015
スフィンウェル国旗を掲げる軍港施設。
会議室で取り仕切るのは、大将のフィン。
中央の長テーブルを取り囲むように佐官や尉官が座る中、エイガストはパールと共に末席に腰をかけていた。
施設に訪れた当初、フィンはパールに指揮を任せるつもりだったが、海上での立ち回りはフィンの方が詳しいことと、別の任務中でもあることを理由にパールはそれを返上する。
「将軍、彼は?」
「国都での射撃手です」
「え、エイガストと申します。よろしく、お願い、します」
緊張を含んだ、堅い自己紹介。
フィンはパールの別の任務がエイガストに関係するのだと察する。軍に民間人を連れてきた理由は後ほどゆっくり聞くとし、今回は会議室に通した。
斥候部隊による伝信をフィンが読み上げる。
上半身が鳥、下半身が獣、魚の尾、二対の翼を持つ大型の魔獣。
周囲の風を操り天候は嵐を迎えようとしている。
核の位置は喉元の付け根にあることを羽根の隙間から確認済み。
現在は海上を旋回し続けており、陸地に向かう様子はないが渡航や漁は困難である。
対岸の中大陸側からも偵察の船が来ており協力の要請が入っている。
次に発言したのは大佐ピーガル。
被害を受けた船員からの情報を共有する。
魔獣は突風と高波で船を転覆させようとしたこと。
翼から羽根を飛ばし、それが小型の鳥になって襲ってきたこと。鳥に対しては剣や矢が効くらしく、魔法の使えない船員でも対処できたこと。
ある程度陸に近づいたところで追跡が止んだこと。
敵の情報が出揃い編成を組む。
魔獣の魔法攻撃を防ぐ盾兵。
鳥を撃ち落とす弓兵。
長距離の砲撃にて魔獣を撃つ魔法兵。
各兵団を搭載した戦艦を三艦。
ピーガル大佐が率いる艦は左を、フィン大将が率いる艦は右を、ゲッフェン大佐が率いる艦は正面を。対面を中大陸側の艦が抑えれば、魔獣を取り囲むことができる。
浮遊突撃兵として嵐の中でも飛行できる精鋭四人が選ばれ、リーダーをアレック大尉が務める事に決まった。
会議を終えて各々準備に取り掛かる。
「将軍のツレ、誰なんスか?」
会議室を出て廊下を歩く間、アレックはピーガルに聞いた。
「彼が国都の射撃手だそうだ」
「あいつが?」
国都の大型魔獣討伐に飛び入りした民間人の話は記憶に新しい。会議室の隅っこでパールの影に隠れて小さくなっていたエイガストが同一人物だと、アレックには信じられない話だった。
「まァ、戦闘慣れはしてないだろうな」
「大丈夫なんスか? 艦に乗せて」
「フィン大将が許可し、ゲッフェン大佐も容認している。何より将軍が付いている。僕等が心配するのは自分の仕事だけで良い」
「うぃッス」
ゲッフェンに挨拶を済ませ、最低限の荷物と弓だけ持ったエイガストはパールと共にゲッフェンの艦へ乗り込んだ。
帆を張り魔法の風を受けて港を出る。
軍艦を見送る多くの国民が手を振っていた。
雨と風が荒れ狂う海の上を、魔獣は飛んでいた。
対面には中大陸の戦艦が二艦確認できる。
編成は同じだが規模は小さい。長期戦になれば保たないだろうと、フィンは踏んだ。
フィンの艦から突撃兵四人が飛び立つ。
アレックが槍の魔装具で先制を仕掛けるが、硬い羽板に阻まれて核には届かず。魔獣がアレックを払い除ける前に、別の突撃兵が背後から魔獣を斬り付け、アレックは離脱する。
四人の突撃兵は代わる代わる攻撃と離脱を繰り返す。
バサリと音を立てて振り払った魔獣の翼が、突風を生み出す。突撃兵は風に乗ることで、距離が遠のくがダメージはうけながした。
