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014

いつもより少し早い時間に目が覚めた。

疲れの残る体を無理やり起こす。

目の周りの一度濡れて乾いた感覚に、またあの夢を見たんだとエイガストは思う。

幼い頃から時々見る夢。場面も飛び飛びで、時系列すら分からない。過去の手掛かりにするには曖昧すぎる。


顔のよく見えない女性から、弓の魔装具を受け取る場面。

片目が銀色の男の子が何かを語りかけてくる場面。初めの頃は彼の方が年上だったはずが、随分と昔に逆転してしまったと苦笑する。

自分より大きな弓を抱えて走る場面。昼だったり夜だったり、夢に見るたびに変わる時間帯。でも大抵は赤い夕焼けを背に、暗い闇の方へと走る事が多い気がする。

何度となく見た夢の回想を()め、部屋の窓を開けて外の空気を吸う。港町特有の風の匂いがした。





山猫人(リユーン)の村を出て西へ、馬車で四日ほどの距離に位置する港町。海の向こうには中大陸がうっすらと(かす)んで見える。

洗濯するためにエイガストが宿屋の裏手にある井戸に来ると、一羽の白い鳥が居た。


「おはよう。鳥さん」


荷物を置き、ポケットから殻を取ったナッツを出して鳥の隣へ置く。

それから井戸の水を汲み、石鹸の泡を立てながら洗濯を始める。

暫くすると鳥は木の実を突きだす。


街に訪れた日にナッツを摘まんでいたら、この白い鳥に奪われた。それが出会い。

それからというもの、毎朝の様にエイガストの前に現れる。

懐いてくれているのかと手を伸ばすが、一度も撫でさせてはくれなかった。


「俺、夕方に発つから。明日は居ないからね」


エイガストが声をかけると鳥は首を傾げた。

正確には目が横に付いているせいで、エイガストを見上げる姿が傾げている様に見えるだけなのだが、その仕草がかわいいと思い、エイガストの頬が少し緩む。


木の実を食べ終えた鳥が飛び去って少しすると、パールが走ってきた。

シャツとハーフパンツのラフな服装と、肩にかける大きめのハンカチーフで汗を拭う。パールは毎朝、エイガストより早く起きてはトレーニングをしている。

エイガストが井戸水を汲んで渡すと、浴びるように顔や頭を濡らした。


「お疲れ様です」

「ありがとう。いい香りね、どこの石鹸?」


洗濯途中の桶を見て、パールは石鹸の販売元を尋ねた。


「手作りです。聞いたことない素材だったので試しに。えっと、トゥキだったかな。植物油です」

「本当になんでも作るのね」

「そんな事ないですよ。石鹸液なんて何処でも買えますし、好きな油と混ぜるだけなんで簡単です。液から作るのは少し大変ですが」


井戸の縁に腰掛けて休憩するパールは、両手を泡(まみ)れにしながら洗濯するエイガストを眺める。

現在主流で売られている石鹸は固形物で、木製のナイフで分割でき、持ち運びも布で包むだけで済む。石鹸液で作られる製品は半固形で小分けにするにも容器が必要な、一昔前に流通していたもの。

