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【第一部完結】青の射撃手≪トクソフィライト≫  作者: (2*8)⁴
一章 青の乙女と紅の将軍
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001

「すみません、どちらに行かれますか?」


傭兵と馬車と商隊で賑わう、街の出入り口にある待合広場。

大きな鞄を背負った男性が、掲示板を眺める弓を携えた青年に声をかけた。


「北の街に行こうと思っています」


肩にかかる橙色に近い金髪を結い、まだ幼い印象を残す深い紫色の目。フードの付いたシャツと左腕を肩まで覆う弓籠手。その左手には背丈程の大弓を、右肩から鞄を下げた青年は掲示板から振り返って、そう答えた。

青年の返事に男性の表情が明るくなる。


「ああ、良かった。今、北へ行く人を募っておりまして。良かったらご一緒しませんか?」

「護衛の依頼、という事でよろしいでしょうか」

「あ、はい。他の者もいますので紹介します。名前を伺っても?」

「エイガストです。よろしくお願いします」


集合場所に向かう間、エイガストは男性と少し話をした。

鞄を背負う男性は商人で、馬車を持つ別の商人と連合して北の街へ向かうため、その護衛を探していたと言う。

道中には野生の獣の他に魔獣と呼ばれるものが存在しており、自身に余程の腕がない限り単独行動はせずに、戦士を連れて街を出る。

金持ちや貴族だと御抱えの兵士を所有しているが、一介の商人だと広場で仕事を待つ傭兵を雇う事が多い。


集合場所には、二馬力の荷車と帽子を被った男性の商人が一人と、軽武装の剣士が一人。

簡単な自己紹介を終えると、帽子の商人がエイガストの弓に興味を示した。


「エイガストのそれって魔装具だよな」

「えっと、はい」

「良いとこの坊ちゃんがなんで傭兵を?」


魔装具と呼ばれる武具。魔力を通す事で武器として機能する代物。

エイガストの所持品に矢はない。弓にも弦が張られておらず、通した魔力が弦と矢になり、撃つことができる。

魔装具は非常に値が高いため、階級の高い兵士や貴族などの財力のある者が所持していることが多い。高名な戦士でもないエイガストが魔装具を持つということは、親の財力が高い事を意味する。

