最終話 魔王、スカウトに向かう
カヌレより遠く離れた地。
ここは魔境と呼ばれる旧魔王国との国境だ。
そして、トロールよりも強力なモンスターが跳梁跋扈する危険地帯でもある。
そんな草木が少ない荒野を、数名の男たちが歩いていた。
冒険者?
いや、彼らは皆、頭部に人外の角を生やしている。
魔族だ。
「さて、魔王国時代は入ることすら禁じられていた魔境だ。どう? 楽しみじゃないかァ……ニシシ」
一行の先頭を行くアマンは振り返り、相変わらずへらへらと笑う。
ただ、好き放題に伸ばしていた灰色の長髪は、短く切り揃えられている。
「楽しみなんて……どういう気の持ちようをしたら、そんな言葉が出るんだ……?」
続く魔族の1人が、とても嫌そうに言い返す。
彼は頭巾を被っている。
名をショット。元魔王八卦衆が1人である。
よく見れば、他の魔族体も魔王八卦衆と名乗っていた面々である。
彼らはレイダーとアマンの説得の末、リリアの軍門に下ったのだ。
「魔境に入って、大昔に潜伏した魔族捜索。ワクワクするねェ」
「言えば簡単だが、ボスは正気か?」
アマンは肩をすくめる。
「まぁ、そんなこと言わないでっての……ニシシ。姫様の要望に応えるのが、俺たち魔王軍だろ?」
ショットは、グランデやサイフォンらと視線を交えると、ため息交じりで諸手を挙げた。
どうやら腹を括らなければならないらしい。
今度のボスは使い魔よりも人使いが荒いようだ。
「ま、楽しく行こうっての。ネ?」
彼らの冒険譚を語るのは、また別の機会であろう。
◆◆◆
街頭に置かれたSCSは連日同じニュースを流している。
『辺境伯領に突如出現した魔王軍』
『辺境伯軍の決死の突撃により、魔王軍を撃滅することに成功』
『ええ。死に物狂いの突撃でした。我が勇敢な騎士が、まだ未熟な魔王と相打ちとなり――』
『オラ、見ただ! でっかい狼がオラたちの機材をぶっ壊して……』
フードマントを羽織った少女のことなど一言も流れない。
事実は隠蔽される。
しかし、それでいい。
彼らにとっても、彼女にとっても。
◆◆◆
盾と2つの月。
カヌレの街の冒険者ギルドの紋章だ。
ただ、カヌレの冒険者ギルドには少々変わった冒険者がいる。
緑ベルトを巻いて、フードマントを羽織った美しい少女だ。
「なんじゃこの依頼は! しけてるのぉ!」
冒険者ギルドに、少女の甲高い声が目いっぱいに響き渡った。
見た目は齢十七、八の可憐な――やや小生意気そうな少女。しかし、その実は数百年と生きる魔族の王。
リリアである。
「あらそう? じゃあ止める?」
カウンターを挟んでミレットは余裕の笑みだ。
「付近で魔族の目撃情報があるけど」
「どうせガセじゃ! ワシ、何回も騙されたもん!」
リリアはカウンターをばしばしと叩いて猛抗議だ。
「騙したなんて人聞きの悪い」
ミレットは乱れた書類を整えつつ、
「結局、この依頼は受けないってことでいいのかしら?」
「別に受けぬとは言っておらぬ!」
リリアはまたもやカウンターをばしばしと叩きながら、不機嫌そうに言う。
少し離れたテーブルで、2人のやり取りを眺めていた冒険者パーティー『赤い風』の面々は、必死に笑いを堪えている。
もっとも、エルフらしかぬ見た目をしたエルフのエレーヌだけは、人目も気にせず腹を抱えて大笑いだ。
「まったく! このけちんぼ受付嬢め!」
「職務に忠実と言ってください」
「ああ言えばこう言う! おい、おぬしも主に加勢して何か言わぬか!」
彼は懐から包みを取り出した。
中にある乾燥薬草の銘柄はナナツボシ。
「おい、ミレット。機嫌が悪くなった姫様の相手をするのは誰だと思っているんだ?」
「あのね。何度も言うようだけど、ここは禁煙よ」
レイダーは咥えようとした乾燥薬草を寸で止めた。
左手に持った包みへ名残惜しそうに戻す。
その包みを持つ手は、無機質な金属光沢を放っていた。
カヌレに帰還したレイダーは壮絶な有様であった。
使い魔の自爆は凄まじく、いかにレイダーとて無傷ではなかった。
左腕を吹き飛ばされながらも、レイダーはリリアを背負い、カヌレへと帰還したのである。
彼の左腕は、義手職人のドワーフであるプラムによって、挿げ替えられた義手である。
今から思えば無茶な行動であった。
だが、後悔はしていない。
――担ぐに値するのはどちらか?