使用する油に拘りがある人くらいしか、態々(わざわざ)作ろうとしない。それを簡単と言ってしまうエイガスト。

貴方の"少し"ってどれくらい大変なのかしら。

そう思いながら眺めていたパールは、ふと顔を上げたエイガストと目が合った。


「洗う物があれば一緒に洗いますよ?」


パールの視線が離れないので、石鹸に興味があるのかと思ってエイガストは尋ねた。


「いいわよ、そんなの。悪いわ」


大抵の宿はランドリーサービスを兼業しており、旅の途中に溜まった洗濯物はそこに預ける。

エイガストも基本はそこを利用し、手洗いしているのは下着類の薄い物ばかり。


「一枚二枚増えても変わりませんよ」

「そう? なら、お願いしようかしら」


笑顔でエイガストが手を伸ばす。パールは少し遠慮がちに、汗を拭っていたハンカチーフをエイガストに預けた。

着替えてくると言って宿に向かうパールの後ろで、楽しそうなエイガストの鼻歌が聞こえた。



朝食を済ませた二人は役場へ向かい、先日出国手続きに出した旅手帳(パスポート)を窓口で受け取る。

その足で埠頭へ。

埠頭の入り口の広場に建つ受付所。その奥に往復船や漁港などの各施設がある。乗船手続きの順番を待っている間に、エイガストは側の掲示板に目を通す。

各商会の素材買取価格、港町の観光スポット、土産物の広告、討伐依頼、探し人、中大陸の最近の情報。

(すみ)の方には色褪せた張り紙まである。


「ちょいとごめんよ」


大柄な男性がエイガストを押しのけて掲示板の前に立ち、少し粗っぽい大きな字で書き込む。

欠航の文字にエイガストは思わず声をかけた。


「何かあったんですか?」

「ん? ああ、魔獣が。いや、魔鳥か。そいつが海上で船を襲ったんだ」

「船は大丈夫だったんですか?」

「客は無事だったらしいが……」


言い淀む男性の言葉から、客以外の誰かが犠牲になったのだとエイガストは察した。

速くなる鼓動に胸を押さえる。

顔をしかめたエイガストを船上員が心配そうに声をかける。


「おい、兄ちゃん。大丈夫か」

「だ、いじょうぶです」


深く息を吸い気持ちを落ち着ける。それでも心臓の鼓動はまだ速い。

そんなエイガストの様子に気づいたパールが側に寄る。


「エイガスト、どうしたの?」

「お嬢ちゃんこいつのツレか? 突然こいつ苦しそうに」


状態を察し、パールはエイガストの背中をさする。

後は任せる様に船上員に言い、先を急ぐ彼を帰した。


「パール、海上に魔獣が出たって」

「そうみたいね。乗船の受付が停止したわ」


開口一番、エイガストは言った。いつもなら付ける敬称も、今はない。

エイガストはパールと向き合い、両腕を掴む。その姿は、さながら縋るように見える。


「俺たちも行こう」

「どうやって? 船のない私達に出る幕はないわ」

「で、でも……」


こうやって彼はいつも魔獣討伐に飛び込んでいたのだろう。目を離せば飛び出していきそうなエイガストをパールは離さない。

パールは気づいている。エイガストが狼狽する時は、過去に触れることと魔獣に関わること。

口を開きかけては言葉を飲み込むエイガストにパールは問いかける。


「貴方の中にあるその感情は何?」


執着。怨恨。復讐。焦燥。

衝動のままに動いていたエイガストは、魔獣へ向ける感情の正体を明言した事がなかった。

言葉を探してエイガストは黙した。

パールはエイガストが言葉を見つけるまで、静かに待つ。

ようやく口を開いたエイガストから出た言葉は


「皆んなを助けたい。守りたい。……もう失いたく、ない」


今にも泣き出しそうな表情で、エイガストはもう(・・)と言った。

故郷を出てからの出来事か、忘れてしまった過去のトラウマか。少なくともエイガストが魔獣に奪われる悲しさを知っている事をパールは理解する。

そして昇華できず囚われ続けていることも。





窓の閉じた受付を後にし、二人は海沿いを歩く。

港に停泊する船の中に一隻だけ、真新しい傷のついた船が見える。

船上員に混じって赤い軍服の姿も見える。

軍が既に動いている。


「誰かを守る、その気持ちは大事だと思うわ。でも貴方のやり方は、ちょっと危険だと思ってるの」


国都での魔獣討伐。あの時もエイガスト自ら志願し、気絶するという危険を顧みず全力の魔力を放った。

軍が保護する上での作戦だったのだろうが、守る者が自らを守れなくてどうするのか。それがパールの考えだった。


「誰かを守るために、私が自分に課してることは二つ」


前を歩いていたパールが立ち止まり、後ろを歩くエイガストに振り返る。

やけに小さくなったエイガストの目線は、パールと同じ高さまで落ち込んでいた。


「自分が死んではならないこと。

 自分一人で守れる範囲には限度があること」


全世界の人を守りたいなんて、到底無理な話で。

最後まで守り続けることの責任を担う覚悟を。

自己犠牲を押しつけてはならない。


「だから人間(わたしたち)は同志を募るのよ」


パールの立ち止まった背後には、スフィンウェルの国章が刺繍された赤い旗をはためかせて(そび)え建つ軍施設。

一人では届かない範囲も、集えば全国に届く。


「もう一度訊くわ。貴方の中にある感情は何?」


不敵に笑うパール。彼女の後ろには心強い味方が居る。

そしてエイガストの味方でもあると、強く思わせる。

鞄の肩紐を握りしめるエイガストの胸は、もう苦しくなかった。


「魔獣から、皆んなを守りたいです!」




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