軍艦の盾隊が魔法による防護壁を張り、艦への直撃を防ぐ。受け流した筈の突風で艦が大きく傾き、その強さを物語る。
羽根が舞い、黒い鳥へと変貌し周囲へ広がる。
盾隊が膝を折って体勢を下げ、弓隊と魔法隊が構える。魔法隊が弓隊が放つ矢に魔法をかけて、威力と飛距離を上げる。黒い鳥は艦に到達すること無く、次々と海へ落ちていく。
「すごい……」
揺れる足場にまともに立ち上がれないエイガストがポツリと呟いた。
自分達の出る幕はない、そう言っていたパールがエイガストを艦に乗せてまで見せたかったのは、この光景だったのだろうか。敵を見据えた彼女の背中をエイガストは見つめた。
突撃兵の一撃が魔獣の尾を落とした。
尾が再生しない事に気付いたアレックは各艦に合図を送る。
海中に高速で泳ぐ魚の影。ゲッフェンの艦が降ろしている海錨に絡まり、艦を引きずる。
「海錨を切れ!」
艦首にいた兵が海錨と艦を繋ぐロープを斬る。
引きずられていた艦が急停止すると、艦首が大きく持ち上がり艦体が波に叩きつけられる。
体勢を崩して浮き上がったエイガストの体が、甲板に叩きつけられる前に近くにいた兵士が支える。
「す、すみません」
「エイガスト、そのまま伏せてなさい!」
立ち上がろうとしたエイガストをパールの声が制止する。
直後に爆音と水飛沫。フィン艦体から放たれた魔法による水中爆雷が、海中を泳ぐ魔獣の尾に直撃した。
二発、三発と連続して着弾。爆発で跳ね上げられた魔獣の尾は尾鰭をバタつかせて水飛沫を弾く。水滴は矢の如く鋭く周囲に突き刺さる。
エイガストが魔力の消費を感じると同時に、艦体を守る様に張られた大きな防護壁。盾隊が動くより先に防護壁を張ったのはレイリスだった。
防護壁の外。弾かれた水飛沫の中、上空を赤い影が横切る。
いつの間に登ったのか、中央のマストの梁から魔獣の尾に向かってゲッフェンが飛ぶ。水飛沫による擦り傷は増えど、致命傷だけは綺麗に避けて。
両手に握られた双剣の魔装具が魔獣の尾を刻む。尾鰭付近の僅かに赤い逆鱗を的確に。
魔獣の尾は海に落ちる前に風に溶けて消えた。
落下中にゲッフェンは鉤爪の付いたロープを艦の縁に投げ掛ける。艦の側面に着地すると兵士達が即座に引き上げた。
尾が消滅すると同時に悲鳴を上げた魔獣は、一番近い位置にあった中大陸の艦体にその身を突撃させた。
損傷する艦体。踏み潰される兵士と、海に投げ出される兵士。艦上で応戦する中大陸の兵士。
突撃兵とピーガルの艦が応援に向かう。
堪らずエイガストは魔獣に向かって弓を構えようとするが、揺れる艦で体勢が取れない。
それでもと立ち上がった何度目か、後ろから伸びた大きな右腕がエイガストの腰を抱く。
「届くか」
エイガストを後ろから支えるのは、艦の縁から登ってきたばかりのゲッフェン。
「届かせます」
弓を構え、レイリスに呼びかける。
魔力が弓に流れ、片手剣程の青い矢。エイガストの周囲だけ温度が急激に下がり、腰を抱くゲッフェンの右腕の袖口が雨ではない冷たさを帯びる。
矢に触れた雨雫が塊になって甲板に落ちる。
「レイリス。あいつを、止めて!」
「かしこまりました」
放たれる飛矢。
周囲の雨雫を凍らせながら魔獣へ。
矢に気付いた魔獣は身を逸らし、喉元を掠める。矢に触れた羽根が凍りつく。
「もう一矢」
レイリスが要求するよりも、既にエイガストは次の矢を構えていた。エイガストの前面、濡れた服や髪は薄く凍り付いている。
二度目の射撃。青い弧を描いた矢は、先程掠めた喉元へ。硬い羽ではなくその根元、羽根軸を砕いて喉元の核を曝け出す。
すかさず槍を構えたアレックが魔獣の喉元へ飛び込み、核を砕いた。
