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018


人で混み合う船着場を抜けて、アレックはあの夜に見たエルフェンの子供を探す。

監視をできなくしたからにはエイガストと接触を図ると考え、尾行できそうな物陰や路地裏を当たれば、薄汚れた服をフードの様に頭から被って顔を隠したエルフェンの子供をすぐに見つける事ができた。


「おい」


アレックが声をかけた途端、振り向きざまにエルフェンがアレックの顔を目がけて魔法を放つ。

咄嗟にアレックは左手で顔を庇い、盾を張って防ぐ。その隙にエルフェンは逃げ出した。


「待てコラァ!!」


後を追いかけつつエルフェンに拘束の魔法を飛ばすが、無効化しては逃げ、体格の違いから距離が詰まりかければ、エルフェンは魔法で攻撃し距離を空ける。

何度か応酬を繰り返し、エルフェンが魔法を発動させるまでの時間が少しずつ遅くなっている。子供だがエルフェン族に対してどこまで加減するかを考えるのが面倒臭くなったアレックは、とりあえずこのまま相手が疲弊するのを待つ。


裏路地を通っていた住民を押し退けながらの追いかけっこに、誰かが通報したのか民兵の数が増え始めた。

走り続けて流石のアレックもジワリと汗をかく。だがエルフェンの足取りも覚束なくなってきた。意外としぶとい。

気づけば郊外を越えて退廃地区に入っていた。


ふとアレックの後ろで、誰かが魔法を使った。

振り向いたアレックが見た者は、路地裏の影に溶けて消えるマントの布端。放たれた疾風の刃はアレックを掠めて通り過ぎ、エルフェンを狙って飛ぶ。

魔法に気づいたエルフェンが防ごうとするも、石につまづき発動が遅れた。


「くそがッ」


今からエルフェンが、あの威力の魔法を弾く防護壁(シールド)を張るのは無理だ。アレックは魔法で瞬発力を上げ、エルフェンに向かって飛び出した。

エルフェンは頭を抱えて(うずくま)る。


「レイリス、守って」


青い防護壁(シールド)を張って疾風の刃を弾き、エルフェンとアレックの間に割って入ったのはエイガスト。


「ウェウェフ?」


エイガストはエルフェン語で背に庇ったエルフェンに声をかけた。

恐々(こわごわ)と顔を上げたエルフェンは、エイガストの「大丈夫?」と言う言葉に、小さく「(はい)」と答えた。

追撃の魔法がない事を確認して防護壁(シールド)を解除し、エイガストはエルフェンに右手を差し出す。迷いながらも握り返してきたエルフェンの手は小さく、細く、震えていた。


「子供相手に何やってるんですか!?」


エルフェンの無事を確認したエイガストは、アレックに声を荒げた。

それに対してアレックは面倒臭そうに頭を掻く。


「そいつがお前を監視した奴なんだよ」

「他にも遣様(やりよう)はいくらでもあったでしょう!?」

「仕方ねェだろ。声をかけた途端逃げやがったんだ」

「限度があります! 俺が間に合わなかったら、怪我じゃ済まなかったかも知れないんですよ!」

「さっきのは俺じゃねェ!」

「じゃあ誰なんですか!?」

「知るか!」


口論しているエイガストの服をエルフェンが引っ張る。

「誰かくる」との言葉に耳を澄ますと、民兵の近づいてくる声がする。

アレックが小さく舌打つ。


「今、捕まる、だめ」


エルフェンには捕まりたくない理由があるらしい。

エイガストもアレックが捕まって、これ以上事態をややこしくするのは御免だった。


「ケィラー チャム」


屈んだエイガストがエルフェンを抱き上げようとする。「一緒に来て欲しい」と言った片言のエルフェン語は一応通じているらしい。

しかしエルフェンはアレックを何度も見遣り、小さく拒んだ。服に隠れた奥に見えるその目は、戸惑いと猜疑心で揺れている。

民兵には捕まりたくない。アレックの事も疑っている。けれどエイガストの腕から逃れようとはしない。

エイガストは良いのか。


「ク スィーユ ナ」


どうするか決めかねているエルフェンに、エイガストは安心させる様に言葉を紡ぎ、自分とゼミリアスを指す。焦りと戸惑いの中にある子供を、更に急かすのは少し狡いやり方だが、今は時間がない。

