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第80話 魔王、尋問する

ぐるりと囲んだコボルトたちが、男に槍を突きつけていた。

そのうち1匹のコボルトが持つ槍の切っ先が、僅かに触れる。


「痛い」


悲鳴を上げたのは魔王八卦衆が1人、ヌガーである。

ギャンベゾン姿の彼は、顔面をボコボコに腫らして泣きながら正座していた。


一体何が起こったというのか!




金色の風が吹き抜けた。


ヌガーは跳躍し、メイスを大きく振り上げた。

たしかにヌガーは魔族というだけあって、恐るべき技前の戦士であった。

彼のメイスの一撃は、並みの冒険者では訳も分からぬままにコルクめいて頭が弾き飛ばされていただろう。


しかし、相手は魔王である。

リリアは重力障壁が生み出す斥力により、メイスの攻撃を容易く弾いたのだ。

それどころかリリアは一歩踏み込むと、ヌガーの腕を取り、そのまま投げ飛ばす!

重力制御魔法による重力操作である!

大の字に倒れたヌガーの腹部へ、すかさずリリアは重力球を叩き込む。


重戦車めいた分厚い鎧は完膚なきまでに爆発粉砕!

石床も衝撃で爆発粉砕!

如何に魔族とはいえ耐えられる破壊力ではない。

一撃でヌガーは白目を剥いて気絶したのであった。

KO!!!



腕を組んで仁王立ちするリリアは、余裕綽々といった面持ちでヌガーを見下ろす。

足りない上背はテーブルの上に乗って稼いでいる。


「まったく八卦衆などと大層な名前がありながら、実力は三下程度かや?」

「ハイスイマセン」


なんと情けない声か!

リリアは嘆かわしげにため息をつき、遠い昔に思いをはせる。

魔族や混沌の眷属を率いて戦った大戦時のことだ。

前線指揮官やただの一兵卒だとしても、ヌガーよりもっと骨のある魔族が大勢いたというのに。


「魔王の名を使うなら、もう少し鍛えてからじゃの」

「ハイスイマセン」


ヌガーは完全に戦意喪失し、ただ謝るばかり。

圧倒的なまでの力の差を見せつけられたら、誰だってこうなる。

コボルトにタコ殴りにされたら、誰だって心が折れる。


「何はともあれ助かりました……ありがとうございます」


バヤリスは深々と頭を下げた。

外見(裸ウサギマスク)とは裏腹に礼儀正しく、魔族らしくない。

この手の輩も200年前にはいなかった。

レイダーは乾燥薬草を灰皿にぐりぐりと押し付け、


「気にするな。童の教育をするのが大人の役目だ」

「教育的指導を行ったのはワシなんじゃが」


誇るほどの事でもないので、リリアはそう言うだけにとどめる。

リリアは机から降りると、ヌガーの正面に立つ。


魔王には好きなものがいくつかある。

クッキーを食べること、肉を食べること、酒を飲むこと。

食に関することばかりだがもう1つ。

優位な立場から相手を尋問すること。


「さて。同じ魔族のよしみじゃ。殺さぬだけ感謝するが良い」


恩着せがましくそう言うと、


「おぬしが所属している魔王軍とやらについて、聞かせてもらおうかのぅ。嫌とは言わせんぞ」

「うっ……」


よほど話したくないのかヌガーは顔を背ける。

ヌガーからしたら正体不明の魔族の小娘に負けたばかりか、仲間や魔王(、、)の情報を売らせようとする行為だ。

口も堅くなるだろう。

だが、舌を噛んで果てるまではしようとしない。


「くっ、私は魔王八卦衆の中でも最弱。しかし、魔王陛下の信を裏切るような真似は絶対にせんぞ!」


一転して強気の発言だ。

だが、それも時と場合と相手による。


「なぁヌガーさんよ」


バヤリスは呆れた様子で、ヌガーの肩を叩く。


「な、なんだ?」

「あんたまだ気づいてないのか? この人こそ、200年前に世界を相手に大戦争を繰り広げた、マジもんの魔王様だぞ」

「エ……?」


リリアはにっこりと満面の笑みを見せる。

リリアの手の中には重力球。

光すら飲み込む漆黒を、ゆっくりと近づける。


「地獄を見せて、心を乾かしてやろうか?」


ヌガーの顔が真っ青になる。


「実はもう1人いて……」


あっさり口を割ってしまった。


「もう1人?」


リリアとレイダーは互いに顔を見合わせる。

魔王八卦衆がもう1人というからには、そいつも魔族なのだろう。


「アッハイ。そいつは、街への威力偵察と破壊工作をしてます」


重力球が消えた。

代わりにリリアの口元から、滅紫色の燐光めいた魔力が漏れ出る。

穏やかな尋問の時間が終わりを告げたのだ。

リリアはヌガーの襟首をつかむと、


「どこへじゃ?」


短くそう訊ねた。

ドスの利いた声にヌガーは肩を震わせる。


「ひっ……カ、カヌレです。辺境伯領を抜ければ、次はカヌレの街が重要拠点だから……」


最近SCSのニュースで流れていた、辺境伯領周辺に出没する武装勢力というのは彼らのことだったのだ!

リリアはヌガーの襟首から手を離す。

腕を組み、しばし黙りこくる。

その場を行ったり来たりして、何やら考えをまとめているかのよう。


「レイダー。よくわからん輩どもに、ワシの拠点で好き勝手やらせるわけにはいかん」


足が止まる。

にゅうと目を細めて言う。


「たとえ内ゲバと言われようがな」


やる気満々である。

そしてレイダーはさらに油を注ぐ。


「誰が(かしら)かを叩き込む良い機会かと」


軍勢そのものを簒奪(さんだつ)せんと、レイダーは考えているのだ。


「ここからカヌレになど間に合うものか!」


ヌガーはここぞとばかりに勝ち誇ったように言う。

コボルトたちに槍を突き付けられているという状況を、忘れてしまっているのだろうか。

いかに魔族とはいえ、槍で突かれたら実際死ぬというのに。


「姫様、どうします。たしかにここからカヌレまでは、大きく離れている。すでに自称魔王軍の手の者が入り込んでいるやもしれん」


レイダーは懐から乾燥薬草を取り出すと、早速火をつける。

間に合わないのなら一服してもいいだろうと判断したのだ。


「そうじゃな――」


ニヤリと浮かべたリリアの笑みは、まさに魔王と言うべき恐ろしいものであった。


「ワシにいい考えがある」


魔王というのは自分が考えているよりも、素っ頓狂な存在なのかもしれない。

その「いい考え」を聞いたとき、レイダーは自分の耳を疑った。

火を付けたばかりの乾燥薬草を、手から落としてしまうほどに。


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