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【第一部完結】青の射撃手≪トクソフィライト≫  作者: (2*8)⁴
一章 青の乙女と紅の将軍
12/94

012

夜も深まる宿屋の一室。

そろそろ寝ようと、エイガストが室内灯に手を伸ばした時、扉がノックされパールの声がした。


「ちょっと、良いかしら」

「はい。今開けますね」


エイガストは脱いでいたシャツを着て、扉を開けて訪問者を招く。

ラフな服装のエイガストとは違い、パールはまだ外出着のままだった。

部屋に一脚しかない椅子にパールは腰掛け、エイガストは向かい合う様にベッドに腰を下ろした。


「数日前、国都から少し北にある村で行方不明者が出ているの。既に兵士を派遣して調べさせていたのだけれど、今朝また一人姿が見えないらしいの」


魔獣の仕業か、はたまた事故か。原因を探りに向かいたいとパールは協力を願いでる。

パールの頼みにエイガストは即諾した。





日の出と共に宿を後にし、貸し馬に乗って村まで走る。

先導し前を走るパール。時折振り返ってエイガストの追走速度を見ては、調整を加える。

エイガストも決して乗馬は下手ではないが、パールの腕には及ばない。離されないように食らいつくので精一杯だった。


北の山の麓。深い森に寄り添うように村は築かれていた。

馬のいななきに気付いた村人が、兵士を連れてパール達の方へ向かってくる。兵士の敬礼とパールの答礼。挨拶もそこそこに、馬を村人に預けて村長の家へ急ぐ。

家には領主からも派遣された兵士が二人居た。パールは、もてなそうとする村長を手だけで制し、状況の説明を優先させる。


人が行方不明となった場所は、すぐ側の森。山菜や薪を採り、獣を狩る。生活に密接した、行き慣れた場所。


一人目が消えたのは十日前。

男性四人で狩りに行き、一人がいつまで経っても帰ってこない。手分けして探したが見つからなかった。


二人目が消えたのが六日前。

女性三人で山菜採りに行く。奥には行かず入り口付近で収穫していたが、気づけば一人が居なくなっていた。その日の内に領主に手紙を出す。


三人目は昨日。

最初に居なくなった男性の息子。森に入らないよう言い付けていたが、父を探すと言って行方を晦ました。

恐らく森に入ったのだと思われる。


兵士による昨日までの調査では、魔獣も痕跡も発見されなかった。

獣道は鬱蒼と茂る草に隠されていて、目印を付けなければ道に迷うのは確かだという事。

森の奥には沼があり、数体のワニが確認されていた。付近に衣服や血痕はなかったとの事。

しかし村長は沼の存在を知らず、村人の中で最年長の盲目の老婆だけが、数十年前に消えた沼だと言った。


「先ずはその沼に向かってみましょう」


パールの提案にエイガストも賛成する。

兵士二人を村で待機させ、残り二人とパール、エイガストで沼に向かう。

木の幹や枝に付けられた傷や色紐。兵士が先の探索で付けた目印を頼りに奥へ進む。パールの短剣は法使の杖と同じ役割が出来るように能力変換の機能が付いているらしく、いつでも魔法が撃てるように魔力を通している。

