011
花屋を後にし、商店街を抜けて次に向かった先は、スフィンウェル国で一番の規模が大きい魔装具の商会。
製造方法は極秘に管理され、魔装具に関するあらゆる業務を国から委任されている。
以前の街で、支店から連絡を送ってもらっている。後は、話を聞けるかどうか。
「申し訳ございません。そう言った内容はお答え出来ません」
「そこをなんとかお願いできませんか。製作者のお名前だけでも」
「申し訳ございません」
「失礼します。こちらをネインズ・バライラ会長に渡して下さらないかしら」
商会の受付窓口で行われる問答。
食い下がるエイガストに、受付は迷惑そうな表情を隠さなくなっていく。
横から入ってきたパールが、一枚のミルエン製の硬貨を差し出す。訝しげな目を向ける受付だったが、受け取った硬貨を持って奥へと下がった。
「余計なお世話だった?」
「いえ、ありがとうございます」
「いいのよ。折角、共通の時間を過ごすのだから、私の事はもっと有効に使うべきだと思うわ」
「それは、俺の事も?」
「ええ。そのつもりよ」
パールの悪戯な目にエイガストの胸が跳ねた。
無茶な事を頼まれなければ良いのだけれど。
そうこうしている間に、奥へ引っ込んだ受付と共に、初老の男性が慌てて駆け寄ってくる。服の襟には魔装具商会の屋号紋が刻まれた記章が飾られている。
彼がバライラ商会長らしい。
「大変お待たせ致しました。どうぞこちらへ」
バライラがパールに硬貨を返すと、奥の貴賓用の部屋へと二人を案内する。
ソファに腰をかければ、使用人が紅茶をテーブルに置く。
「本日はどういったご用件でしょう」
「連絡も無しにごめんなさいね。用があるのは私ではないの」
パールが視線でエイガストを指せば、バライラも視線を移す。
はじめましてと、エイガストは頭を下げた。
「魔装具について訊きたい事があります」
「と言いますと?」
「幼い頃から持っている魔装具です。誰がいつ作ったのか、どうして自分にしか扱えないのか。判る限りで構いません。どうか教示して頂きたいのです」
「そうですか……」
エイガストが鞄から出した弓の魔装具。バライラは受け取った弓の鑑識を始める。
表面をなぞり材質を確かめ、道具を持ち出しエイガストの目の前で分解する。内蔵されていた金属の様な板を渡され、促されるまま魔力を通せば浮き上がる紋様。
成る程、とバライラが一人で納得しながら鑑識を続け、時にエイガストに部品を渡しては確かめる事しばらく。
「ありがとうございました。こちらはお返し致します」
バライラは組み立て直した弓をエイガストに返し、ぬるくなった紅茶を飲んで一呼吸置いた。
「最初に申し上げますと、この弓は我々の商会の物ではございません」
バライラが一つ一つ相違点を挙げ、説明を加える。
「まず、魔装具とは装具に体の一部を……主に髪の毛ですね、それを練り込んで作った分身の様な物です。魔装具と魔力が共鳴し合う事で作動しますので、基本的に他人が扱う事はできません。双子であれば稀に共有しているという話もあるようですが」
「次に、弓という武器は片腕で支えます。極力重量を下げるために、強度は下がりますが軽い素材を混合して作られる事が多いのですが、こちらは軽さの割にとても硬く強度もある材質となっています。大きさからして大人用に作られていますから、製作者の方は適正な年齢になった時に説明をするつもりだったのかも知れません」
「そして威力です。使用者の魔力の量や強さで上限を定めます。これは魔力の使い過ぎによる暴発や気絶を防ぐための安全装置です。しかし、こちらには上限が無く、魔力を際限なく込める事ができます。その為の弓の強度なのでしょうが、一体何を射るつもりなのでしょうか」
「最後に三つの魔晶石です。一般の物より大きく質も高い、高位の法使が強い属性の魔法を扱う時に使用するものです。属性は青、赤、黄の三色がございます。青は既に付与されておりますが、残り二つは空です。本来一つで良い魔晶石を三つも付けたという事は何か意味があるのでしょう」
そしてバライラは、外国の製法とも違う物だと付け加えた。
「分解した時に手掛かりらしき物が、一つございました」
バライラの持った紙片に、紋様が描写される。
内蔵されていた部品に彫られていたらしい。
「製作に携わる者の多くは作品に銘を残します。私の知る文字ではありませんが、学者に聞けば何かわかるかも知れません」
「頂いても?」
「勿論です」
エイガストはバライラから受け取った紙片を、弓について語られた事柄を控えた手帳の頁に挟む。
初めて魔装具の製作に携わる人物から直接の解説を受ける事が出来た。概略による推測でしかなかった事柄を、明確にする事ができた。
そして製作者であろう手がかり。
エイガストはほんの少しだけ、自分の過去に近づけた気がした。
「因みに、ですが。製作者を見つけた場合、貴方は如何するおつもりでしょうか?」
「特に、なにも」
