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第74話 魔王、獲物となる

扉に掛けられたプレートには、盾と2つの月の紋章が高らかに掲げられている。

まさか自分がこんなところ(冒険者ギルド)に通うことになるとは。


レイダーは冒険者ギルドに入ると、まっすぐカウンターへと向かった。

相も変わらずサバイバルカラーの旅人装束を着ているため、良く知る人物ならば遠くからでも誰なのか気付く。

お目当ての人物は、彼の姿を見るなり露骨に嫌そうな顔をする。

もっとも、そんなことをいちいち気にするほどレイダーは繊細ではない。

冒険者ギルドの受付嬢であるミレットは、レイダーをじろじろと見ると、


「何の用よ?」

「冒険者がギルドに来て、何の用なんて聞かれるとは思わなかった」


当てこすりのように言う。

レイダーはカウンターに軽く上体を預ける。


「うちの姫様を見てないか?」


世にも恐ろしいことを訊いた。

ミレットは肩をすくめると、


「それ、私も聞きたかったんです」

「珍しいな。ミレットが姫様に用があるなんて」

「できる限り関わり合いになりたくないんですけどね。でも魔王である前に、うちの登録冒険者でもありますし」


ミレットはカウンターの下から取り出した。

緑色のベルトである。

レイダーが「ほぅ」と驚きに声を漏らす。

それはなんとBランク冒険者を表すベルトなのだ。


「それを、姫様に?」

「そ」

「早くないか? つい最近Cランクに上がったばっかりだぞ」


Bランクとはつまり、トロールすら容易く屠れるベテラン冒険者を表す。

冒険者たちの1つの目標である。

ただ、魔王にしてみればトロールの1ダースや2ダースなど、ランチタイムの片手間に処理できる程度のことだが。


「でしょ。だから貴方の分はないの」

「別にいらん」

「ちょっとは羨ましがりなさいよ」


レイダーは懐から乾燥薬草を取り出した。


「無理な話だ。で、どういう経緯かな?」

「さぁ? でも教皇庁から、謎に強烈なプッシュがあったみたいよ。教会騎士サマがCランクだと世間的にまずいんじゃない? あとここ禁煙エリアだから」


レイダーは乾燥薬草に視線を落とすと、名残惜しそうに懐に戻した。


「で、私はこのベルトをリリアさんに渡さないといけないんだけど……」

「話の冒頭に戻るというわけか」

「うん。携帯型PHS端末もつながらないし、おかしいなぁって」


レイダーはポケットの中から携帯型PHS端末を取り出すと、コール。


PPPP……。


少し待つも繋がる気配はない。

おそらく精霊が声を届けることができる距離より、遠いところにいる。

具体的にはカヌレの街の外。


「あのね、あんた保護者なんだからちゃんと見てないと」


憮然とした面持ちでレイダーは見返す。


「保護者になった記憶はないぞ」


もし仮にこんなことを聞かれたら、とても不機嫌になるに違いない。

それこそクッキーで機嫌が直るか怪しいほどに。


「記憶が無くてもそういうものなんです! 魔王の面倒を見て、ちゃんとご機嫌とってもらわないと」


ミレットは平然と言い放つ。

しかしレイダーはふむと何やら1人で納得するように頷くと、


「お前も魔王軍なんだから、代わりにやってくれてもいいんだぞ」

「エ?」


思わぬレイダーの返しにミレットは物の見事に固まってしまった。

自分が魔王軍だと?

身に覚えがない!


「何だ知らなかったのか?」


レイダーはさも当然のように言う。


「エ?」

「お前の立ち位置は現地協力員だぞ」


ミレットは絶句!

本人の意思とは全くもって関係ないうちに出来上がった、既成事実なのである!

レイダーはニヤニヤと堪えるように唇だけ歪めると、


「というわけで同じ魔王軍のよしみで、乾燥薬草吸ってもいいか?」



◆◆◆



鬱蒼と生い茂る森の中。

彼にとって、ここは天国あるいは楽園と呼べる場所であった。

大都市から離れ、かといって人里離れたというわけでもない。

小都市セムラの近くにあるから商隊は通るし、馬鹿な旅人も通る。

彼ら盗賊団『キルズヘルドッグ』にとっては絶好の狩場であった。


若い娘を攫ったり、家畜を奪ったり、威圧的に金を徴収したり、付近を通る商隊を襲って殺して巻き上げる悪逆非道の暗黒殺戮集団だ。


「力が無いのは馬鹿の証だ」


周囲の茂みに紛れるようにして、何人もの男たちがいた。

その中でも一際偉丈夫の男が、嘲るように吐き捨てた。

彼こそがこの盗賊団『キルズヘルドッグ』の首領である。

見よ、男が被るグレートヘルムの額からは、ユニコーンめいた角が生えている。

それが何を差すかは皆まで言うまい。


「うーぷすすす!」


森の中に押し殺しきれなかった首領の笑い声が響く。

不用心だ。

しかし、それほどまでに今日の収穫は十分すぎた。

護衛も付けていないケチな商隊を血祭りにし、荷物と女を奪った。


上出来だ。


部下の盗賊が連れる、縄で繋げた女たちを見ながら手を叩く。


「ぐわっはっはっはっ! 魔族というだけで戦意を無くしやがる。魔法を見せただけで逃げ出しやがる」


警備兵や冒険者も、彼が被るグレートヘルムから伸びる角を見るなり戦意喪失だ。

荷物を奪われまいとする商人たちのほうが、勇敢に戦ったほど。

もっとも、戦ったところで物言わぬ死体になる結果は変わらない。

ちょろい商売だ。


「うう……」

「たすけて! たすけてー!」


戦利品(女たち)が泣き喚く。

これから自分たちの身に何が起こるかを良く知っているからだ。

だが、盗賊たちは聞く耳を持たない。

むしろその泣き声によって嗜虐性を満たすのだ。


「今日はさらにおまけまでついて来やがった」


首領の視線の先。

茂みを1つ2つと超えた先にその少女はいた。


旅人だろう。

フードの奥に長い金髪を押し込んだ美しい少女だ。

不審な気配を感じたのか足を止め、周囲の様子を覗っている。

長い髪はそれだけで金持ちの証だ。

そして美貌。

上玉である。

下品な笑いがあちらこちらから聞こえてくる。


「ボス、どうします?」


逸る部下を抑える――なんて真似はしない。


「身代金。そしてファックだ。貰うもん貰って飽きたら殺す。最高にクールだと思わねえか?」


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