崩れゆく魔獣を確認したエイガストは、その場にへたり込んだ。
ゲッフェンを背もたれにして荒い呼吸を繰り返し、撃たせてくれた感謝か、もたれ掛かる謝罪か、うまく声が出せないでいる。
「礼も謝罪もいらんぞ。お前さんの弓を見てみたいと思った儂の興味だ」
愛嬌を込めた厳つい笑顔をエイガストに向け、エイガストも笑い返した。
ゲッフェンは魔法兵を一人呼び、氷でエイガストにくっついた右腕の解凍をさせ、離れるとエイガストを救護室に連れて行き休ませるように指示を出した。
魔獣に襲われた中大陸の艦は破損が酷く、嵐に耐えられず沈み始める。仲間の艦とピーガルの艦に分散して移り乗る。
重傷者は出たものの死者はいなかった。
ピーガルの艦は中大陸の方へ渡り、フィンとゲッフェンの艦は元の港へと帰る。
魔獣が消えた今、数日で嵐もおさまり平穏が戻るだろう。
嵐の海域を抜けて、帆を張ると共に赤い国旗を掲げる。港へと凱旋した頃には夜が明けていた。
再び会議室。
部下に指示を終えたフィン、ゲッフェン、アレックと向かい合う形でパールはテーブルの対面に座っていた。
「お聞かせ頂けますか。何故民間人の彼を会議に招き、艦体に同行させたのか」
「彼の力は強大です。使い方を誤れば兵器にも匹敵するでしょう。元帥は彼を軍に引き入れたいと考えております」
「元帥はと言うことは、将軍は違うのですか」
「私から見た彼は、軍人に向きません。ゲッフェンは彼をどう見ましたか?」
話を振られたゲッフェンは、顎髭を撫でながら思案した後、発言する。
「そうですね。魔力の強さは申し分ありません、鍛えれば活躍はするでしょう。しかし、彼は人の死に弱い。対人戦の経験も少ないのでは?」
「ええ。人を相手に戦えないことは、軍人として致命的です」
「では何故、将軍が軍人に相応しくないと仰る彼を会議に?」
「この街に入ってから、彼には魔法による監視が付いていました。払おうと何度か試みたのですが、私の魔力では出来ませんでした」
「それで、会議室に」
この会議室には、あらゆる魔法が使えないように施されている。
監視だけなのか、盗聴も持っているのか。そこまでパールにはわからない。そのためエイガストといる間、フィンには最低限の説明しかできなかった。
パールは魔獣の騒動が無くても、一度理由をつけてエイガストを会議室に通すつもりでいたことも話す。
「しかしまた、エイガストに監視が付きました。この数日、法使が接触することはなかったのですが、今後はどうかわかりません。そこで、アレック。貴方にお願いがあります」
港に到着し、軍港内の救護室に移動する時には既に付いていた。法使はこの街にいると、パールは踏んでいる。
名前を呼ばれたアレックは頭を抱えた。
「……その監視を辿れって言うんですよね。できますよ」
「話が早くて助かるわ。お願いできるかしら」
「命令だって言うんならやります。やりますけども、でもなんで俺なんスか」
「だってこんな私事頼めるの貴方くらいなんだもの」
「何が悲しくて好きな人が気にかけてる男の面倒を見なきゃいけないんスか」
「二人とも」
静かな怒りを孕んだ声が二人の声を遮る。
パールとアレックは会話を止め、声の主へ恐る恐る視線を向ける。
「ここは会議室です」
だんだん上がりかけた二人の熱を冷ましたのは、眉間に深い皺を刻んだフィン。
ゲッフェンは若い若いと笑いながら、髭を撫でるのだった。
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