唇を引き結んで覚悟を決めたエルフェンは、エイガストの首に腕を回す。

預けられた体を合図に、エイガストは右腕一本で抱え上げた。


オウタージェ(ありがとう)


信用してくれたエルフェンに礼を言って駆け出し、アレックと共に路地裏に入って民兵を掻い潜る。

魔法で複数の尾長鼠を具現させたアレックは、それらを撒きながら走る。


「こっちへ」


いつの間にか姿を消していたパールが、進む先の脇道から現れて二人を呼んだ。

アレックは迷わずパールの方へ走るので、エイガストはその後を追う。


転がり込む様にボロ屋に入り、素早く窓の死角へ身を隠す。

息を潜めて民兵が過ぎ去るのを待つ。

捜索する声と足音が遠くなり、尾長鼠の監視()を使って近場に民兵が居なくなった事を確認すると、エイガストは盛大に息を吐いた。


改めて見回す室内はボロではあるが、僅かに生活感がある。

空き家ではない様だが、家主は留守らしい。


「えっと、ここって入って良かったんですか?」

「ええ。少しの間貸して貰ったの」


一時的に身を隠す場所が必要になるだろうと、パールは先回りして場所を確保していた。

エイガストの首にしがみ付いたまま、身を固くし続けるエルフェンの背中を軽く叩いて合図をすると、エルフェンが顔を上げる。服で隠された目が合う。綺麗な薄紅色の目だ。


「俺はエイガスト。君の名前を聞いてもいい? エ…ィエメ?」

「ゼミリアス。人間語(ヒューミズ)わかるよ」


ゼミリアスはエイガストから離れて立ち上がり、エイガストも立ち上がり服についた砂埃を払う。アレックの目が自分を見ている事に気づいたゼミリアスは、視線から逃れる様にエイガストの背中に回る。アレックと目を合わせる度にこの調子では埒が明かないと、(わざ)とらしい溜息を吐いてみせれば、それすらもゼミリアスを震え上がらせた。

