表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/93

第81話 魔族、急襲する

昼をとうに過ぎ、太陽がゆっくりと降り始めていた。

カヌレの街の往来は、時間が経とうが変わらない。

むしろ時間が遅くなればなるほど増える。

もっとも、素行不良な者たちが大半を占めるが。

冒険者や市民、荷物を載せた荷馬車などが道を行き交う。


『特性の白い粉で作られたパン』

『スケイルメイル。ファントム仕様レプリカ』

『特性乾燥薬草。全く危なくない』


カヌレの街ではよくある、宣伝用SCSから流れる映像や宣伝文句だ。

また別のところにはニュースを流しているものもある。


『ガトー辺境伯領にて武力衝突。近日中には、大規模な戦闘に突入すると思われます。ではここで解説のfghbんjきkml』


いきなり、映像と音声にノイズが走った。



「もしもーし!」


冒険者ギルドの受付嬢であるミレットは顔をしかめ、手元の携帯PHS端末を見た。

突然通話が途切れてしまったのだ。


「ちょっとー! まだ備品の注文終わってないんですけど!」


精霊により言葉あるいは姿を運んでもらう精霊通信器は、よほど彼らが混雑しない限り不具合はない。

端末自体の故障だろうか?

それとも気付かぬうちに、精霊との契約期限切れだろうか。


どうやらミレットだけではない。

普段ならミレットの豊満なバストを盗み見る冒険者たちも、この時ばかりは自分たちの携帯型PHS端末を怪訝に見ている。

ギルド内の携帯型PHS端末が全て障害を起こしているのだ。


「なによ、もう……」


ミレットはちょっとイラつきながら、携帯型PHS端末を握り締めて受付カウンターから出る。

そして、入り口のドアを開けて外へと向かった。

局所的に精霊が混雑したのではないかと思ったからだ。

だが、すぐにそれが誤りだと気づく。

道行く人々も、皆一様に携帯型PHS端末を、怪訝な顔で見ているからだ。


「おい、何つー顔してるんだ?」


ミレットは声がする方を見た。

エルフらしかぬ見た目をした女のエルフがいた。

金髪の片方を編み込み、もう片方をアップバンクからのツーブロック。

濃いアイラインを引いて、目元を際立たせている。

こんな格好のエルフなど、いかに広いカヌレの街とはいえ1人しかいない。

エレーヌはミレットが持つ携帯型PHS端末を見て、それから自分が握っている端末を見て肩をすくめた。


「あんたも急に使えなくなった口か?」

「まぁね。ほんと迷惑な話だわ。仕事中だってのに」

「アタシも次の仕事の打ち合わせ中。ったく、マジファックだ」

「ね」


ミレットはため息をつく。

つまり考えられる最後の原因は――ミレットは空を見上げた。

正確には冒険者ギルドから少し離れたところにある尖塔。

カヌレの街で最も高い建物であり、市が公的に管理している。

その屋根には精霊通信器の大本――親機とも言える、精霊の依代がある。

依代に何か不具合があったなら、大規模な通信障害が起こったとして何らおかしくはない。

しかしそれは、カヌレの街の通信網が死んだことを意味する。


「高い税金払ってんだから、市ももう少しなんとかしろってんだ」


置物となった携帯型PHS端末を革ジャケットのポケットにねじ込み、エレーヌはどうどうと悪態をつく。

ミレットはそれに同調も反論もしない。

都市の政治的なんかを気にしたわけではない。


「なに……あれ?」


屋根の上、何か人のシルエットのようなものが動いたように見えたのだ。




「ファック!」

「マジファック!」


警備兵が2人、息を切らせながら階段を駆け上がる。

突如としてカヌレの街に起こった大規模通信障害の原因が、依代にあると結論付けられたからだ。

というわけで近くにいた市の警備兵が、尖塔の頂上へと向かっているのだ。

訓練されているとはいえ、重い鎧を着て階段を駆け上がるのは骨が折れる。

屋根に上がる梯子がある最上階に辿り憑く頃には、警備兵たちの体力は大幅に削られていた。


「どうせ鳥でもぶつかったんじゃねえか?」

「どちらにせよファックだ!」


階段がある部屋の扉を乱暴に開ける。

途端に警備兵たちの足が止まった。

先客がそこにいたからだ。


「エ?」


警備兵たちは思わず間抜けな声を漏らした。

それは、覆面を被ったひょろ長い男だ。

体の線も露わな、タイトなレザースーツめいた衣服を着ている。

暗い部屋の中、真っ赤な唇が怪しく浮かび上がる。

同僚ではない。


「誰だ⁉」


警備兵たちは、その男が放つ異様な雰囲気に背筋を震わせた。

覆面から覗く、やけに大きな目玉がぎょろりと回り、警備兵たちを捉える。


「あー……どうも。ワタクシ、シュトレンという者です」


人形師が操るマリオメットめいた動作で、シュトレンはお辞儀をした。

そして、レザースーツの隙間から名刺を取り出した。

やけに長い手で名刺を差し出す。


「あ、どうも、ご丁寧に……」


警備兵もつられてお辞儀をし、名刺を受け取った。

羊皮紙ではなく木の皮から作られる木綿紙だ。

名刺には『魔王八卦衆』の極太文字。


明らかに異常事態である!


「な、なんだ貴様⁉ ここで何をしている!」


我に返った警備兵が剣を抜いた。


「ハイ。一定時間、精霊通信をシャットダウンさせていただきます」

「ハ?」

「といいますか、すでにさせていただいております」


シュトレンの奥、そこには無残にも土台ごとねじ切られた依代が転がっていた。


「貴様! なんてことを⁉」


暗がりのせいもあってか、ようやく警備兵は気が付いた。

シュトレンの額からネジくれた角が1本、覆面を突き破るようにして生えていることに!


「魔族⁉」

「ハイ。その通りでございます。ついでにこの街の防衛力、それも試させていただきます」

「エ?」

「では、どうぞよろしくお願いいたします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