答えなど、初めから決まっている。
なぜならレイダーは、
「だから初めからそう言っている」
「ん?」
「姫様、ここは劣勢だ。一時撤退を進言する」
「たわけ」
リリアは短くそう言うと、ぷいと横を向いた。
となればレイダーは肩をすくめるより他ない。
「で、どうするの? 受けるの? 受けないの?」
「むぅ。受ける。じゃが、トロール退治にしてはやっぱり安くはないかや……?」
ミレットはリリアの言葉の後半部分を、決断的に無視する。
「じゃあ。契約成立ね。ここにサインちょうだい。で、付近の村から頭に角が生えた男の目撃例があるんで、よろしく」
「おい、待たぬか? 情報はそれだけかや?」
「なんとこれだけなの」
「ファック!」
「姫様、お言葉が汚いです」
リリアもまたレイダーの諫言を決断的に無視する!
「むぅ。仕方がないのぅ。魔王たる者、たまには粉骨砕身して働くとするか」
「じゃあ、2人でトロール退治ってことで――」
ミレットは書類にペンを走らせる。
その時であった!
突然ギルドの扉が、ばたむっ! と乱暴に開いて、こげ茶色の塊が飛び込んで来た!
「間に合った! 間に合ったよね? ネ!?」
こげ茶色の毛並をした、斥候めいた装備の獣人である。
それも見知った顔。ショコラだ。
ミレットはペンを止めると、苦笑交じりで促すようにリリアを見る。
書類のパーティー人数欄は、まだ空白である。
リリアは柔らかに微笑むと、
「もちろん、3人パーティーじゃ!」
◆◆◆
冒険者ギルドを出て、目抜き街道をリリアたちは歩いていた。
カヌレの街は相変わらず人通りが多い。
客引きもうるさいし、SCS端末から流れるニュースやポテト派の宣教もうるさい。
声を張らねば、周囲の喧騒で会話すらままならない。
「さて、目指すは南の都市のジェラトーか。少し長旅になりそうだな」
レイダーは乾燥薬草が入った包みを片手に、独り言ちるように言う。
三角の耳がぱたりと動いた。
ショコラはくるりと振り返ると、
「じゃあ、まずはご飯にしよう! ご飯っ!」
「そうじゃな」と頷くリリアは、ぴょんぴょん跳ねるショコラが通行人にぶつからないよう手を引き、
「ヌードルでいいかや? こういう時はさっと食べられるヌードルがよいぞ。それも塩っ気が効いた濃い奴じゃ。さぁ、ワシに続けぇい!」
2人して勢いよく駆け出す始末だ。
レイダーはそんな2人の背中を見ながら肩を竦め、
「――姫様」
リリアは振り返る。
「なんじゃ? 改まったように」
レイダーは俯き気味に、乾燥薬草を咥えた。
「俺は、姫様にとことんつき合う。この先、ずっとな」
「……!」
リリアはレイダーの下へ駆け寄った。
そして、彼の左手を握ると、くすぐったそうに笑った。
おわり




