人間語(ヒューミズ)で構いません、話してみて下さい」

「えっと。では、ゼミリアス様は皆さんに、私のことなんて紹介しました?」

「スフィンウェル国の有名射手!」

「ゼミリアス様、それは流石に、評価が過ぎます」


手首に通弁紋布を結んだゼミリアスは、エイガストの後ろで元気よく答え、改めて聞かされる高すぎる評価に狼狽(うろたえ)た。

とりあえず通弁機能は問題なく作動しているらしい。


「ゼナフ、姉さんは何処に? エイガストを紹介したいんだけど」


刺客を退けて城に帰還した。ムルクとの賭け(ゲーム)は姉が勝った。早く安心させたいとゼミリアスはゼナフに第三王位の所在を聞く。


「それが……」


言い淀むゼナフの顔が苦渋に歪む。

不穏な空気を感じてゼミリアスの顔が緊張する。


「レティーナ殿下は、法使(メイジ)(かどわ)かされました」


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