バライラから突然の質問に、首をかしげながらエイガストは答えた。
笑顔で何度も頷くバライラ。
「では、我が商会に招いても構いませんね」
「あ、はい。それはどうぞご自由に」
腕の良い製作者の引き入れ、その意思がエイガストにあるかどうかの確認だった。
納得したエイガストは、改めてその意思はないと伝えた。
「ありがとうございます。それで、先立ってそちらの製法を取り入れても宜しいでしょうか?」
「これは、私の弓ですが製作者ではありませんので、認諾は出来ません」
「では、そちらの素材をほんのひと削りで宜しいので頂けませんか。もちろん金額は」
「申し訳ありません。お断りします」
「では製作者が見つかりましたら、一番にお知らせください。こちらでも捜索しておきます」
「それでしたらお引き受けできます。よろしくお願いします」
連絡先の記載された商会札を受け取り、先程の紙片と一緒に手帳に挟んだ。
すっかり冷えてしまった紅茶を口にする。冷めてしまっても美味しい。
どこの茶葉だろうとエイガストが考えていると、バライラが再び話を持ち掛ける。
「まだお時間がよろしければ、魔装具の講習を受けて行かれませんか?」
「よろしいのですか?」
「お話を聞く限り、エイガスト様は使用方法を学んでおられません。それは余りにも危険です」
本来なら魔装具を購入する際に必修する学術。
武器である以上、使用方法を誤れば自他共に怪我で済まないこともある。
エイガストの返事は決まっている。
「ぜひ、お願いします」
「私もご一緒してよろしいかしら? 先節改訂された魔装具講習の内容を把握しておきたいわ」
「かしこまりました。準備をして参りますので、少々お待ち下さい」
講習内容は座学と演習。
魔装具の仕組み、魔力の消費量と威力、禁止行為、盗難に遇った時の対処法などを学ぶ。通常の武器を扱う規則と変わらない。違うのは魔力を使用するかどうか。
座学を終えた後は演習場に出る。
学んだことを活かしつつ、エイガストは矢を放つ。やはり、レイリスの協力がなければ湿気を帯びる程度の青い矢しか撃てなかったが、初めて自分一人の力で能力変換が出来て嬉しかった。
討伐時とは違う魔力の使い方に首を傾げるパールと、手伝い無しで"青"を使ってもらえたことを喜ぶレイリスの対比が面白くて、エイガストは笑いを堪えるのに必死だった。
講習を済ませ、バライラに見送られながら魔装具商会を後にする。
スフィンウェル国の魔装具商会に所属していない製作者。記憶を失う前のエイガストを知るだろう人物に会えるのは、まだまだ先になるらしい。
「空の魔晶石に残りの属性を付与するなら、行くだけ無駄よ」
国都の案内地図から魔法研究所方面を見ていたエイガストに、パールは断言する。
何故と言った表情でエイガストはパールを見る。
「あなたが寝ている間に弓を調べさせているの。その時に魔法研究員も来ていて、研究所では付与できないと言っていたわ」
では高位の法使が持っている、能力変換が付与された魔晶石はどう作られたのか。
エイガストが問うと、作ったのではなく、過去の遺産の魔晶石を使いまわしていると言う。
小指の先程度の大きさもあれば、法使として十分な威力を発揮するこの時代に、エイガストの弓に付いているような魔晶石が必要になることが、まず無い。
パールの話を聞き、レイリスが忘れられたと言っていた話をエイガストは思い出した。
「あなたはどこで、青を付与したの?」
「未踏の洞窟の中に石造りの空間と台座があって、同行していた法使が能力変換の魔法陣が敷かれているって言っていました。場所は南の街の役場に報告済です」
「そう。なら赤や黄も同じように、どこかに付与する場があるのかも知れないわね」
そういう話ならば研究所に行く必要もないと、エイガストはルートを変更してヴィーディフの分会へ向かった。
シュウは出払っていた為、ミーナと取り交わした内容の書類を彼に渡すように受付に預けた。
その後は商店街の露店を見て回る。
国都なだけあって様々な地域の物産が集まっている。
エイガストはどこの地域の物か商人に訊ねて情報を得たり、パールも化粧品や装飾品を珍しそうに眺めていた。
「気になる物でもありました?」
「どれもこれも。普段はお店に来てもらうから、こうして実際に見て回るのが、楽しくて仕方ないわ」
派兵先でも情報収集や物資の補給で街に行くのは一兵卒で、パールが基地から出ることはないと言う。
自分たちが守る街に足を運んで、現地の空気に触れることができて、役得だとパールは微笑んだ。
「俺といると大変ですよ。世界中を渡りますから」
「望むところだわ」
パールにつられて、エイガストの頬も緩んだ。
旅の道連れ。
互いの関係は如何あれど。
長い付き合いになるだろう共と、明日はどこへ向かおうか。
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