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017

翌日はアレックも同船して中大陸へ向かう。

夜中に散々暴れたエイガストは、船上での時間を殆ど寝て過ごす。軍の魔療使(ヒーラー)に治療してもらったおかげで、何度も打たれた額の痣は綺麗になくなっており、頭に包帯を巻くと言う痛々しい姿にならなくて良かったと安堵していた。


アレックから渡された腕輪は、結局エイガストの右腕に着けたままになっている。腕輪が無くても操作できる様になってから返せと、アレックが(かたく)なに受け取らなかった。

魔法協会に見つかると面倒なので、今はリストバンドの下に隠している。近いうちに返すために、エイガストは今後の魔法の練習に、より一層の力を入れることにする。


船を降りて入国手続きを済ませると、アレックはエイガストを監視していたエルフェンを探しに、単独で人混みに紛れてしまった。

パールはエイガストに対して普通に過ごせば良いと言う。監視に関してはアレックに任せてあると。

悪意があろうとなかろうと、エイガストを利用しようとする者への牽制。自分の仕事を果たしているだけだと、懸念するエイガストにパールが言い聞かせた。


中大陸を統べる、シルフィエイン王国。

エルフェンが治める国で中心都市は北部にある。珍しいのは南部の領地を人間が治めており、エルフェンと人間の友好を結んだ者の子孫だと聞く。そのため南に下る程、人間の割合が増える。

エイガストの到着した港街は、大陸の東に位置し対岸のスフィンウェル国と交易が盛んな都市。人間語の通じるエルフェンも多く居て、通訳者を雇わず買い物や観光を楽しむ事ができる。

人通りの多い日中の繁華街を避け、エイガストとパールは出来るだけ離れないように気をつけて移動する。


まずは逓送(ていそう)組合に寄り、(なめし)に出していたワニ革を含めた数点が加工商会から届いていたので受け取りに行く。

加工の出来具合を確認し、その足で革製品を製作している商会へ売り込みに向かう。交渉の末、なかなかの値段で買ってもらえた。


この街で露店による販売の認可が必要なのは食品のみらしく、出店料さえ払えば誰でも販売できるため蚤の市通りには商人ではない者が多く混じる。出店料を支払ってエイガストは通りを見て回る。

売っている物は中古品の武器防具や装飾品、使わなくなった道具や消耗品。旅の途中で手に入れたであろう薬草や植物の種、何かの鉱石、瓶詰にされた目玉や血まで並べてる者もいる。

適切な管理を怠ると品質が落ちる物や偽物も紛れるため、買う場合はしっかりとした知識と目利きが必要になる。そんな中から掘り出し物を探して、エイガストは露店を巡り一つの商品に目を留める。