そのため「お坊ちゃん」などと揶揄されることも、よくあること。エイガストは困ったように苦笑いを浮かべた。


「話し中すみません、そろそろ契約をまとめましょう。続きは道中で」


鞄を背負った商人が割り込む。

広場に停められていた多くの馬車が次々と出発していく。四人は話を中断して経路と日程、雇用料金のすり合わせを始める。

隣街はそれほど遠くないため、野営は一度。携帯食料(パン)は商人から支給。護衛の料金は平均的な片道分を前払いで。


「道中で得た獣肉や素材はどうしますか?」


護衛として戦う以上、何かしらを得ることがある。

大抵は野生動物の肉だったり、その革や角だったり。その時の所有権を明らかにしていないと、揉め事を引き起こすことが多い。

先ずは雇用主である商人達にエイガストは尋ねると、少しばかり相談した後「好きにするといい」と返ってきた。




陽が沈みかけた頃、川にほど近い野営場で火を囲む。この日は他の集団の姿はなく、エイガスト達で独占していた。

道中は魔獣が現れることも、凶暴な獣に出会すこともなく、平和だった。飛んでる鳥を見て夕飯の足しにしようと剣士が言い、いいですねとエイガストが弓で撃ち落とす程に。

綺麗に捌かれた鳥は炎の上でじっくり焼かれた後、彼等の腹に収められた。


焚き火を囲み、商人達は既に寝入っている。

寝支度をしていた剣士が、先行して夜番をするエイガストに声をかけた。


「なァ、エイガスト。その弓、撃たせてもらえないか?」

「えっと、すみません。魔装具は本人以外使えない仕様になっているんです」

「知ってる知ってる。本当か試してみたいんだって」


エイガストは少し考えてから剣士に弓を渡した。

魔装具は他人では機能しないようになっている。販売も国の認可がないと出来ず、認可のない者が売れば当然罰せられる。

盗んで得られる利益と割りに合わなさすぎて、それほど気にしなくても良いのかも知れない。

けれど元が高級品であり、闇取引なんてものもあり、剣士がそれに関わっていないだろうとエイガストもわかっているけれど、ほんの少し躊躇ってしまった。

そんなエイガストの心情も知らず、嬉々として弓を受けとった剣士は張り切って構えて見せるも、弦と矢は現れなかった。


「やっぱ、出ないか」


剣士は「つまらない」と小さく不満を口にしてからエイガストに弓を返すと早々に横になる。程なくして寝息が聞こえた。

木の爆ぜる音が響く静寂の夜。

春の風はまだ冷たい。


順調にいけば翌日、陽が暮れる前に街に到着するだろう。




国境を越え暫く進んだ頃、不意に馬の足が止まる。

仕切りに耳を動かし、辺りを伺っている。


「お、どうした?」


手綱を握っていた商人が進ませようと試みるが、動かない。


「馬が怯えてる。注意しろ!」


背後を見ていた剣士が剣を鞘から抜いて言った。

馬は人より耳が良く敏感だ。

視界には届かないが、近くに怯える何かがあるのだろう。

高さを求めてエイガストは荷車の屋根に登る。弓に附属している望遠レンズで周囲を見渡し、それを見つけた。


「前方の馬車にて交戦中! 魔獣がいます!」


街を出る前に見た掲示板には、魔獣の出現情報はなかった。となれば今日になって出現したのだろう。

エイガストは弓に魔力を通して前方に構える。

狙いを定め、矢を放つ。

気が逸れた魔獣の隙を突いて、斬り伏せる剣士の姿を確認した。


「前が潰れたらこっちも狙われますよね。 俺、加勢に行きます」

「おいッ」

「こっちはお願いします! すぐ戻りますから!」


制止の声も聞かずに、荷車の屋根から滑り降りたエイガストは走りだす。

周囲を見た時に確認した驚異は前方の魔獣のみ。

見張りとして剣士一人を残せば、多少離れても問題ないと判断して。




襲っていたのは小型の魔獣二体だった。

狼の風貌をした姿は赤黒く、口からは瘴気を吐き出している。

車を引いていた馬は倒れ、喉が大きくえぐられた姿から、魔獣に喰われたであろう事が窺える。

応戦していたのは剣士が二人と法使メイジが一人。

壮年の体格の良い金髪の男と、幼い印象の若い赤髪の男。それぞれ一体ずつ魔獣を引きつけ、馬車の陰に隠れて法使が術の準備をしている。

動けない法使(メイジ)を守りながらでは、魔獣二体相手に武が悪い。


「加勢します!」


駆けつけたエイガストは弓を引き、赤髪の剣士に飛びかかろうとする魔獣へ、一閃。

魔装具の矢は深く眼に刺さり、雄叫びがあがる。

怯んだ魔獣の喉元を剣士が斬りつけるも、よろめいただけですぐに再生する。


「ダンフェ! 下がれ!」


法使メイジが金髪の剣士へ、もう一体の魔獣の方へ杖をかざしていた。

ダンフェと呼ばれた金髪の剣士が距離を置いた直後、魔獣の足元から赤く渦巻く旋風が立ち昇る。

切りつける風の刃に咆哮を上げる魔獣の上顎に、(あか)く光る小さな石が見えた。

ほんの一瞬を見逃さなかったエイガストは矢を放つ。

核となる石を貫けば、途端に魔獣は霧散する。


カランと剣の落ちる音。赤髪の剣士が魔獣の爪で右腕を負傷する。

赤髪の剣士へ牙を向く魔獣の体側へ、ダンフェが体当たりをして弾き飛ばす。

エイガストは転がる魔獣の額に矢を撃つ。すぐに再生することも構わず、二矢、三矢と魔獣へ撃ちこむ。


「それ以上撃つな!」


明らかな挑発に、ダンフェがエイガストを制止する。

魔獣の関心が、エイガストに向いた。

飛び掛かる魔獣。弓を引き魔力を込める、矢はまだ撃たない。

ダンフェが追うが、人の足では到底獣の足に敵わない。

眼前に迫る、大きく開かれた口内の上顎に煌めく(あか)い核。より強く魔力を込めた矢を至近距離から撃ちこむ。

パンッと頭部が弾け飛んだ魔獣は、倒れ込む前に霧散した。



「助かった。感謝するよ」

「いえ、無事で良かったです」


ダンフェが手を差し出す。射出の反動で座り込んでいたエイガストは、その手をとって立ち上がり土埃を払った。

赤髪の剣士は、法使メイジから応急手当を受けている。


「俺はダンフェ。お前は?」

「俺は…」

「エイガスト〜!」


答えようとした所で後方から呼び声がする。

そちらを向けば、エイガストが置いてきた剣士と馬車が近づいてくるのが見えた。

魔獣が消えて、馬が走れる様になったのだ。


「無事だったか」

「はい」

「まったく、依頼主を放っていく奴があるか」

「すみません」


無事を確認した剣士と商人が、ため息交じりに苦言する。

無茶をした自覚もあり、エイガストは苦笑した。


空馬になった馬車は法使メイジのものだったらしく、商人の馬車と連結させて二組は街に向かうこととなった。

しかし馬二頭では二台の車を引くには重く、護衛として雇われた合計四人が、交代で二人ずつ車を押しながら進む。

街へ到着した時には夕日も沈んでいた。



街の出入口に広がる待合広場に到着し、ようやく肉体労働から解放された。

目的地に到着したことで雇用は解消。そのまま解散となる。

法使メイジは馬車を押した護衛の四人に謝礼を払い、商人等と共に広場の傍にある建物に入っていった。

魔獣の発見から退治までの報告は、彼等が報告してくれるらしい。

剣士等も各々街へと消えていく。

エイガストは弓籠手と大弓を鞄に収め、宿屋を探そうと歩き出した時、ダンフェから呼び止められた。


「行きつけの宿でもあるのか?」

「いえ、これから探そうかと」

「なら一緒にどうだ? 一階が食堂になってるんだ」


奢るぜ、の一言にエイガストは快諾するのだった。


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