第77話 魔王、来訪する
ガナッシュ新王国の辺境には、人を寄せ付けぬ湿地帯が広がっている。
リザードマンが跋扈し、モンスターは徘徊し、作物を育てるには適さない漆黒の大地。
新王国領ではあるのだが、土地の過酷さから開拓は放棄されている。
廃城はそんな湿地帯にある、小高い丘の上に建てられていた。
200年前の大戦時からある小さな城である。
周囲の6割を湿地帯に囲まれており、攻めにくく守りやすい城だ。
だが、そんな廃城に動く者たちがいた。
二足歩行の犬ともいうべきコボルトたちである。
皆、短槍を持ち、簡易な鎧を着ている。
それはさながら軍隊のようであった。
さらに廃城の中に目を向けてみる。
所々荒れている箇所はあるが、とうてい廃城とは思えないほど整備が行き届いている。
不穏だ。
灰色の空に、じっとりと肌にまとわりつくような不快な空気が流れる。
廃城の応接間に、1人の男がいた。
ウサギめいた珍妙なマスクを被り、その頭から2本の鹿めいた角が生えている。
上半身は裸で、鍛え上げられた筋肉を惜しみなく晒している。
まるでそれは強靭な肉体を持つが故に、逃げることを知らぬジャッカロープのよう。
まぎれもなく魔族なのである!
そして、この上なく怪しい!
「あー……で、その人らが?」
ジャッカローブめいた魔族の声は若い。
入室してきたコボルトへ、やや困惑したように尋ねた。
「はい。殿にお客ですワン」
コボルト(ポメラニアン)の後ろには男女の2人組がいた。
女の方はフードマントを被った小柄な少女だ。
美しい金色の髪の毛が垣間見える。緑ベルトを巻く冒険者だ。
男の方はサバイバルカラーの旅人装束を着た男だ。
マフラーめいたボロ布を首に巻き、佇まいからして只者ではない。
「いや! 明らかにヤバい人だよね、そいつら!」
ジャッカローブめいた魔族は、声を裏返して来訪者たち――リリアとレイダーを指差した。
魔族だからわかる。
あからさまに混沌の神々の気配を放っているのだ。
「なんで通しちゃうかなァ⁉ せめてアポとか確認してもらわないと!」
「だって客人って言うし……ほら、最近の辺境ってややこしいじゃないですかワン。だから殿に直接確認してもらおうかと思ったんだワン」
少女のフードマントをハンガーに掛けながら、コボルト(ポメラニアン)は悪びれた様子もなく言う。
彼らに気遣いなどできるわけがないのだ。
「そうじゃ。ワシらは客人じゃぞ」
リリアはけらけらと笑う。
「ここは、城構えは立派なのに客人に茶も出さんのかや?」
「すぐご用意しますワン」
「茶菓子も頼むぞ」
なんと図々しことか。
コボルト(ポメラニアン)はそそくさと応接間を後にする。
「おい! 怪しい奴と一緒にさせるやつがいるか! おい!」
ジャッカローブめいた魔族が叫ぶも、コボルト(ポメラニアン)が戻ってくる気配はない。
額に手を当てため息をつく魔族。
「カカッ! コボルトなどああいう輩ばかりじゃ。手下にするほうが間違っておるぞ」
「手下だ? あいつらは勝手に、俺の城に住み着いているだけだ」
ジャッカローブめいた魔族は、諦めた様子でリリアたちへ椅子に座るよう仕草で促した。
帰る気がないのなら、まずは要件を聞こうという考えだ。
「で、敵意は無いんだな?」
念のための確認である。
変態的格好のわりには、言動がまともだ。
「無論。ない。おぬしが敵意を見せぬかぎりはな」
「なら、大丈夫だ。俺はこう見えて平和主義者で、スローライフ願望だからな」
「そのなりでか?」
たまらずレイダーが訊いた。
なんたる失礼か!
しかし、待ってほしい。ウサギマスクに上半身裸という格好が、悪いのではなかろうか?
ジャッカローブめいた魔族は頷いて返す。
「人を見た目で判断してはいけない。この俺、バヤリスは実に紳士だ」
いったいどの口が言うのか。
「ほぅ。まあよいわ。まずは自己紹介といこうかの」
リリアはバヤリスへと向き直った。
さて、リリアとレイダーが、どうやってこのバヤリスと名乗る魔族の下へたどり着いたのか。
いつもの冒険者ギルドからの情報ではない。
僻地に潜伏し、情報収集しているアマンがもたらした情報なのである。
辺境の湿地帯に住み、地元の盗賊団や邪教徒と小競り合いをしている魔族がいる。
真偽は不明。
だがリリアはそれを聞くなり、颯爽と乗り込んだのである。
「道中、身の程知らずの盗賊団を2つほど潰したがな」
簡単に自己紹介をしたのち、リリアは恐ろしい話を軽い調子で言った。
バヤリスといえばあんぐりと口を開けて、二の句が継げぬといった状態だ。
開口一番「ワシは魔王である」と言われたのだから仕方がない。
サージェントやアマンが特殊な例だったのだ。
「おぬし、若いな」
リリアがおもむろに言った。
「エ……あっはい」
委縮している!
「大戦より後の生まれであろう?」
「よくわかりましたね……」
バヤリスの言葉遣いがやや丁寧になっている。
コボルト(ポメラニアン)がお盆にコップと小皿を持って、再びやって来た。
小皿には豆くらいの大きさの、スナックのようなものが入っている。
茶色オレンジ緑の薄い3色。若干ソフト感がある見た目だ。
リリアはそれを一瞥すると、手を伸ばす。
伸ばした手はコップを掴んだ。
「祝福を受けてからだいたい100年と少し、です。だから、俺はあまり魔王様にはピンとこないんですけど……」
「構わん。古いものばかり集めても仕方が無いからな」
「集める?」
その言葉に引っかかるものを感じ、バヤリスは聞き返した。
果たしてその回答は、バヤリスにとっては吉報なのかあるいは不吉なそれなのか。
リリアはコップから口を離し、目的を告げる。
「ワシはおぬしを勧誘しに来たのじゃ。どうじゃ? ワシがこの時代に再組織する魔王軍に入らぬか?」
リリアは悪戯っぽく微笑んだ。