「すみません、この短剣見せて貰って良いですか?」

「おう、好きに見てってくれ」


青年の戦士が並べている中古の武器と未使用の消耗品。

真新しい剣が腰に挿さっているため、買い換えたのだろう。エイガストは並んでいる武器の中から短剣を手に取り鞘から抜く。

随分と年季の入った代物だが、その割には刃こぼれも少ない。研げばまだまだ使える。刀身の根元(リカッソ)に彫られた銘は有名な人物のもの。


「これ、カランソンの作品ですよね」

「そ。最新に買い換えたからもう使わないし。随分世話になったからな、折角なら使ってくれそうな奴に売ろうと思って」

「その新しい剣も、カランソンの?」

「そうだけど、興味あるの?」


エイガストが興味津々で頷けば、苦笑しながら戦士は剣を見せてくれた。

柄と鞘に施された細工と鍍金(メッキ)。エイガストは鞘から少しだけ抜き、刀身の素材と銘を確認する。


「ありがとうございます。この短剣、俺が買っても良いですか?」

「もちろん。大事に使ってくれよな」


短剣を購入した後も各露店から、良さそうな物を買ったり交換したり、求めてる物があれば売ったりした。

回り終わる頃には、鞄の中身は半分以上が一新され、更には元手を増やす事にも成功した。


広場の方面から漂う屋台の匂いに空腹を感じ、気づけば昼を過ぎていた。

二人は屋台で軽食を摂る事にする。


「どうしてすぐ近くの露店で売ってるのに、自分達でやりとりしないのかしら」


広場のベンチに腰をかけたパールが、葉野菜とソーセージを挟んだパンを齧りながらそんな事を言う。

エイガストが側の屋台で買ってきた飲み物を手渡し、パールの隣に座りながら問いかけに答えた。


「一番は本人達が直接取引することなんですけど、自分に目利きがない場合、仲介に入ってもらう事を希望する人も少なくないんです」


例えば、とエイガストは鞄から小瓶に入った同じ色の液体を二本出してパールに見せる。


治癒増強液(ヒールポーション)と呼ばれる薬はどっちだと思います?」

「ええ? うーん……」


パンを膝に置き、小瓶を手に取って見比べるパールだが、眉を寄せるばかりで見分けがつかない様子。


「ごめんなさい、判らないわ」

「右手の小瓶が正解です。両方握ってると判りますよ」


パールが小瓶を握っていると、手の温度で左の液体だけほんの少し色が濃くなる。けれど並べて見比べないと気付かない程の、僅かな差しかない。

単独で売られていれば、治癒増強液(ヒールポーション)だと言われても気づかなかったかも知れない。


「これが仲介を入れる理由です」

「なるほど。それで記章(バッジ)を着けたまま露店を巡っていたのね」

「はい」


商会によって得意分野は違えど、記章(バッジ)はそれなりの目利きを持つ証となる。

信用と信頼があるからこそ成り立つ仕事に、当然間違った事はできない。少年の頃に施されたエイガストの目利きの訓練は、とても厳しいものだった。


「ところで、その偽物の方は何の液体なの?」

「気付け薬です。嗅いでみます?」

「遠慮するわ」


ベンチでの食事と談笑を楽しみ、近くの小さな井戸で手を洗うパールにエイガストがハンカチーフを差し出す。

海を渡る前、洗濯する為にパールから預かっていた物。


「すみません、返すのが遅くなりました」

「色々立て込んだもの。ありがとう、ん、いい香り」


そう言ってポーチにハンカチーフを収めるパールの背後で、複数人の民兵が路地裏から出て郊外の方へ走っていくのが見えた。

何かあったのだろうかと、彼等の走っていった先を見つめていると民兵の腕章をつけた男性が声をかけてきた。


「ちょっと良いか」

「はい。あ、向こうで何かあったんですか?」

「喧嘩だよ、エルフェンと人間の男が派手にやってる。まあそれは別の班が対応してっからすぐに落ち着くさ」


エルフェン。人間の男。喧嘩。

エイガストはこの言葉だけで嫌な予感がした。


「で、俺の用件はこっち。お前らこの人物知らねェか?」


エイガストとパールは男が差し出す人相画を覗き込み、互いに顔を見合わせ首を横に振った。

名前や身体の特徴や所持品などの記述も併記されているが、どれにも覚えがない。

そうか、と慣れた感じで人相画をしまう民兵の男。もう何度も聞き回っているのだろう。


「数日前に隣街で行方不明になってるらしくてな。もし何かあったら、役場か民兵の詰所にでも連絡頼むわ」


そう言って民兵はエイガストたちの前から立ち去り、また別の人へ訊きに行った。

民兵が居なくなった後、民兵が駆けて行った郊外の方を見たままその場に立ち尽くすエイガストを、パールが不思議そうに覗き込む。


「どうしたの?」

「パールさん。俺、やっぱり気になります!」

「え、ちょっと!?」


突然エイガストはパールを置いて駆け出し、郊外の方へ向かった。慌ててパールも追いかける。

街も中央から外れれば人通りは少なく、民兵も彷徨(うろつ)いている事から、走りながら鞄から弓を出してもあまり気にされなかった。

後ろをついて走るパールとは距離が空いている、声量を控えめにすれば聞こえないか。魔力を通してエイガストはレイリスを呼ぶ。


「この街でエルフェンと男性が喧嘩してるらしいんですけど、探せますか?」

「少々、お待ちください」


"青"は街の中だけでなく、世界中に溢れている。

誰かの青色の瞳。誰かの装飾品。誰かの家の花。誰かの──

視界の範囲をエイガストの青い魔晶石を中心に少しずつ広げ、違う土地に飛ばない様に注意しながら目的の人物を探す。


エイガストも走りながら耳をすます。派手にやってると言っていた割には、争う様な音は聞こえない。

もっと遠いところにいるのだろうか。

魔力を見ようと集中しても、辺りに溢れすぎて目的のものがどれなのか分からない。


「エイガスト様」


それらしい二人を見つけたレイリスが指し示す。

その指示に従いエイガストは方向を転換させた。

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