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第79話 魔王、教育的指導をする

バヤリスは背後の崩れた石壁を見て、それからヌガーを見た。

常識外れのメイスの威力に、背筋が寒くなる。


「待て! 俺はそんな戦いとかをするタイプじゃない! 平和主義者だ!」

「鹿の角を生やしたウサギマスクに、半裸の男が平和主義者だと? バカも休み休み言え。排除あるのみ」

「なぜそうなる! 不可侵条約とかいろいろ――」


メイスの2撃目がバヤリスを襲う。

バヤリスは跳躍、石壁を蹴って天井近くまで飛び上がる。

ひざを抱えて3回転半し、ヌガーの背後に着地した。

なんと曲芸めいた動きか。


「ヌゥー、ちょこまかと!」

「だから俺の家を潰すな!」


バヤリスは必死に叫ぶも、ヌガーは聞く耳を持たない。

メイスに手をかざすと、面妖なことにウェイト部分が光り始めた。

魔法強化を付与(エンチャント)したのだ。


「ハハッ……冗談はよせよ……」


どうすればこのバカを止められる?

バヤリスは交渉材料を探して視線を走らせる。

ふと、椅子に座りなおしたリリアたちが目に入った。


「茶なんか飲んでないで、あんたらからもなんか言ってくれよ!」


なりふり構っていられない。

バヤリスが言う平和主義者とは、裏を返せば争いごとに自信がない事の表れなのだ。

リリアは小さく嘆息した。


「ワシ、関係ないしどうぞご勝手に。勧誘も断られたからもう帰るぞ」


レイダーは、部屋の隅で竦み上がっているコボルト(ポメラニアン)を手招きすると、


「なぁ、灰皿ないか。帰る前に一服したい」

「自由過ぎんかあんたら⁉」


ヌガーの3撃目!

石床が粉砕陥没!

破片が周囲に飛び散る。


その時だった!


不運なことに石の欠片がリリアに飛来。

コップに直撃したのだ。

爆発四散するコップと中身。

頭から茶を被り、憮然とした表情で手元を見るリリア。

レイダーは天を仰いで部屋の隅へと移動する。


ばたむっ! と応接間の扉が蹴り破られたのは同時であった。


「殿を守れー!」


威勢のいい声と共に、コボルトたちが応接間の入口で半弧に陣取り、槍を構えた。

だが部屋に突撃してくる者はいない。

皆、足が震えている。

ヌガーはせせら笑う。


「ほぅ、コボルトどもが魔族に逆らうか。混沌の眷属としての風上にも置けんな」


コボルトたちはびくりと肩を震わせた。

半弧の包囲網が若干緩くなる。


「どうだ? もう一度考えるチャンスをやろうではないか。手下は惜しかろう?」

「断る。そろそろ俺も我慢の限界だぞ」

「ウサギのマスクの変態め。青少年的な理由で、この私が排除してやろう!」


メイスのウェイトが一際明るく輝く。

ヌガーの戦意に反応し、より強力な力を生み出しているのだ。

ヌガーは長大なメイスを振り上げ、バヤリスに叩きこまんとし――


「そこの童よ」


静かな、しかし、僅かな怒りが籠った声がした。


「なんだ?」


ヌガーは4撃目を振るう手を止め、声の主を見た。

コップの取っ手を持ったまま、リリアが立っていた。

彼女の服はこぼれたお茶によって、大きな染みができている。


「よくよく考えてみれば、勝手に魔王軍を名乗るのは、威力業務妨害ではないかや?」


抑揚のない声音であった。


「……なんだこの小娘は? 何を訳の分からんことを言っている?」


ヌガーはリリアの存在にようやく気が付いたと言った風に、目を瞬かせた。

どうやら、魔族の感知能力に優れているわけではないらしい。

それはつまり相対する相手が、どれほどの実力を持っているのか判断できないということだ。


「ほぅ。角が無いせいで気付くのが遅れたが、その気配からしてお前も魔族か」


ヌガーは尊大な態度を崩さない。

あわよくば追加の魔族戦力を引き入れ、大金星を狙っている。

魔王の後光があれば可能という算段らしい。


だが、


「お前も我らが軍門に下れ。私の下ならば、力なくともできる仕事はある。その加護を魔王陛下の為に役立てるのだ」

「寝言は寝て言うがよい」

「は?」


彼女は、紛れもなく魔王なのである。


「ワシがまだおしめも取れぬような、童の下に着くわけが無かろう。小童がッ!」


リリアの形の良い唇から魔力の瘴気が漏れ出る。

滅紫色の、濃密な魔力だ。


「こここここ小童……小童だとォ? 貴様……誰にものを言っている? 私は魔王陛下の代理で来ているのだ。つぅぅまァり今の発言は、魔王陛下に対する発言と同じ。逆らうに等しい行為だ。わかっているのか? エエッ⁉」

「逆らうじゃと?」


リリアは声を上げて笑った。

いつの間にか彼女は重力球と同じ、漆黒の扇を手に持っていた。

扇で口元を隠しつつ、


「レイダーよ、聞いたか? この小童、魔王に逆らうかと言いおったぞ! くふっ」


込み上げる笑いに目元を細めた。

レイダーはうやうやしく頭を垂れると、


「多少の教育が必要ですね」


リリアを焚きつけたのである。


「じゃろうな!」


楽しそうに目元を細めるリリア。

だがヌガーの手前勝手な堪忍袋もここまでが限界であった。


「何が教育だ、小娘風情がッ!」


BTOOOOM!!!


メイスが石床を打った。

今度は、城全体が揺れたように錯覚するほどの衝撃であった。

ヌガーの改造兜から出ている顔は、怒りで真っ赤になっている。


「どいつもこいつも、魔王陛下に従おうとせん愚か者どもめ!私が性根を叩き直してやるッ!」


ヌガーはバヤリスを捨て置き、小生意気な少女へと向き直る。

その少女が何者であるかを知らずに。


「阿呆が。人をスカウトしたいなら、まずは本人が出向かぬか。あるいはもっとましな人選をじゃな」


リリアは嘆かわしげにため息をついた。


「仕方がない。魔王八卦衆とやら、ワシが相手をしてやろう。おぬしらがどの程度の者か、今の時代に現れた魔王の側近のチカラがどの程度の者か」


リリアは手のひらを返すと、クイクイと手招きした。


「泣いても責任はとらんからな」


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