エイガストも森の中で大弓は使い難いが、レイリスの協力を得るため魔力を通している。


「狩りをする割には動物が居ませんね」


ポツリとエイガストは独り言つ。

まだ夕方にすらなっていない時間でありながら、鳥の鳴き声すら聞こえない事に疑問が浮かぶ。静かすぎて、少し不気味に思えた。


「エイガスト様」


不意にレイリスが声をかける。

気になる物があると言う木の根本の草を掻き分けると、一本の小さな石製の杭が刺さっていた。

パールを呼び止め確認してもらい、同じく見た兵士の一人が道導(みちしるべ)ではと言った。

道導とはと訊ねるエイガストに、パールは視線で兵士に説明を促す。


「申し上げます。道導とは、結界の一つであり、正しい道順を通らなければ入り口に戻す魔法です。石杭はその道順を示した物と推測します」


道導について言及した村人は居ない。おそらく村人以外の誰かが結界を張っていて、森の奥へ入らないようにしていたのだろう。

今の杭には魔力が通っておらず、結界は作動していない。消えたと言われた沼が現れたのは、道導の効果が消えて奥へ行けるようになったからではないか。


「少なくとも十日前までは作動していたのでしょうね」

「この道導の先に法使(メイジ)がいるんでしょうか」

「そうね。沼の方は貴方たちが一通り調べてくれているのでしょう?」


パールの問いかけに兵士は肯定する。

ならばと、未だ調査していない道導の先を確認する事を優先した。


「あんなに小さい石杭に、よく気付いたわね」

「いえ、偶々たまたまですよ」

「それでもよ。すごい事だわ」


魔力が通っていなければただの石でしかなく、目視できない草の影に隠れた物を見つけ出したのだ。パールは素直に称賛する。

エイガストはひとまず称賛を受け止め、三人から少し離れた時にレイリスへ感謝を伝える。嬉しそうに微笑む表情を見て、エイガストも少し嬉しくなった。





沼を左手に迂回しながら石杭を辿って、少し開けた場所に出る。随分と奥まった所の川沿いに、小さな木造の家が建ち並んでいた。


「ニョワアァァ!!」


丁度、家から出てきた人が。否、二足歩行ではあるが頭は猫で尻尾が生えた、山猫人(リユーン)と呼ばれる種族だ。彼はエイガスト達を見つけると同時に叫び声をあげた。

叫び声を聞いた住民達が顔を出し、数匹は武器を手にして、エイガスト達に対して遠巻きに威嚇を示した。

臨戦を取ろうとする兵士を制し、エイガストに弓を仕舞わせて、パールが前に出る。


「私達に戦う意思はありません。人の言葉が解る者は居ますか?」


武器を持たない両手を広げて、パールが声を張る。

パールの姿勢に、山猫人(リユーン)は武器こそ下ろさないものの、顔を見合わせ何かを話す。

そこへ号令の様な鳴き声があがる。武器の構えが解かれ、杖をついた白い老猫が従者と共に姿を見せた。


「人が我らに何の用ですかな?」

「突然の訪問をお許しください。この森で行方知れずとなった人を探しております。ご存知ありませんか?」


老猫はパールの様子を伺うように暫く見つめた後、ゆっくりと背を向けて歩き出す。従者がついてくるよう、ぞんざいに手招く。

後に続くパール達を、他の山猫人(リユーン)は懐疑的な眼差しで見つめ続けていた。


老猫の家の居間や応接室だった部屋は、家具が隅に寄せられ、藁の束に布を被せただけの簡易ベッドが並び、高熱に寝込む猫達で埋まっていた。

看護をしていた山猫人(リユーン)は、老猫に連れられた人間を見て一度手を止めたが、すぐに作業を再開した。

部屋の一番奥に男性と女性の人間と、膝を抱えて蹲る少年。兵士が声をかけると、少年はしがみついて泣き出した。

山猫人(リユーン)の村では熱病が流行(はや)り、薬も効かず、結界を張っていた法使(メイジ)も数日前に倒れてしまった。そして集落の近で同じ病に倒れていた人間を拾い保護したと、老猫は言う。


「何故、外にいる村の人に知らせなかったのですか? 」


パールの疑問に、老猫と従者の目が鋭くなる。

不用意に反感を買ってしまった事に、パールは直様(すぐさま)謝罪する。


「長老さま。過去の遺恨がある事は承知しております。ですが今は急を要します。協力をお願いできませんか」


一歩前へ出たのはエイガスト。老猫へ頭を垂れる。

少しの沈黙の後、老猫は口を開いた。


「協力は願ってもない事です」

「ありがとうございます」


早速エイガストは山猫人(リユーン)の調剤師に面会し、使用した薬の内容を確認しに行く。

パールは国都の軍医へ、魔法通信を使用して熱病について情報を求めるが、返信には半日ほどの時間がかかる。

兵士の一人が気休め程度の回復魔法を使えるとして、寝込む山猫人(リユーン)と人間へ施してまわる。

もう一人の兵士は人の村へ、山猫人(リユーン)の存在を秘匿した上で、行方不明者の発見の報告と熱病について訊きに行った。





「エイガスト。山猫人(リユーン)の事、聞かせて」


調剤師と話し終えたエイガストを、パールが待っていた。

山猫人(リユーン)の居ない家の裏手に回り、地面に木の枝で思考中の調剤内容を書き連ねながら、エイガストは答えた。


「イェーデンの領地争いはご存知ですか?」

「ええ。イェーデン領とバリア領が、境にある鉱山の所有権をめぐって起こした紛争よね。でも、どちらも人間の領地よ?」

「スフィンウェル国には伝わってないんですね。当時、山猫人(リユーン)はバリア領側について、敗走しました。そして、彼等の亡骸から得た毛皮は高値で取引されました」

「……そう」


人間の紛争に巻き込まれ滅んだ種族は、いくつかある。

山猫人(リユーン)もその中に含まれる一族。敗走後は毛皮目的で密漁されることもあり、人間から隠れながら流れに流れてここに潜んでいたんだろう。

仲間の毛皮を取り返すこともできず、人間への恨みは強い。


「詳しいのね、そんな話どこで知ったの?」

「それは……。……あれ?」


エイガストが知っていて、パールの知らない歴史の知識。どこで知ったのか記憶を辿るも、思い出せない。

本だったのか、誰かの口伝だったのか。いつ、どこで。

握っていた木の枝を取り落とし、狼狽するエイガストの表情がみるみる蒼褪める。


「大丈夫? 顔色が悪いわ」

「すみません。大丈夫です……」

「ごめんなさい。一旦、この話は忘れましょう」


パールは僅かに震えるエイガストを抱きかかえ、何度も謝罪するエイガストを落ち着かせるように、背中をゆっくりと撫で続けた。


エイガストが落ち着いてきた頃、人の村へ報告に行っていた兵士が戻ってきた。

熱病について村で訊いたところ、盲目の老婆の幼い頃に、よく似た流行病があったと言う。

当時の製法は書として記されておらず、口伝でのみ残っていた。老婆より口頭で述べられた内容を書き起こした物を、兵士はエイガストに見せた。

エイガストは人間に合わせて作られた薬を山猫人(リユーン)に合わせるために、再び調剤師の元へ向かった。


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