パールはアレックに部屋の隅で座ってて貰う様に指示し、二人の間に入る事で視界から隠す。それでようやく、ゼミリアスは警戒しながらもエイガストの影から顔を出した。


「私はパール。彼に質問があるなら私が答えましょう」

「何故、そいつ、エイガストを監視()る、邪魔した?」

「彼は私の命令で、エイガストが悪い人に利用されない様に見張っててくれたの。あなたの正体が分からなかったから」


烏を通してパールとエイガストが一緒に行動していた事をゼミリアスは知っている。

しかしパールとアレックの関係を知らないゼミリアスは「パールの命令」との言葉に二度三度と瞬く。


「……そいつ、何者?」

「スフィンウェル国軍、北西海域第四防衛部隊所属のアレック・リンゴールデッド大尉です」

「スフィンウェルの、軍の人?」

「はい」

「あいつの仲間、違う……」


ゼミリアスの中でアレックへの疑いが晴れたのか、エイガストの服を強く握っていた手が離れた。少し伸びてる。

エイガストから一歩前に出て、頭から被っていた被衣(かつぎ)を脱ぐ。

肩で切り揃えた白い髪の少女にも見える愛らしい顔立ち。だが名前に()が入っているため少年だ。

ゼミリアスが、薄紅色の目でパールを見上げる。


「ハンフティ……ごめんなさい。敵の追手、思った」

「誰かに追われてるの?」


パールの問いにゼミリアスは頷いた。

付き添いの大人や仲間は居らず、ずっと警戒し続けていた事で、攻撃してきたアレックを敵の仲間だと誤解したらしい。


「パールさん。この子の話を聞いてあげても構いませんか?」

「ええ。私は構わないわ」


パールにはエイガストならそう言うだろうと予測していた言葉だった。アレックの意見を求めて視線を移すと、彼は好きにしろと言わんばかりに、手をヒラヒラと雑に振るう。

二人の許可を得たエイガストはゼミリアスの前に膝をついて目線を合わせ、弓を置いて両手をゼミリアスに差し出す。その手の平の上にゼミリアスも両手を乗せる。

武器を捨て対話を望む時にエルフェンが行う仕草だとエイガストは記憶していたが、確証が持てずに小声でゼミリアスに「合ってる?」と訊き「(うん)」と返ってきて少し安堵する。


「何か用があって俺を見てたんだよね?」

(うん)。お願いがあるの」

「わかった。一旦場所を変えても良い? いつまでもこの家を借りる訳にもいかないから」


わかったと首を縦に振ったゼミリアスは、エイガストから離した両手を万歳させる。小さい子供が抱っこを催促する時の姿勢。

苦笑しながら弓を鞄に仕舞うとゼミリアスを抱き上げる。民兵から逃げる時にも感じた、ゼミリアスは身長の割に軽すぎる。元々華奢だったのだろうが、それ以上に。

一体どれだけの間、追手に怯えながら逃げ続けていたのだろう。エイガストはゼミリアスの現状と幼い頃の自分を重ねてしまっていた。


魔法の鼠で外の様子を見ていたアレックの案内で、民兵を避けながら街の中央に向かう。随分と時間が経ったためか、民兵の数は減っている様だ。


「エイガスト」

「ん?」


エイガストに抱えられたゼミリアスが耳打ちをする。


「スィーユは、ずっと一緒居てください、だから、お嫁さん、する人に、使う、喜ぶ」

「気をつけます……」

ヤヤ(でも)、ちょっと、嬉しい」


人間の国ではエルフェン語の教材が少なく学ぶ機会が少ないと言うのもあるが、自分より歳下のゼミリアスの方が異国語である人間語(ヒューミズ)を正しく使用していて、エイガストは感心した。


ふと、ゼミリアスの耳飾りに目が行く。穴が幾つか空いているので以前は着けていたのだろうが、今は左の耳たぶの一つだけ。宝石の中に浮かぶ見知った紋章に気づいたエイガストは、目を丸くして顔が引き攣る。


「ゼミリアス、様。家名をお伺いしても……?」

「シルフィ。ゼミリアス・クァンテラ・シルフィ」


シルフィの家名を持つ者は中大陸シルフィエインを治める王族ただ一つ。エイガストの腕に抱かれ、家名を聞かれた事に対して不思議そうに首を傾げるゼミリアスは、この国の王子様だ。

エイガストは第三王位のレティーナが末姫だったと記憶していたが、更に弟が居た事は知らなかった。

前を歩いていたアレックも思わず振り返ってゼミリアスを見たが、その目は見開いている。「マジかよ」と空耳が聞こえそうな程に、表情が繕えていない。


「あの、ゼミリアス様、大変失礼ではあるのですが…何番目でしょうか」


エイガストにはパールの言ってる意味が分からなかった。一般民は知らなくても、同じ王族なのだからシルフィエイン国の王族くらいは知っている筈なのに、と。

パールの発言にゼミリアスは怒る事もなく、むしろ少し寂しそうに答える。


「十二年まえ、一緒産まれた四番目、死んだ。五番目(ボク)の事、王様(とうさん)、言ってない。外の人、みんな知らない」


パールに身の上を話している間、無意識だろうか、ゼミリアスはエイガストの服を強く握っていた。

そんなゼミリアスの話を聞きながら、エイガストも彼を抱く腕を少し強めるのだった。



これは後ほどエイガストがパールから聞くのだが、十二年前にシルフィエイン国の三番目の王妃が亡くなり、同時に身籠っていた赤子も死産したと公表されていた。何故、双子の弟の事を公表しなかったのかは不明だが、その頃から現国王のゼガラントの方針が変わり、外交を殆どしなくなったと。



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